第43話 救いを求めて

「助けて……!」


「何があった?」


 私は息も荒くて、興奮もしており、支離滅裂で感情まで入り混ぜたひどい説明をしていたと思う。


 それでも観測者は最後まで聞いてくれた。


「少し、ここで待ってろ。なるべく急ぐ。必ず戻るから、ここから動くなよ」


 そういうと観測者の姿は煙のように消えた。


 あの男は本当に亡霊か何かなのだろうか。それでもいい、なんだっていい、アリカを救えるなら。


 数時間経って私の頭も冷静さを取り戻し、絶望しかないと諦めていたとき、観測者が戻って来た。


 クラーボックスを抱えた彼は中身を見せる前に慌てた様子で説明した。


「言っておくが新手の嫌がらせとか、特殊な性癖でも、変態行為のために持ってきたわけじゃない」


「大丈夫よ、私があなたに救いを求めたの。それに私は研究者よ。中身がなんであれ、成分を分析すれば渡された意図もわかるわ」


 それを聞いて安心したのか、観測者はクーラーボックスを渡してきた。


「冷凍保存してある。どうしてか理由は俺にもわからないが、俺の体液にはリリンのマナを消し去る効力がある。だが、グールの変貌までは元に戻せない。俺にできるのはあくまでもリリンのマナによって拘束されたイリスレインを正常の状態に戻すことだけだ」


 それが本当ならこの世界で初めてリリンのマナに対抗できる成分を見つけられたということだ。


「お前が成分の分析して研究をすれば、グールも元に戻せるかもしれない。俺にできることはこれくらいしかない。十分な力になれなくて申し訳ないが」


「十分よ。十分すぎるわ! ありがとう……!」


「……急げ。制御できないと判断されればアリカは攻撃される」


 頷き、ろくに礼もしないまま私は山を下りた。


 研究室へ急いで戻った。白竜になったアリカは一通り暴れて眠っているようだ。


 姿の見えないシンシアのことも気になったが、今はアリカを元に戻すことの方が優先だ。


 驚いたことに観測者の言うことは本当だった。試しにリリンのマナに原液を投与すると煙となって消失した。


 しかし、成分の分析には時間がかかった。未知の成分が多く、それらの一つ一つの効力や特性を検査している時間がない。


 アリカの咆哮が聞こえる度に胃を痛め、食事も喉を通らず、水分すら吐き出す始末だった。


 それでも、私を助けてくれたのはこんな時でも研究の成果だった。


 シンシアと進めていた命を生み出す研究が、観測者から渡されたたった一つの可能性と奇跡的に融合したのだ。


 私とシンシアの遺伝子を融合したイリスエーテルを加えることで、世界初の中和剤を完成させた。


 急いでアリカの元へ向かう。自我を失い、強すぎる力は誰の支配も受け付けない。


 私が生み出した白竜は討伐対象になるのも時間の問題だった。


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 アリカはあの日から場所を移動していない。実験室の上空に滞空しており、眠くなると実験棟に巻き付いて眠っていた。


 まるでそこに大切なものがあるというように動かない姿を私は被害が拡大しなかったおかげで討伐命令が出されるのを遅らせてくれたと、喜ぶくらいの状況しか見えていなかった。


 本当に私はなにも見えていない。なにが未来が視えているだ。自分の周りすら視えてはいなかったのだ。


 中和剤のアンプル弾を魔導小銃にセットすると、私は躊躇いなく白竜に向けて撃った。


 わずかに白竜がよろめく。中和剤は喉元に直撃している。私は祈る気持ちでその瞬間を待った。


 そして、


「ママ……?」


「アリカ!! 自我が戻ったのね!!」


 成功だ。アリカの意識は戻って来た。私は歓喜に声を震わせてアリカの名前を呼んだ。


 そこへ、ガタリと、誰かが床に倒れ込む音が聞こえた。


「シャロ、なにを言っているの……?」


 振り返るとそこには拘束具を引きちぎり、体をぼろぼろにさせたシンシアの姿があった。


「シンシア!?」


「ママ! まんまぁ!」


 シンシアの姿を見てはしゃぐアリカ。だけど、シンシアは目を見開いたまま震える声を出した。


「アリカ……? ねぇシャロ、このが、わたしたちのアリカなの……?」


 自我を取り戻してもアリカの変貌は元に戻せなかった。


 だけど、私は成功しているという自信があった。


「そうよシンシア。アリカはもうリリンのマナに侵されない。新しい命を得たのよ」


 このときのシンシアの表情を忘れない。


 裏切ったのも、絶望を与えたのも、シンシアを殺したのも私だった。



☆☆☆

真相編も残り一話!


そろそろミジュにお仕置きしたい方は♡や☆で応援していただけると嬉しいです(*´ω`*)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る