第2話 その笑顔に、その無垢な表情に、お仕置きしたいと思いました。

 ミジュが片手を上空に掲げる。瞬間、二十基の大砲から高濃度のエーテル魔法がレーザーガンとなって雨嵐と聖騎士団たちの元へ降り注ぐ。


「ぐあっ!」


「ぎゃあああっ!」


 灰燼の舞う地上ではあちらこちらで悲鳴が響き渡る。


「うああああああ!?」


 あまりの恐怖で逃げ出すものを見つけると、


「あらぁ、鬼ごっこなのぉ? うふふ、いいわぁ、乗ってあげるアハハハハ!」


 二対のレールガンが聖騎士団の団員を瞬時に炭化させた。


「この化け物がああああああ!!」


 威勢よく真っ向から剣を突き出して立ち向かうと、


「あたしに勝てるとか本気で思っちゃってるわけぇ?」


 ミジュは開いていた手のひらをぐっと拳を作るように握った。ただそれだけで向かってきた騎士団員をシャボン玉で包むように透明で丸い檻の中に閉じ込める。

 そこには空気もなく、音もない、静寂な宇宙に放り出されたかのような紛れもない地獄だ。


「粉々に弾け飛べ! アッハハハハハ!」


 ピンと指先を弾いた。ただそれだけの動作で圧縮魔力の中に酸素の穴が開く。瞬間、高濃度魔力拡散爆発が起こった。

 近くにいた隊員たちも巻き込んで黒いきのこ雲を発生させながら地面を揺らすほどの大爆発だ。


 火力に燃やされなくても爆発の中心部では一酸化炭素が蔓延している。呼吸をすれば一酸化炭素中毒で即死する、周囲を圧倒する戦闘力だった。


「あわわわわ、か、観測者さん! わたくしたちも逃げた方がよくないですか?」


 へっぴり腰で観測者の腕に胸を押し付けるようにしがみついてくるのはロングスピアを武器に持つ姫騎士タイプのイリスレイン、九重ここのえサオリだ。


 頭にティアラを乗せた黒髪ロング。夜空のように藍色の大きな瞳。

 おっぱいは規格外のHカップ。ハイヒールとひらひらのミニスカートがまさに姫騎士っぽく平時ではブレーン役だった。

 今はあまりの戦力差に頭が働かないらしい。観測者は鬱陶しそうにしがみつかれた腕を振り払った。


「俺たちが先に逃げてどうする。子供たちの保護が優先だ」


「そ、そうですよね。さすがは観測者さんです! わたくし惚れ直しました!」


 観測者は興味無さそうに顔をそむけるとミジュの行動をつぶさに観察していた。


「……でも、あの子強いよ。さすがラスボスって言われているだけある」


 そう言ったのはナイフ使いでシーフタイプのイリスレイン、高砂たかさごスズメ。パーカーにタンクトップ、ショートパンツから伸びた引き締まった足。

 おっぱいはCカップでバランスもいい。 青い髪のショートヘアーもボーイッシュで爽やかな美人だった。


「ラスボスっていうか、狂咲きょうさきミジュはこの世界で唯一の第三世代でしょ。うちら旧スぺで勝てるかっつーの」


 諦め気味な大きなメガネをかけた白衣の少女は結界魔法や精神感応系の魔法を得意としているガードタイプのイリスレイン、朝井シャロ。

 背は低いがタイトなミニスカートのスーツの上から白衣を着ている。

 よく医者に間違えられるが、シャロは技術開発部でも働く研究員で、回復役は幼女のアニマである。

 シャロは黒いストッキングに隠れデカおっぱいのEカップ。知的な容姿と淡いパープルのミディアムヘアーをコームでまとめたお姉さんタイプの美人だ。



 以上、六名が観測者の率いる月のフクロウのメンバーだ。


 興味がなさ過ぎて忘れているだろうが、Fカップの鈴城レイナ、Bカップの赤浄アカネ、幼女のため測定不能の国見アニマ、Hカップの九重サオリ、Cカップの高砂スズメ、Eカップの朝井シャロだ。


 アニマを除けば見た目の平均年齢十七歳。おっぱいのバランスも良く、旧世代から羨ましがられる類まれな美貌を持ち合わせるイリスの遺伝子から生まれたイリスレインたち。


 愛らしい幼女と五名の美人揃い。彼女たちに囲まれている観測者は瞬き一つ見逃さず、人類を殺戮しながら高笑いを響かせる狂気病み闇つるペタ最終兵器幼女、狂咲ミジュの姿を見つめていた。


 シャロの結界魔法で守られている戦争孤児たちはあまりの恐怖にガタガタ震えていた。


「さぁてと、残ったのは、あは! 間抜けな団長だけかしらぁ」


 ミジュはあっという間に二十名を超える聖騎士団の団員を駆逐していた。

 死体の痕跡も残さず、彼らは高濃度の魔力で灰と散った。


「ま、待て! 取引をしよう! こちらは高レベルのグールを教会に提供する!」


 ミジュの金色の瞳が細められ、歪んだ笑みが口許に三日月を模った。


「高レベルねぇ、あたし子供が好きなのよ。芋虫やミミズじゃなくてねぇ」


「子供を用意しよう! 何人だ? 何十人でも国連は用意できる!」


「十歳以下の子供のグールよぉ?」


「もちろんだ! 活きの良いのが揃ってる!」


 にたあ、と笑うミジュの牙のようなとげとげの歯の間に唾液が糸を引いていた。

 喉の奥まで続く真っ赤に熟れた舌は、御馳走を前にした獣のように舌なめずりすると、踊るように高く掲げた両手の先に真っ黒い高濃度のエーテル魔力を集めて小宇宙のような球体を作り出した。


「キャハハハハハ! あたし嘘つきってだぁい好き! 内臓までぐっちゃぐちゃにしてアゲル!」


「ま、……!?」


 騎士団長は言葉にならない断末魔を上げた。ぶつけられた小宇宙は内臓をかき回して黒い球体の中で騎士団長の体を粉々に崩してシェイクしていく。


 出来上がったどす黒いジュースが黒い球体から垂れ流されると、結界の中にいた孤児たちが全員吐いた。


 横ではアニマが白目をむいて失神した。残る五名のイリスレインはもう掴む場所もないだろうというほど観測者のグレーのコートを必死で掴み観測者の体にしがみついている。


 国連の聖騎士団の連中を殲滅させた狂咲ミジュは空中で踊るようにターンした。


 そして、観測者の目は外からでは隠れていて見えないが、観測者の視点ではミジュと目が合った。


「場所を変えるわよ」


 ミジュはこの場でこれ以上は戦いたくないらしい。


 なぜだろうかと観測者はミジュの動きを余すことなく観測していた。


 ここは過去に国連と教会が戦争を繰り広げた荒地である。

 かつては街もあっただろうが、今は瓦礫の山が積み上がり、家屋の残骸が雨や風で風化して、地上のほとんどが砂漠と化していた。


 だが、戦争孤児たちが身を寄せ合って暮らしていた瓦礫の詰み上がった洞穴の近くには湧き水がかろうじて生きており、川から流れてきた魚も時おり地面に跳ね上げられていたので、食いつないでこられたようだった。


 ミジュが空中を滑りながら熱心に眺めていたのは洞穴の近くに、そこだけ咲いた小さな花畑だった。


 孤児たちが育てていたのだろう。よく考えたら、もしドラゴンが観測者たちへ目掛けて攻勢魔法を放っていたら花畑も焼けていた。


 だから怒っていたのか? 観測者の心に疑問がわいた。


「ねぇ、殺してあげるから移動しましょうよぉ」


「近くで見なくていいのか?」


 観測者の言葉を聞いてミジュはわずかに眉根を寄せた。


「見るだけじゃなくて触ってみればいい。花は摘んでも怒られないぞ」


 花を気にかけていたことを知られたことが少し恥ずかしかったのか、ミジュは赤く染めた顔で観測者を睨みつけた。


 しかし、睨みつけたところで観測者の表情は目深にかぶったフードとマスクで読み取れない。


 上背があって男性の体つき、声も男性、それくらいしか判断できないだろう。


 イリスの遺伝子を持つイリスレインは全員美しい女性たちだ。旧世代、つまり男性は全員、イリスの遺伝子を持たない。

 旧世代は排除して新世代のみの社会を作ろうとしているイリス教会は当然ながら女性のみで構成されている。

 教会に所属している狂咲ミジュにとって観測者のような男性は単なる駆逐対象、あるいは会話をするには未知の存在に思えるだろう。


 ようは観測者の表情も読めず、ミジュは観測者の意図がわからなかったらしい。


 困ったように小首をかしげると、それでも視線はやはり気になるのか花畑を見つめている。


「俺が邪魔なら離れているよ」


「別にいいわ。花に触れるだけだもの」


 結局、観測者に招かれるままにミジュはこちらへ飛んできた。


 観測者にしがみつく五名のイリスレインはガタガタ震えて観測者まで地震に遭っているように体が揺れるが、ミジュの行動を興味深く見ていた。


 ミジュは観測者の横に腰を下ろすように空中でしゃがむと、白くて細い指先を花びらに向けた。


 恐る恐る、壊れないように、大切なものを扱うように、指先でちょんちょんと花びらをつつくミジュの表情は無垢だった。


 荒廃した砂漠に咲いた花を愛でる幼女。その姿は観測者の視点では天使に見えていた。


「つるつる、つやつや? どうしてこんなに薄いのかしらぁ、うふふ」


 天使が無垢に笑っている。舌ったらずな言葉が五線譜に乗っかって春を告げる歌声に聴こえた。


 こんな可愛い天使が先ほどまで人体ジュースを作り上げる殺戮を繰り広げたというのか。


「……お仕置きが必要だな」


 間違った方向に育ってしまったのなら正しく良い子に育て上げればよい。


 観測者がぶつぶつ独り言を呟いている背後で月のフクロウのメンバーは必死で活路を見い出していた。


 シャロが観測者の体液から作り出した中和剤を小銃にセットして、一番命中率の高いスズメに銃を渡す。

 姫騎士のサオリが祈りを捧げてスズメの幸運を上げる。パワーファイターアカネはスズメの体を後ろから支えて銃身がブレないように固定した。

 仕上げに聖剣士レイナが辺りの不浄を取り除き、清らかな風をスズメの味方につけた。


「……イケる!」


 パンっ! 小気味いい銃声が響いた。


「ひゃん!」


 ミジュが可愛らしい声を上げて花畑に倒れ込む。


 観測者は慌ててミジュの体を確かめに走った。


「すや~」


 天使の寝顔だった。どうやら中和剤によってリリンの因子が引き起こす興奮作用が鎮静化され深く眠りについたようだ。


「観測者! 今です!」

「逃げるぞ観測者!」

「……急いで、ダッシュ」

「わたくしがアニマちゃんを運びます!」

「子供たちは私が連れて行く」


 五名のイリスレインは撤退を決めたようだった。


「そうだな、ミジュも連れて行こう」


 観測者の言葉を聞いて全員が青ざめた。決死の覚悟を無駄にする気か、と。


 その後、お姫様抱っこでミジュを抱えて連れて帰ろうとする観測者を五名のイリスレインたちが全力で止めて、どうにか施設の輸送機には保護した孤児たちと月のフクロウのメンバーだけを乗せることが出来た。


 観測者は帰りの輸送機の中、メンバーと一言も言葉を交わさなかったが、瞼の奥に天使の寝顔が焼き付いていたのでそこそこ幸せな気分で帰路に着いた。

 

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