第13話 さぁ、お仕置きの時間だ。泡洗体スライム編

「あんた暇なの?」


 狂咲ミジュは自室でさくらんぼのタルトを頬張りながら、チェリージュースをワイングラスに注いでお昼のおやつタイムを楽しんでいた。


「今日も慈善活動で忙しいよ」


 観測者はきょろきょろと部屋を見渡してミジュの生活ぶりを観察していた。


 壁は打ちっぱなしのコンクリート。

 歯ブラシと洗面道具しか置かれていないシンク。


 ステンレスの一人用の冷蔵庫。スチールのベッドには病院のように真っ白いシーツと白いタオルケットしか置かれていない。


 白い一人用の椅子と白い丸いテーブル。ソファーすらない。悲しいくらい観測者の生活ぶりと変わりなかった。生活感がまるでない。ついでに窓もない。まるで観測者の部屋に戻って来たかのような感覚を覚えた。


 チェリージュースを口に運んだミジュは白いナプキンで口許を拭うと吊り目を流しながら笑みを浮かべた。


「じゃあ薄っぺらい善意を振りまいているところに遊びに行こうかしらぁ」


「会いに来てくれるのか」


 ぴきぴきとミジュのこめかみに青筋が浮かぶ。


「喜ぶのをやめなさいよ! あたしは殺戮に行くと言っているのよ!」


「他にどんな遊びが好きなんだ?」


 話をまともに聞いてもらえないのでミジュは若干むくれている。


「そうねぇ、拷問も大好きよぉ。試してみる?」


「いいな。ミジュを拷問する姿は楽しそうだ」


「なんであたしが拷問されるのよ! 気付いていたけどあんた基本的にドSよね!」


「いや、どちらかといえばサイコパスだよ。そうだ、スライムさんとくすぐり地獄で今日はお仕置きしてやろう」


 サイコパスを自覚する男を前にしてミジュは顔をひきつらせた。


「どどどどこにスライムが!? またデリバリー!?」


 じゅる、ッポン! じゅる、ッポンポン! それはシンクの蛇口からとめどなく大量に溢れ出してきた。


「いやあああああああああ! どうして蛇口からスライムが出てくるのよ!!」


「イリスの因子はごく普通な自然の命にも力を与えている。雨水や風や草花も、イリスの遺伝子を持って生まれているんだ。だから、その子たちは綺麗なスライムさんであってグールじゃない」


 綺麗だと言われても、水色のプルプルに腕も足も腰も閉じ込められて拘束されたミジュは不満そうに叫んだ。


「あたし今日はなんにもしていないのにぃいい!!」


「情操教育は良い子の日も行われるんだ。教育は積み重ねだからな」


 観測者の意思に従い、大量のスライムたちはミジュの体をベッドに運んだ。


「な、なになに!? 今度は何するつもり!?」


「そんなに警戒しないで。ミジュの体を隅々まで洗ってあげようと思うんだ」


 スライムの何体かは石鹸を風呂場から持ってきて自身の体を震わせると大量の泡を作り出していく。


「洗うだけだよ。ミジュもピカピカに綺麗になるのは好きだろう?」


「うぅー、そりゃ、嫌いじゃないけど、ホントにホント? 洗うだけなの?」


「ホントだよ。足の指の隙間から爪の間まで隅々を磨いていくだけ。優しくしてやる」


 それならいいかなぁ、と呟きながらミジュの体は先ほどより力が抜けていた。


「それじゃあ始めようか。スライムさん泡泡の体でミジュの細部まで這いずりまわれ」


「え? ひにゃあああああああ! あははははははははぎゃあああははははははははあはっははあはははははははははははああはははははははははははっはひいっひひひぃいい死ぬ!!」


 ぬるぬるで泡泡なスライムはミジュの足の指先の隙間をぬるんぬるんと行ったり来たりを繰り返し、足の裏では体をスピンするように這いずりまわった。


「よしよし、綺麗になっているな」


「いやあああああ!! もうやめて!! くすぐったい! これくすぐったあああはははははははははあきゃはははははははきゃあああああひいぃぃひはははははははひゃははははは!! はひぃはひぃふひひひふへへへへふひょほほほほほあへへへへへへも、もうじぬううう!!」


 笑い地獄を味わっているミジュは腹筋を痛めながら涙をこぼして笑い続ける。


「両方の足の指をまとめてぬるぬるじゅるじゅると綺麗にしてやるか。爪の間もじゅるじゅると、足の裏は角質をちゅっちゅと吸い取って綺麗にしてやるからな」


 スライムたちは観測者の意思に従い米粒ほど細かく分裂して足の裏に張り付いて角質をぷるぷるの口でちゅっちゅと吸い取っていく。


「ひひゃははははははやらやらひゃははははは!! むりむり! あんよこちょばゆいいいい!! きゃはははあっはああははははみゃぎゃあああああああああああ!!!」


 笑いも行き過ぎると叫ばずにはいられないほど腹の痛い苦痛となるようだ。


 しかし、スライムたちは黙々と仕事を遂行する。足の指の間をぬるぬると泡泡の体で行ったり来たりを繰り返し、指の腹も揉み込むように綺麗にしてから、爪の間まで磨き上げた。


「びゃはははははびははははははあばばばばばもうだめだめ! あんにょもうゆるしてえええええええええ!! もうきれいだからあああああ! あああああはははははははあははは!」


 泣き叫ぶミジュの姿をしっかり堪能してから観測者は次のメニューを提示する。


「それじゃ次はミジュの可愛いお手てだな。もちろん指の付け根から爪先までぬるぬると泡泡で包み込むようにじゅるりと綺麗にしてやれ」


「ひぃ! 手、手なんかいつもぎゃはははははあははっははははははてのひらまでこちょこちょしないでえええええええ!! やああああははははははあははああはははははっははは!」


 ミジュは両手を震わせて両足をガクガクと痙攣させて、くすぐりを体中で味わっている。


「もうここまで来ると、どこをいじってもこそばゆいだろう。耳の内側もぬるぬるでこちょこちょしてやろう」


「いやあああああ!! 耳やあああああ! みゃはははははあははははははははそれだめだめらああめえええええええ! いえはははははははあっはあひゃはははははあははははは!!」


 だんだん語彙も崩壊してきたミジュは泣きながら笑い狂う。


 サイコパスな観測者は体中を痙攣させて笑い狂うミジュを心底愛おしく思っていた。


「へその周りも優しくなぞるようにぬるぬる泡泡しような」


「ひにゃああああああ! おへそくすぐっじゃい! いやにゃあははははははははあははははははははははあっはひぎぃい! じぬじぬもう死んじゃうにゃああああははははははは!!」


「膝小僧も膝の裏もぬるぬるじゅるじゅると舐めるように這いずりまわれ」


「みぎゃああああああ! おひざくすぐっちゃい! らめらめもうイク! ひひゃあああああはははははあははにゃははははあはみぎゅああああああああ!!」


 スライムは全身全霊でミジュの体の隅々を泡泡で綺麗に磨いていった。


「最後は脇の下と首筋だな。脇の下では泡が踊るようにぬるぬると動き回り、首筋は筋に沿ってれろれろと舐めるようにやさしいいく撫でてやれ」


「いやいやいやいや! わきはやあだぁ! ひぃん! 首筋らめ! ひああああああああ!!いやらめらめらめ!! あはははははははあはにゅぎゃあああああああああはははははははははははははははじぬじぬじぬみゃははははははあいひひひひひうへへへへへへえもう無理もう無理止めて止まっていやあああああイクイクイク! おしっこ出ちゃううぅうう!!」


 ぷしゃあああと、綺麗な放物線を描いてミジュが恒例のお漏らしを果たしたところでお仕置きは終了となった。


「あへ、あへ、あへ、あへ、あへああああ……」


 放心状態であへあへいっているミジュはスライムさんにより体を綺麗に拭いてもらって体も風によって乾かしてもらっている。


 濡れたTバックでさえも新品のように綺麗になり、部屋は石鹸の香りでいっぱいだった。


 やがて正気に戻ったミジュは猫のようにベッドの上で丸くなって警戒しながら観測者を睨みつけた。


「……絶対殺すわ」


「たっくさん笑えてよかったな」


「全っ然うれしくないわよ!」


「そうだよな。人は嬉しいときに笑うものだ」


 観測者は警戒しているミジュの顎を猫のように怯えないように下から優しくさすった。


 ミジュはぼんやりとした顔で観測者の顔を見上げていた。


 そこには笑顔もないし、顔という表情が無い。マスクとフードで隠された観測者の気配のようなものしか感じ取れなかっただろう。


 それでもミジュは観測者の笑顔を探すようにじっと彼の顔を見つめていた。


「ミジュには楽しかったり、嬉しかったり、幸せだったり、愛おしいときに笑ってほしい」


「……それが今日のお仕置きなの?」


「そうだよ」


 いつものように、観測者はミジュの頭を撫でる。透けてしまう半透明な手で優しく何度も撫でた。


 ミジュは自分でもぼんやりしているとわかるくらい空っぽな声を上げた。


「教会のみんなはあたしのことすごいって褒めてくれるのよ」


「ミジュは教会の連中に褒められて嬉しいか?」


 ミジュは答えを返せないようだった。瞳を揺らしてじっと観測者の顔を見つめている。


 記憶に残るくらい、ミジュは見つめていた。


「俺がいっぱい褒めてやる。ミジュのこと愛し抜く。本当の愛だ。優しい気持ちってわかるか?」


「……わからない。どんな気持ち?」


 観測者は子守唄を聞かせるように優しいテノールの声で囁いた。


「顔を見ただけで胸がキュッと締め付けられる。声を聞いただけで泣きそうになる。ミジュが元気に生きているだけで幸せになれるような気持ち」


 とくんとくんと観測者の鼓動は脈打っている。ミジュを見ているだけで鼓動が高鳴る。


「卑怯よ。あんた顔隠しているじゃない」


「ミジュが見たいっていうなら見せるよ」


「……秘密じゃないなら暴いてもつまらない」


 誰でも知っている秘密なんていらないとミジュは呟くが、施設の上層部くらいしか観測者の顔を見た者はいない。


「俺の秘密を知りたいのか?」


「誰にも教えていないあたししか知らない秘密よ」


 いいよ、教えてあげる。そういって観測者はこっそりとミジュに秘密を教えた。


「俺の体液を取り込むと幸せになれるんだ。イリスレインはみんなそうだよ」


「嘘じゃない?」


「本当。だけど秘密にしてほしい。バラされたら襲われそうだから」


「女好きのくせに」


「愛したのはミジュが初めてだ」


 しばらくミジュは目をぱちくりさせていたが、やがて観測者の手のひらに向かって子猫のようにすり寄った。


「……優しくされたのはあなたがはじめてかもしれない。誰もあたしを愛していないから」


 観測者はいつものようにミジュへ愛を告げていく。


 また来るよ、明日も来る、本音を言えばミジュと愛し合いたい。そう言い残してミジュの前から消えた。


一人残された部屋でミジュは呟く。


「思い出したくても、あんたの名前すらわからないじゃない……」


 ミジュはシーツをぎゅっと掴み、観測者の残滓を探すうちに涙がこぼれていた。




☆☆☆

二章終了です。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

次回、三章から後半になります。引き続きお楽しみください!

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