第42話 観測者とシャロの出会い
世界中でその姿を観測される謎の人物。空を飛んでいるし、報告では魔法を使えるともいう。
イリスレインで間違いないだろうが、体格からして男性としか思えず、女性しか生まれないイリスレインとはやはり違う種族なのかとも思わせる。
そんな謎の多い彼は戦場に現れることが多く、通り名の由来でもあるように私たちの動きを観測しているようだった。
国連は私の要望通りに観測者と接触してくれた。私と会うことを了承してくれた観測者は日時と場所を指定するとその通りに待っていてくれた。
私が指定した場所は国連の保護区域から少し外れた渓谷の上だった。
崖下からは滝が流れている。よほど近くにいなければ会話を盗み聞くことは出来ない。
さらに後ろの森には結界を張った。魔法の類で盗聴しようとしても結界が弾く。
私はシンシアにアリカを任せて、グールを観察する仕事があるからと嘘をついて家を出た。
オートバイを使って山を登った。けもの道へ出ると、追手に見つからないように防御魔法と結界魔法を駆使しながら山を駆け上がった。
そうしてやって来た渓谷の上。グレーのコートで全身を覆う観測者と初めて出逢った。
「来てくれてありがとう。噂通りね。顔を隠して性別すらわからない」
「それでも俺に用があるんだろう。素性もわからない俺になんの用だ」
お互い様のような気がした。観測者にとって私は容姿がわかる程度で素性のわからないものだろう。
それでも来てくれた。それだけで私には十分だった。
「守りたい命があるの。あなたに協力してほしい」
観測者はその一言だけで頷いた。
「いいだろう。俺は何をすればいい?」
「理由を聞かないの?」
あまりにもあっさりと承諾されて、こちらの方があっけに取られてしまう。
「守りたい命があるんだろう。俺を動かしたいなら、その理由だけで十分だ」
観測者については呪われた幽霊だとか敵国のスパイだとか悪い噂ばかりが目立ち、近寄りがたい存在に思えていたが、案外親しみやすい人物なのかもしれないと考えを改めた。
私は自分の事情も聞かれなかったのだから、観測者について何かを問うことをやめた。
顔を隠したい事情がある。誰にだってそれくらいの隠し事はある。それくらいの隠し事で、人を疑いはしない。こちらは頼みごとをする立場だ。大切なのは観測者と国連の繋がりを疑うことより、彼の言葉を信じることだと思った。
「簡単に事情を説明するわ。国連で兵士として戦っているイリスレイン、伏木ヒサメはある事情でリリンのマナを投与される可能性の高い、私を動かすための人質なの」
「ああ、テニスプレイヤーの伏木ヒサメか。なら今から保護してくればいいのか?」
こういうとき、有名人は都合がいい。観測者でもヒサメのことを知っていてくれている。
「いいえ、私にはもう一人、アリカという生後間もない人質がいるのよ。ヒサメとアリカ、そしてシンシアを安全な場所に移せば確かに今すぐ襲われるような脅威はなくなるでしょうね」
でも、と私は話を続けた。
「私はグールを開発する研究者。強大な力を生み出すほど、私の頭脳が欲しいとどこの勢力からも狙われる。生憎私は研究以外に興味がなくてね。自分の才能だけを一途に愛するマッドサイエンティストと呼んでくれても構わないわ。私はヒサメのように優しくはなれない」
観測者はただ静かに耳を傾けて私の話を聞いていた。
「私はリリンのマナに侵されない新しい命を生み出したい。そのためには機材も予算も必要なのよ。どこの組織に与しても構わないけど、研究をする以上、私は組織の利益となる成果を求められる。命の研究をしながら命を奪う成果で研究できる場を維持する。それが私よ」
だからこそ、どこへ逃げ出しても同じような状況になると説明した。
「必要なのはヒサメにリリンのマナを打ち込めば損失となる事実を作り出すこと。私はこれから国連が満足できるようなグールを開発するわ。その研究データをすべてヒサメに渡してほしいの。ヒサメの協力がなければもう二度と同じグールは作り出せないとわかれば、ヒサメにリリンのマナを投与することなんて国連のやつらには出来ないはずよ」
「つまり、研究データーをすべて伏木ヒサメの頭脳にインプットさせるわけだな」
そうしてほしいと無茶なお願いをした。
しかし、観測者は悩む様子もなく頷く。
「基本的な学習は先に俺が教え込んでおいてやろう。グールが完成したら、この場所へまた来ればいい。俺はいつでもここで待つ」
自分でも面倒なことを頼んでいるとわかっている。それなのに、どうして観測者は何も聞かずに協力してくれるのか不思議に思った。
「ありがとう。そこまで時間はかからないようにするから」
「気にするな。俺たちに時間という制約はない」
やはり彼もイリスレインなんだろうか。しかし、私は彼に何も問わないと決めた。
用件だけを伝えると、彼とはその場で別れた。
急いで研究所へ戻った私はその日から寝る間も惜しんでグール開発の研究に打ち込んだ。
「ねぇシャロ、最近は違う研究をしているの?」
シンシアには不思議がられた。二人で進めていた命の研究をシンシアに任せきりで、私は別の研究に没頭しているのだから不思議に思うのも無理からぬことだろう。
「ただのノルマだよ。シンシアは気にせず研究を進めておいて」
「ママ~マッマ♪」
「アリカもシンシアと一緒に遊んでいてね~。こっちのママは忙しいのよ」
楽しそうにきゃっきゃと笑うアリカを抱えたシンシアは研究以外に育児もあるので深くは追及せず、私の研究を見守ってくれていた。
それから半年後、ようやく新型グールのサンプル剤が完成した。
モルモットでの成果は出ている。ここから先は実際に人間、旧世代に投与する人体実験だ。
偽善者と言われてもいい。それでも、人間を化け物に変えるこの瞬間だけは私の心を何万という血で満たし、何百万の針で刺され、何億の怨嗟に殺される。
罪の意識を抱えながら、研究をやめない私はもう狂っているのだろう。
私は防御魔法と結界魔法が幾重にも張られたガラス窓の向こう側でサンプル剤が打ち込まれる瞬間を眺める。
成果物の魔力測定、適正魔法の確認、調整の必要があるのかどうか。私以外で成功か失敗か見極められるものがいないのだから見たくないからといって自分の罪から目を逸らすわけにはいかない。
だけど、私は本当の意味で何も見えてはいなかったのだ。
命を弄ぶ、神の代弁者を気取った悪魔の罪とはどんなものか視えていなかった。
「最高の人材を用意したよ。朝井君も知っているだろう。子供の方が強力なグールに変貌しやすい」
まさかと思いガラス窓に張り付いた。叩いてもびくともしない実験室とモニタールームを隔てるガラス窓に両手をついてまじまじと見る。
小さな椅子にベルトで固定されて座らされたのはアリカだった。
「アリカ!?」
「君の裏切りは知っているよ。内容までは知らないが、伏木ヒサメのところには監視するように毎日観測者が張り付いている。うちはあの男に割と痛い目に遭わされていてね、当面の間、伏木ヒサメには手が出せない。そうなるともう、大事なものを君から奪った方が早いだろう」
「この、死ねっ!!」
頭に血が上りすぎて単純な殺意しか言葉にならなかった。
私は急いで実験室へと駆け出す。後ろで「やれ」という無情な声。一階分下に降りてホールを回ればたどり着く実験室が天国よりも遠くに感じた。
瞬間、獣の咆哮があれほど頑丈なガラス窓を粉々に砕く。
「おい!? やめろ!? グギャアアアアアアアアアアアア!?」
殺したかった上司はあっさりとアリカの手で殺された。
そこにいたのは天井を貫いて姿を現した白竜。ドラゴン種族でも最上位となる龍のグールだった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
アリカの咆哮だ。泣いている。私にはそう聞こえた。元に戻さなければ。でもどうやって。
グール開発を何十年と続けても一度体内に取り込まれたリリンのマナを取り除く方法なんて私は知らない。
それでも私は駆けた。何故かはわからない。オートバイに乗って、けもの道を駆けあがって、よく知りもしないあの男に会いに行った。
いつでもここで待つ。その言葉通り、観測者はあの日と変わらずグレーのコートに身を包んで佇んでいた。
☆☆☆
いつも♡や☆で応援していただきありがとうございます!
三章も残すところあと二話です!
四章構成ですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです(*´ω`*)
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