第20話 あの日見た光を今も追いかけている。過去編
「や、やった、やっと完成した……!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
「いええええええええええええい!!」
名前も知らない若い男二人と肩を組んで喜び合った。
実際はどうにか六本の丸太で倒れないように造り上げた、細部がガタガタの櫓である。
それでも太鼓を中に入れて、それなりに大きな音で鳴らしてみたが、櫓はびくともしない。 十分な出来栄えだろう。これでハイゼルも怪我をせずに大役を務められる。
とか思っていたら、腕に包帯を巻いたハイゼルがやって来た。
「怪我しちゃった」
「どうしたら屋台を組み上げるだけで骨折できるんだ」
「もうおっさんだからね! 何もないところで転べるさ!」
「しかも屋台は関係ないのか……」
「というわけで太鼓を叩く役目はドゼに任せた!」
まぁいい。むしろそれでいい。俺なら落下しても死ぬことはない。
とはいえ、イカ焼きの屋台は手伝えそうにない。ココットばあさんに伝えに行った。
「まぁまぁまぁ、ドゼが太鼓を叩くのぉ?」
「すまない。イカ焼きは今のうちに出来る限り焼いておくから」
「あらやぁだぁ、お母さんも屋台を開けている場合じゃないわぁ、盆踊りに行かなくちゃ」
「大丈夫だ。太鼓の音はここまで聞こえるから」
「ドゼが見えないじゃなぁい」
「いつも見えてないだろ」
しかし、見に行くと言って聞かないので、店番に櫓造りで奮闘した男二人を連れてきた。
「頼んだぞ」
「うおおおおおおおお!!」
「いえええええええい!!」
元気だけはある。これなら大丈夫だろうということでココットばあさんの手を引いて広場にやって来た。
「うふふ、ドゼが太鼓を叩くなんて楽しみねぇ」
「母さんは踊れるのか?」
「やぁねぇ、昔は祭りの花と呼ばれていたのよぉ。お父さんはすぐにずっこけちゃうけどねぇ、あら? お父さんを忘れて来ちゃったわぁ」
「大丈夫だよ。屋台で酒を呑みながらイカを食ってるさ」
「そうねぇ、その方がお父さんは幸せよねぇ、あっはははは」
きっと本当に幸せだったのだろう。ココットおばさんの旦那さんも息子のドゼも、ずっと幸せだったに違いない。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「ドゼのこと見てるからねぇ」
ココットおばさんは見えない目で俺に笑顔を向けて手を振っていた。
俺は櫓の梯子をしっかりと握りしめながら頂上まで登っていく。
ようやく櫓の一番上まで着いたとき、眼下に集落のみんなが見えた。
みんな屋台の食べ物を持って太鼓が鳴るのを待っている。
ハイゼルのところの娘っ子三人組は綺麗な浴衣を着せてもらってお爺さんに手を引かれていた。
みんなが輝いた笑顔で櫓を見上げている姿の中にひときわ明るい光が見えた。
母さんの笑顔だ。そう気づいたとき、俺は光に向けて手を振った。
見えているはずが無いのに、無意識の行動だった。
だけど、夜空が閃光を放ち輝きだす。藍色の空に真っ白に輝く月の光よりも輝いた光の中で母さんは俺の姿を大きな瞳で見つめながら手を振り返していた。
笑顔だった。愛を与えながら幸せに笑っていた。
瞬間──
ドゴオオオオオオオオオオオオオオッン!!
爆炎に呑まれてすべてが爆ぜた。
数秒間、俺は意識を失っていた。目を覚ました時、体は櫓の下敷きになっていた。
空中では爆撃機のプロペラとエンジンの駆動音が鳴り響いていた。
すぐに理解した。俺は馬鹿だったんだ。
無線なら中継点に飛ばすだけで距離など関係なく、すぐに報告ができる。
俺は戦い方を見せすぎた。魔法の類はすべて無効化できるとわざわざ情報を与えた。
だからこそ前時代の爆撃機が飛ばされた。空を飛ぶのは妖精だけじゃない。
イリスレインとの戦いでは無力に近い戦闘機の類も俺には有効だ。
操れるものが無いと俺は攻撃も反撃もできない。準備を怠ったのも俺のミスだ。
直前まで姿と音を消す魔法をかけながら空を飛べば爆撃機は一日で数千キロを飛んでくる。
あとは攻撃の直前にイリスレインをよそへ放り出せばいい。原始的なミサイルの攻撃だけでこんな小さい集落なんか簡単に爆破できた。
「う、……かあ、さん」
体を櫓から這いずり出しながらサーシャに命令を飛ばした。
(爆撃機を破壊しろ!)
サーシャは動き出しただろう。空の上ではすぐに魔法による攻撃合戦の音が聞こえてきた。
まずは追撃の危険を振り払わなければならない。俺は近くに反応があるリリンのマナをすべて上空に撃ち上げた。
爆撃機に乗って来たイリスレインの自我を捕えた。もう操縦者は脱出しているだろうが、イリスレイン二人の力で爆撃機を粉々に破壊した。
その後、サーシャたちを呼び寄せて櫓の残骸をどかして俺の体を外に引っ張り上げた。
目に映るすべてが信じられなかった。
みんなが朝から苦労して組み立てた屋台はすべて炎に呑まれてゆっくりと崩れ落ちていく。
広場では誰かの手と足がちぎれて転がっていた。血の海の中で俺は母さんの姿を探した。
サーシャたちにも探させた。爆風に乗って無事でいる可能性に賭けた。
フードもずり落ちて、マスクも外れて、素顔を晒して泥だらけで走り回った。
やがて母さんの姿を見つけた。集落の屋根に乗っかって、ぐちゃぐちゃの瓦礫の上で横たわっていた。
「母さん!!」
抱き上げた母さんの体は妙に軽かった。
「母さん? かあさん! ねぇかあさん! 足は!?」
いつも手を引いて歩いていた。ちょっと膝が曲がらなくてもいつも頑張って家までたどり着いた母さんの両足が、腰から下がどこにもなかった。
「ド……ゼ……」
「母さん! ごめん! 俺が!」
俺のミスで、俺の不注意で、俺があいつらを呼び寄せて、母さんが!
血まみれの母さんの顔は笑顔だった。こんな地獄みたいな夜で太陽よりも光る笑顔だった。
「見てた……かんねぇ……」
そういって母さんは最後の息を止めた。
「かあさん……? 母さん、かあさん、かあさ……」
何度心臓を押しても母さんは二度と動かなかった。
母さんの笑顔と母さんの最後の言葉が蘇って来た。
──ドゼ、見てたかんねぇ。
「うん……うん……見てたね……母さん、俺のこと見えてたんだねぇ」
母さんの口調がうつってた。いつも間延びした舌っ足らずの話し方で、いつも俺のことを見て笑ってる母さんの喋り方だった。
俺は素顔を見せていたのに母さんは最後まで俺に愛を与えて幸せに笑ってくれた。
手を振り返してくれた姿が光の中で鮮明に残った。
いつも俺を玄関の外で待っている母さんの姿が蘇った。
目から零れ落ちて流れ続けるこの生ぬるい水が全然止まらない。母さんを濡らしていく涙の洪水が塩辛くて、大口を開くと言葉にならない感情が爆発した。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!」
獣のような咆哮は失った光を弔うには馬鹿正直に悲しすぎた。
朝になるまで俺は母さんの体を抱きしめていた。
集落の人間で生き残った人は一人もいなかった。
たった一人で残された俺には抱えきれないほどの思い出が胸に詰まっていた。
俺はサーシャたちに手伝わせてみんなの墓を作った。
出来るだけ遺品も集めた。その中で、アルミ缶の中に入っていた母さんの日記を見つけた。 表紙に大きな字で『ドゼの成長の記録』と書かれていたから、母さんのものだとすぐにわかった。
俺は本物のドゼの成長の記録だと思ってページをめくった。
○月×日
迷子になっていたドゼをようやく見つけた。大好きなメロンを全部食べちゃって、お父さんの分がないねって笑ったら、メロンは大人の体に悪いと冗談を言うからまた笑っちゃった。
○月×日
ドゼの体が大きくなっている気がする。男の子って成長が速いのね。もうお母さんの手を引いて歩いてくれるようになるなんて嬉しくて少し泣いた。
○月×日
ドゼの好物がグラタン以外思い出せない。他にもあったと思うけど、どうして忘れちゃったのかしら? でもドゼは美味しいっておかわりまでして食べてくれたから良かった。
○月×日
ドゼの好みが変わったみたい。昔は海老のグラタンが大好きだったのに、プリっとした食感が今は嫌みたいでまとめて口に入れると牛乳で流し込んでいる。イカは好きみたいだけど。変ねぇ、昔はイカの方が噛めないといって嫌がったのに、歯が丈夫になったのかしら?
○月×日
ドゼはお肉の臭みが嫌みたい。明日は赤ワインで煮込んでみようかしら。
○月×日
大変だわ。ドゼは女の子に興味がないみたい。ハイゼルさんのとこのお嬢さんはみんな明るくて優しい子たちなのに、全員のプロポーズを断ってしまった。大きくなったら孫の顔を見るのが楽しみだったのに、何か作戦を練らないとだめね。
○月×日
今日、びっくりする話を聞いた。ドゼは顔に大やけどを負っているから誰にも顔を見せたくないと言っていた。よく見たら、マスクをしていた。
気付いたらお母さんの目の方が直っちゃったわよ。でも、ごめんね。お母さんおかしいの。ドゼが大やけどを負った日のことを思い出せない。
それに、よく見たらドゼの顔はとても綺麗なの。お風呂に入るとき、何度も確かめた。昔よりうんと綺麗になったみたい。
だけど、やっぱりお母さんはおかしいの。ドゼがこんなに大きくなっていたことを思い出せない。きっとドゼはお母さんの記憶がおかしいことを知っていて、みんなに嘘をついていたのね。だからお母さんも黙っていることにします。
大丈夫よドゼ! 大きくなってもいい男だから大丈夫! ドゼの心は綺麗だから大丈夫! それにお父さんに似て優しい目をしてるよ! ああでも、浴衣はサイズを直さないといけないなぁ。小さいお嫁さんじゃドゼも困るわよねぇ。でもねぇ、お母さん、ドゼには小さいお嫁さんが似合うと思うの! やっぱりこの浴衣を渡しちゃおう。お祭りが楽しみね。
何ページも続くドゼの成長記録。読んでいるうちに大切な母さんの日記なのに雨が降ったみたいに水滴がしたたり落ちて、自分が涙を流しながら、鼻水まで垂らして顔をぐちゃぐちゃにしながら読んでいたことに気付いた。
なんだ、イカと肉が好きで二種類のソースを好んでたのは俺じゃないか。
ビーフシチューは赤ワインで煮込めなんてグルメなのも俺だった。
いつの間にか女の子に苦手意識も持っていたんだな。
だけど、母さんに浴衣を持たされたら浴衣の似合う子を誘おうなんてまんまと作戦に乗せられた。
俺の顔、知っていたんだ。でも変わらず愛してくれた。
ここに書いてあるドゼは好き嫌いもあって、母さんのご機嫌取りもしちゃって、母さんを心配させている普通の息子だった。
母さんを想うエネルギーは俺に涙を産ませた。ここに道具なんて呼ばれる俺はいなかった。
やっと少しは人間らしく泣けた。でも、俺は母さんのように愛を与える笑顔を生んでみたい。
きっと母さんも俺の無様な涙なんて見たくない。
あっはははははは、母さんはいつもこうやって笑う。幸せに笑うんだ。
笑いなさんねぇ、泣くんじゃないよぉ。母さんの声が聞こえるんだ。
何もかも失くしてしまった俺だけど、あの日見た光はまぶたの奥に残っている。
ハイゼルは言っていた。すべてを亡くしても家族は再生のエネルギーをくれたと。
そのエネルギーは笑顔を作ることができる。
偽物でも、遺伝子の繋がりがなくても、母さんもハイゼルも、集落のみんなは俺の家族だった。
もう一度、やり直せる。俺は、俺たちは誰かの道具じゃない。
誰かと精一杯生きて愛し合うんだ。そして母さんに孫の顔を見せてやらなきゃ。
俺の家族を作ろう。もう一度。あの光を今度は俺も作り出すために。
俺は集落の片づけを済ませるとサーシャたちを国連に帰した。
サーシャたちを蝕んでいたリリンのマナも消滅させた。
誰もが好きな場所で好きな人と生きていける世界になればいい。
俺は復讐もしないけど、助けてやる義理もない。好きに生きてやるさ。
その後、集落が身を寄せる予定だった施設に赴いた。
協力する条件は母さんたちが眠る集落の跡地を保護区域にすること。
俺の名前はドゼ。だけど、その名前で呼ばないでほしい。
ドゼは母さんの大事な息子の名前だから、ドゼの家族を愛せる人以外に呼ばせたくないんだ。
☆☆☆
ここまで読んでくださりありがとうございます。
物語はもう少し続きます。
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