第44話 守るべき命の姿

「どうして! シャロ! どうしてアリカを実験体なんかに! あんまりよ!」


 今までどこかに監禁されていたであろう格好のシンシアを見て唇を噛み締める。


 私はどこかでこういう状況だとわかっていながらシンシアを助けに行かなかった。


 アリカを救いたい。その気持ちだけで恋人をないがしろにするなど、確かにあんまりだろう。


「大丈夫よ。アリカの意識は目覚めたわ。ねぇ見て、この強くて美しい白竜の姿を。これならもう誰もアリカを傷付けられない。私たちの望んだ新しい命の形よ」


 シンシアが拘束されアリカを奪われた責任は私にある。


 もっと注意を払っていればこんなことにはならなかった。


 アリカを実験体に使われたことに言い訳も言い逃れもするつもりはなかった。


 現実を受け入れる。だが、シンシアはポロポロと涙を流して悲嘆に暮れた。


「シャロ、本気で言っているの……?」


「本気よ。私たちの実験は成功したわ」


 実際には観測者が手伝ってくれなければ希望の糸口すら見えなかったけれど、今はもうアリカの心を救えただけで成功したと思える。


「シャロは、シャロは命を何もわかっていないわ!」


「どうしてよ! アリカには心がある! 命とは心でしょう!」


 心だけは守りきれたのだと、自分の才能を疑いはしなかった。


 だけどシンシアはアリカの姿を慈しむように両腕を持ち上げてそこにはいない赤子を抱きしめた。


「違うのよ、柔らかくて短い髪も、ふっくらとした頬も、むちむちの腕も、歩き出したばかりの足も、すべてがアリカなの。そのすべてがアリカの命なのよ」


 わかっている。戻せるものなら戻したかった。だけど、あんまりじゃない。

 私だって出来る限りのことはしたのよ!!


「まだ一歳じゃない。自分の姿なんてすぐに忘れるわ。これからは艶やかな鱗と美しい白磁の肌がアリカの命になるの」


 震えた声で虚勢を張った。少なからずシンシアの言葉に傷付いてもいた。


 あれほど、私の才能を愛してくれていたのに、私が手を抜いて失敗したかのように糾弾するシンシアの態度を裏切りに感じていた。


 だから、目を伏せてシンシアの姿を真正面から見ようとしなかったから、また私は見えるはずのものすら視えていなかった。


「ママ~だっこ~♪」

「アリカ!!」

「っ!? 待ってシンシア!?」


 その瞬間、シンシアが白竜となったアリカの元へ駆けていく後ろ姿が見えた。


 必死に手を伸ばした私は目の前をグレーのコートで遮る者に強く体を押されて床へと叩きつけられる。


 ドゴンッ!!


 激しい崩落の音が鳴り響いた。理解できたのは頭上から降り注ぐ瓦礫から私は守られたということ。

 そして、巨大な肉体を持つアリカが激しく動いたということだ。


「悪い。お前が支配力の因子を消し去っていたので白竜の動きは止められなかった」


「観測者!? っああ! シンシア!!!」


 助けてもらったのに観測者の体を押しのけて上体を起こすと、そこには白竜の万力で絞め殺されようとしているシンシアの姿があった。


「アリカやめて!! シンシアが死んでしまうわ!!」


「無駄だ。脳みそは一歳児だぞ。あの子は愛する母親に抱きついているだけだ」


 自我を戻さなければよかったの。私はもつれる足を動かしてシンシアの元へ駆けていく。


 近いようで、どこよりも遠い場所からシンシアの優しい声が聞こえた。


「アリカ……愛しているわ……ママの愛を、ぐぅっ、忘れ、……ないで……」


 シンシアの体が金色に光り輝く。私の横を観測者が片手を掲げながら駆けていく。


「魔力譲渡、母の愛はやはり強い……!」


 観測者のその言葉でようやく理解した。シンシアは自分の命もすべて使ってアリカにイリスエーテルを送っているのだ。


「捕えた!! 変貌の因子!!」


 観測者が拳を握った瞬間、白竜は白い光に包まれた。


 そして、光が消えたとき、床の上に横たわるシンシアの両腕に抱きしめられたアリカは、人間の赤ん坊の姿に戻っていた。


「アリカ! シンシア!!!」


 急いで二人の元へ駆け寄った。だけど、


「シンシア……? シンシア!!」


 シンシアは息をしていなかった。蘇生を試みる前にシンシアの体は金色の光に包まれて泡のように消えていく。


「イリスレインは約束の地へ還る。いずれ、俺たちも行く場所だ」


 ぺたんと地面に座り込んだ私は消えてしまった恋人の最後の姿を思い出していた。


「お前の作った中和剤を撃ち込んでいなければ大量のイリスエーテルを注ぎ込んだところで、変貌の因子を捕えることはできなかった。シンシアの遺伝子がアリカの遺伝子と結合されたことで掴んだ一パーセントの奇跡。お前たちは新たな命を生み出したんだ。誇りに思え」


 だけどそのわずか一パーセントの奇跡で一人の命は失われた。


 観測者がアリカを抱え上げると人見知りのアリカは大泣きした。


 弱った観測者は私の両腕にアリカを抱えさせる。


「ママ~♪」


 すっかりご機嫌になったアリカを抱えて私は最後にシンシアと喧嘩したことを後悔した。


 後悔したのはそれだけだ。シンシアが必死に守り抜いてくれた命に後悔はない。


 きっとこの先、いくつもの夜を泣きながら過ごすだろう。

 何度も何度も自分の放った言葉をなぞり、シンシアに詫びることだろう。


 それでも、アリカが生きていることを後悔してはいけない。

 絶対に、母として、そして恋人の思いを裏切れはしない。


 ぼんやりとした頭に涙が溜まっていくけれど、私はアリカを強く抱きしめると立ち上がった。


「観測者、私とアリカはあなたのところに行くわ」


「正式に所属するつもりはなかったが、仕方ないか。施設には保育園もあるしな」


 私が研究した白竜に関するすべてのデータはヒサメの元へ。


 シンシアが最後に私に教えてくれたもの。それが私の思い出と罪。

 あの日から命は愛と知った。



☆☆☆


三章終了です。次回はシャロ編ラストになる四章から始まります!


始まると言えば新しい長編ファンタジー「メソッド式・魔構機動隊」という王道な学園召喚バトルファンタジー作品の連載を開始しました!


遅ればせながらコンテストに参加しておりますので、併せて応援していただけると嬉しいです(*´ω`*)

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