第19話 国連を追い払う 過去編

 家の前で椅子に座るココットばあさんは開いた本を膝の上に乗せてうたた寝していた。


「母さん、帰ったよ」


「むにゃ、うーん、ドゼ、いっぱい釣れたねぇ」


「まだ見てないだろ」


 しょぼしょぼのまぶたをこするココットばあさんはきょろきょろと辺りを見渡した。


「あら? お父さんは?」


「今日は集落の大人が集まって集会をするから遅くなるってさ」


「なんかあったのぉ?」


 目をぱちくりさせるココットばあさんに心配いらないよ、と伝えた。


 家の中に入るとたくさん釣れたイカを見てココットばあさんは幸せに笑う。


「ドゼ、明日はいっぱいイカ焼いてあげるかんねぇ、イカ好きだもんねぇ」


「そうだな」


 きっと本物のドゼはイカが好きだったのだろう。


「明日は祭りだ。今夜は早めに寝よう」


「そうだねぇ、晩御飯はなにがいい?」


「母さんの得意料理でいいよ」


 冷蔵庫を眺めながらココットばあさんは悩み始めた。


「どうしようぉドゼ、お母さん赤ワインを買い忘れちゃったぁ」


「なに作るの?」


「ドゼの好きなビーフシチューにしようと思ったんだけどねぇ。お母さんうっかりしちゃったよぉ、ドゼ、ハイゼルさんの家から赤ワインを借りてきて」


「ワインなんか無くても作れるだろ。別のメニューでもいいし」


 しかし、ココットばあさんは譲らなかった。


「ダメよぉ、ドゼは赤ワインでお肉の臭みを取ってあげなきゃ美味しく食べられないんだからぁ」


 どうも本物のドゼは享年十二歳だというのに美食家だったようだ。


 仕方なく、別れたばかりだが、ハイゼルの家に行って赤ワインを頂いて来た。


 ご満悦のココットばあさんは楽しそうに笑いながら俺の話を聞いてビーフシチューを作り上げた。


 いつもココットばあさんは旦那さんの分まで作るので、俺は二杯おかわりして食べ終わると、早めにココットばあさんを布団で寝かしつけた。


 静かな寝息が聞こえてくると、久しぶりに目を閉じて精神体を飛ばす。


 集落の近辺で部隊を展開している国連の騎士団がいないか上空から確かめていた。


 山を一つ越えたところに野営中の部隊を一つ発見した。辺りを見渡すと風化した家屋の残骸や崩れ落ちた建物の瓦礫がそこら中で積み上がっていた。


 おそらくこの付近にハイゼルの言っていた襲われた集落があったのだろう。


 焚火を囲んで談笑している騎士団の団員の背後に音もなく着地すると声をかけた。


「人狩りをしている騎士団の部隊とはお前たちのことか?」


「だ、誰だ!?」

「こいつは!? 観測者!?」


 驚いた団員たちは酒の入ったカップを落とすと、素早く立ち上がりロングソードの切っ先と魔導ライフルの銃口を俺に向けた。


「質問に答えろ」


「不気味なやつめ! こそこそとオレタチの動向を探りやがって!」


 団員の一人が跳びかかって来る。ロングソードが頭上から振り下ろされた。


 半透明な体をすり抜けてロングソードが地面に刺さると、後ろにいた団員が怯えた様子で弾丸を何発も放ってくる。


 銃声を聞きつけて他の団員たちも起きてきたようだ。だが、体をすり抜ける弾丸を目の当たりにして事態を深刻なものと捉えたらしい。


「撃つのをやめろ!」

「はっ!」


 前に出てきたのは他の団員より豪奢な衣装に身を包む中年の男だ。


「観測者、私がこの部隊の団長だ。まさか本物の幽霊だというつもりもないだろう。今さら物言わぬ貴様が我々になんの用だ?」


「個人的な理由だよ。ここら一帯の集落で人狩りをするというなら止めようと思ってな」


 騎士団長は不愉快そうに片方の眉をピクリと跳ね上げた。


「我々を止めるだと? ふ、透明な貴様の体で何ができる?」


 手を前にかざした。拳を作るように手のひらを握りしめる。それだけの動作で騎士団員が所持していた武器はバラバラに砕けて地面にガラクタとなって落ちた。

 ロングソードもぼろぼろにひび割れて使い物にならなくなっている。


「魔法? 男かと思ったら声を変えているのか。だが、イリスレインなら好都合だ」


 団員たちの足元に魔方陣が描かれていく。団員たちのイリスの因子もリリンの因子もすべて破壊したはずだが、魔法が発動するということはテントの中にまだ団員が残っているか、協力するイリスレインが残っているかのどちらかだろう。


 魔方陣から現れたのは大型のグールを従えるイリスレインだった。


「サーシャ! 観測者はイリスレインだ! リリンのマナを撃ち込め!」


「了解いたしました!」


 国連に協力するイリスレインも多くいる。一応は国連の目的として旧世代を守るための戦いと公約を掲げているし、無用な争いが無くなれば(イリス協会が降伏すれば)イリスレインたちとの共存も平和的に推し進めると国連の首脳たちは宣言していた。


 サーシャと呼ばれたイリスレインも国連の掲げる理想の御旗に賛同しているのだろう。水色の髪をポニーテールにしたBカップのイリスレイン、サーシャは投擲の魔法でリリンのマナを槍状にしたものを無数に降らせてきた。


 当たったとしても問題は無いが、面倒なのですべて反射してサーシャに降り注いでやった。


「きゃああああああああ!! …………」


 自分で投げたリリンのマナに侵されてサーシャは自我を失う。


 ついでなのでサーシャを操り、一緒に登場していた大型のグールはサーシャの魔法で駆逐した。


「き、貴様、何者だ!?」


「おかしなことを言う。貴様らが勝手に観測者と呼び、俺はイリスレインだと決めつけたのだろう。まぁなんでもいいさ、サーシャは保険として預かっておく。お前らは余計なことをせずにここら一帯から出ていけ」


 サーシャを連れて空を飛んだ。警告はしたし、ココットおばさんのところの集落が施設まで移動する時間くらいは稼げただろう。


 唖然とした表情で俺たちが飛び去るのを見つめていた騎士団は武器もないことだし、一度は国連の保護地域まで戻り報告と武器の補給を済ませるまでは動けない。


 そう思って騎士団のことはそれ以上考えなかった。


 いきなりサーシャを集落に連れて行けば騒ぎになると思い、俺が最初に身を隠していた洞窟に置いて来た。


 待機を命じておけばリリンのマナに侵されたイリスレインは次の命令があるまで待機し続ける。


 エネルギーが枯渇して消滅してしまうとしても、命令には逆らえない。


 たかがマナの一つ、エネルギーの一つで同族すら操り人形に変えてしまう俺たちは例え子を成してもハイゼルの言うような家族にはなれないと思った。


 やはり、俺たちは役割が違っても、人間とは違って誰かの道具でしかないんだろうと思う。 

 

それがイリスなのかリリンなのか、それとも全然知らない誰かなのか知らないが、イリスレインという種族は、妖精という種族全体が目的を果たすためだけの道具に過ぎないと思えた。


 旧世代は家族というエネルギーで笑顔を作り出す。愛というエネルギーで笑顔を咲かせる。

 なら、イリスレインの持つこの莫大で強力なエネルギーは何を生み出すのか。


 答えを出せないまま意識を本体に戻した。


 翌日は集落のみんなが楽しみにしていた祭りの日だ。


 集落自体が屋台の集まりみたいなものなのに、その集落を取り囲むように屋台が次々と組み上げられていく。


「ドゼ、若い男はやぐら作りだ」


「櫓? 敵襲に備えてですか?」


「見張り台じゃねぇから! 太鼓を鳴らして盆踊りなの!」


 ハイゼルは若くないから屋台を組み上げると言って走り去っていった。


「ドゼ、お母さんいっぱい焼くかんねぇ!」


「母さん、焼くのは昼過ぎだよ。今はお昼ご飯を作っておいて」


「そうだったわぁ、あらやだ、お父さんにもお昼ご飯を持たせるの忘れちゃったよぉ」


「昼には帰ってくるから、家で用意してくれればいいよ」


 張り切るわぁ、といって母さんは買い物をしに集落の周りを歩き始めた。


 集落での買い物とは物々交換である。今回はお昼ご飯の材料を分けてもらったらイカ焼きを御馳走するんだろう。


 俺は早速、櫓作りのために川の方で作業に参加した。残念ながら若い男は俺を含めても三人しかいない。あとはハイゼルのところの娘っ子三人組(全員十歳以下)がお手伝いか、いつもと違う遊びのためか、俺たちにお守りを任されたのか、おそらくその全部の理由で近くをうろちょろしていた。


 慣れないトンカチで木の板を釘で打ちつけていく。上に巨大な太鼓を乗せて、それをハイゼルが叩くというのだから手を抜けない。


 何故か交代で背中におぶさってくる娘っ子たちの重みに耐えながらトンテンカンとトンカチの音は太陽が真上に昇るまで続けられた。


「おかえり、ドゼ。あら? お父さんは一緒じゃないの?」


 ココットばあさんは優しいなと思う。旦那さんと息子の記憶は保持できず、すぐに忘れてしまうのに、いつだって思い出すのは彼らの存在なのだ。


「ハイゼルのところのタコが足りないらしい。父さんはタコを釣りながら魚を焼いて食っておくってさ」


「あらまぁ、あの人はホントお魚が好きねぇ、役得とか思ってたりして、あっはは」


 家族を想うエネルギーが生み出す幸せな笑顔だった。


「今日はドゼの大好物を作ったよぉ」


「当ててやろうか。グラタンだ」


「あはははは当りだぁよぉ、ドゼはお肉のグラタン大好きだもんねぇ」


 最初のころは海鮮のグラタンも出てきたと思うが、最近はイカと牛肉のミックスが定番だった。しかもミートソースとクリームソースの二層になっている。本物のドゼは海鮮も肉もどっちも食べたいソースも二種類で贅沢したいグルメ野郎だったのか。


 いつも通りのいつもの味でお腹を満たした。昼も旦那さんの分と合わせて二皿食べた。


「さて、櫓を完成させるか」


「ああ! ドゼ待って待ってぇ!」


「どうしたの?」


 ココットばあさんはニコニコした笑顔で俺にピンクの浴衣を渡してきた。


「家に残ってた生地でねぇ一着だけ作れたんよぉ。可愛いやろぅ?」


 広げてみると可愛らしい花柄で、ぽこぽこしたふわふわの生地がいかにも女の子が好きそうな仕上がりになっていた。


「盆踊りに女の子を誘っておいでよぉ、お母さんに見せてぇ」


「いや、見せてと言われても、この集落の女性は十歳以下か四十過ぎしかいないんだが」


「十歳でええやないの! ドゼも十二歳なんだから、お似合いよぉ」


 なるほど、まぁ俺も妖精歴十二年くらいだから極論で言えば大丈夫。

 ただし相手も妖精に限る。


「わかったよ、浴衣の似合いそうな十歳くらいの妖精を見かけたら祭りに誘ってみる」


「うんうん? 女の子は妖精さんみたい、あっははははははドゼ可愛いよぉ」


 よく見たらこの浴衣はサイズ的にも幼女向けであった。


 一瞬、ココットおばさんに見せるために洞窟に置いて来たサーシャで良いかと思ったが、Bカップの女はこの浴衣を着られない。


 仕方なくコートの下に浴衣を括りつけて、野良の妖精が飛び込んでこないか期待することにした。


 やって来たところで妖精がもたらすのは災厄だけだと、この頃は気付かずに、ただ祭りを楽しみにしていた。



☆☆☆

たぶんこの頃から浴衣のサイズに合うかどうか、バストのサイズを気にしだした笑

過去編も次でラストです!

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