第10話 狂咲ミジュの過去
生まれ落ちた瞬間からあたしは特別だった。
他のイリスレインとあたしは違う。すぐに気が付いた。
だって他の子たちは空を飛びながら楽しそうに笑っている。
街を見れば嬉しそうにはしゃいだ。旧世代を友達のように抱きしめた。
あたしにはそんなことできなかった。だって胸の中に渦巻くリリンの因子がすべてを否定するから。
壊せ壊せ滅ぼせ滅ぼせ、生きている奴は敵だ! 殺戮しろ! 殲滅しろ!
あたしたちの約束の地を取り戻せ!
それが生まれたばかりのあたしの頭の中にあった言葉で、感情で、行動理念となった。
あたしが生まれた使命を全うするために力を振るえば教会のイリスレインがあたしを最強の戦士だともてはやす。
戦場では負け知らず。不敗神話が続けばいつしか戦場のフェアリーテイル(おとぎばなし)と呼ばれるようになった。
だけど、あたし、なんでこいつら殺すんだっけ。
だけど、あたし、なんで知りもしない約束の地を取り戻すんだっけ。
他のイリスレインとあたしは違う。だってあの子たちは楽しそう。あの子たちは笑っていた。
どうしてあんな表情が出来るのかな。あたしは興味を持った。
教会から少しだけ抜け出して、楽しそうに笑い合う子供たちを探しに行った。
「あなたどこから来たの?」
あたしに話しかけてきた女の子がいた。
「始まりの地よ」
教会はあたしの仮の寝床でしかない。あたしが生まれたのは始まりの地。そして向かうべきなのは約束の地だった。
「だれだれ?」
「あたらしいおともだち?」
ボールを持った男の子たちもやって来た。三人の子供は生き物だけど、あたしの中のリリンの因子は殺せと騒いだりしない。
最近はあたし自身のことも少しはわかって来た。約束の地を奪えないほど脆弱な生き物には殺意もわかない。何もしなくていいのだと思うと心が少しは落ち着いた。
「ねぇボールであそびましょう」
「あそぶ? あそぶがわからないわ」
知らない単語だった。子供たちも首を傾げている。
「こうするんだよ」
男の子が持っていたボールをもう一人の男の子に投げた。ボールを受け止めた男の子は、今度は女の子にボールを投げる。そして、女の子はあたしに向かってボールを投げてきた。
キュイン! 一基の大砲がレーザーガンでボールを撃ち抜いた。
自動防御システムだ。あたしの周囲にはアリ一匹侵入できない鉄壁な防御と結界魔法が展開されていた。
「すげー! なにそれ!」
男の子の目が輝きだす。
「ビーム出たよ!」
もう一人の男の子も嬉しそうだ。
「……ボール、壊れちゃったよ?」
女の子は悲しそうにボールの残骸を見つめていた。
あたしは男の子たちの反応の方が気分が良かった。
「理解したわ。これがあそぶなのね。いいわ、あたしが破壊のお手本を見せてあげる」
男の子たちはあたしの後ろについて来る。
ここは街によくある公園だった。滑り台、ブランコ、タイヤの回る椅子、鉄棒などが置かれていた。
あたしは景気よくすべての遊具を二十基の大砲でいっぺんに破壊してあげた。
砂煙が晴れるとそこには更地しかない。あたしはいつものように髪を払って簡単に仕事をこなしたことをアピールした。
「ぼくたちの、公園……」
「ぜんぶ、なくなっちゃった……」
思っていた反応と違う。なぜ先ほどのように目を輝かせて喜ばないのだろう。
「もうやめて!」
先ほど、悲しそうに俯いていた女の子があたしに向かって叫んだ。
「これいじょう、わたしたちの大切な場所を破壊しないで!」
衝撃を受けた。あたしはあたしたちイリスレインの大切な場所を破壊する連中を排除するために戦う戦士だ。
でも、この子たち旧世代から見ればあたしたちイリスレインこそ旧世代の大切な場所を破壊する邪魔者だった。
あたしたちはあそぶことが出来ない敵同士だと理解した。
引きつった顔であたしはその場から飛び立つ。敵の前で楽しめると思っただなんてあたしはどうかしていた。
教会に行けばあたしと同じ仲間のイリスレインがたくさんいる。あそぶなら彼女たちだ。
イリス教会が占拠した街は世界中にいくつも点在する。あたしは占拠した街の一つに降り立った。
街中を歩けば誰もがあたしを振り返る。怯えたような目にはもう慣れた。大人は好きになれない。
あたしのような幼女タイプがいい。幼い外見に合わせて思考力も弱い奴が多いことを知っていた。
そういう奴らもやっぱり公園にいるんだろうと思って足を公園に向けた。
公園にたどり着くとやっぱりいた。砂場で山をいくつも作っている幼女タイプが二人いる。
あたしは彼女たちのそばに腰を下ろすと話しかけた。
「ねぇ、あたしとあそぶでしょ?」
くりくりな大きな瞳をあたしに向ける幼女タイプはあたしを見てからお互いに顔を見合わせた。
「ミジュ様とは遊べないですよ」
「うんうん、だってあたちたちがミジュ様と遊んだらミジュ様に殺されちゃうもん」
「……脆弱な生物は殺さないわよ」
それでも幼女タイプは揃って首を振った。
「ミジュ様と遊べる子はいないです。だって鬼ごっこもかくれんぼもミジュ様に勝てないもん」
「ずっと負けちゃうなんて」
幼女タイプは思考力が弱い。思ったことをそのまま口に出す。
「ミジュ様と遊んでもつまんないからやだぁ」
つまんない、いやなの。そうよね、誰だってつまらないものは嫌だわ。
「そうね、あたしとあなたたちは違うものね」
「そうですよぉ」
もう言葉なんて聞きたくなくて、教会の本部に帰った。
大聖堂に続く外周の細道を歩いていたらシスタータイプのイリスレインたちが談笑しながら歩いて来ていた。楽しそうに笑って、生垣に隠れてしまう背丈のあたしに気付かない。
「ミジュ様がまた勝手にお部屋から逃げ出したそうですよ」
「あの子も可哀そうよねぇ。外に行っても居場所なんか無いし」
「あはは、戦争兵器の居場所なんて格納庫だけでしょ」
「言えてる! あはははは!」
ああやって笑うんだ。可哀そうな子は楽しくておかしいんだ。
「にゃー」
気が付けば真っ白い猫があたしの足元にすり寄ってきてた。
拾い上げてみた。ぐにゃぐにゃの体。ふわふわの毛並み。体温は暖かい。
「おまえはあたしとあそぶ?」
「にゃー」
部屋に連れ帰った。魚なら食べるだろうと思って与えてみた。むしゃむしゃとよく食べた。
ミルクもたっぷりと飲む、この野良猫に「ハナ」と名前を付けて可愛がった。
ハナはかわいそうなあたしを笑わないし、猫じゃらしをふればあたしとあそぶ。
幼女タイプは頭が弱いのね。あたしだってハナとならあそべるの。
「ハナはつまらなくないよね? あたしのこと嫌じゃないよね?」
「なああん」
ハナは甘えるときはにゃーではなくなあと鳴いた。それだけであたしは満足だった。
だけど、ハナとの生活は一週間も続かなかった。
あたしはハナが可愛くて、ハナだけが可愛すぎて、構い過ぎたのだ。
猫じゃらしで遊んでいるときだった。ハナを捕まえようとしてわざとあたしの方へ飛び込んでくるように仕向けた。ハナの目標から外れた爪はあたしの肌をひっかこうとしていた。
──キュイン!
「ギャン!」
「ハナ!?」
一基の大砲があたしを守るためにレーザーガンをハナに放っていた。
お腹にぽっかりと大きな穴が開いたハナ。焼け焦げた肉の匂いと血の匂いが部屋に充満した。
「ハナ? ハナ、ハナ、ねぇ……ハナ……?」
持ち上げて抱きしめてもハナは声を出さない。どんどん冷たくなり、硬くなっていくハナの体。
「ハナ、ハナぁ……こんなおっきい穴開けちゃ大好きなお魚食べらんないよぉハナぁ……!!」
震える手で何度さすってもハナはいつもの可愛い声でなあと鳴いてくれなかった。
「ハナ……? ハナ、はな、はは、はははは、なんて可哀そうなのハナ、こんなに弱くて、こんなに可哀そう、はは、キャハハハハハハハハハハハ!!!」
気付けば初めて笑えていた。不気味にひきつった顔で、涙を流しながら笑っていた。
それから戦場ではあたしの高笑いが響き渡る。こんなに弱くて可哀そう。可哀そうだから楽しい、可哀そうだから笑っちゃう、つまんなくてイやんなっちゃう!
「素晴らしいですミジュ様! これからも教会に勝利と栄光を!」
「ミジュ様!」
「戦場の女神よ!」
教会のイリスレインたちはあたしの活躍を褒め称える。
「ふふん、当然よ。金貨をかき集めた格納庫にだってあたしほど高性能な戦闘機はいないでしょう?」
「もちろんですわミジュ様は最高の戦闘兵器です!」
これがあたしなんだ。みんなとは違う特別な戦闘兵器があたし。
誰もあたしとあそばないし、誰もあたしを抱きしめてはくれない。
──また来るよ、毎日会いに来るから、ミジュの幸せな笑顔が見られる日まで、約束だ。
あいつ、なんなのよ。会いに来てどうするの。あたしちゃんと笑っているじゃない。
どうしてそばにいるの。どうして透明な手であたしの頭を撫でるの。
ムカつく、ムカつく、ムカつく。殴りたくても透ける体じゃ攻撃できない。
破壊もできないから、あたしのそばから居無くならない。
期待なんてしない。信じたりしない。気まぐれだもの。勝手に約束しただけ。
いつか勝手に、居なくなるんでしょう。
☆☆☆
10話目まで読んでくださりありがとうございます!
今作は五章構成ですので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
少しでも本作を気に入ってくださりましたら♡や☆で応援していただけると執筆の励みになりますので、どうぞよろしくお願いします!(^^)!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます