3章
第14話 ミジュが心から望み、謝りたかったこと
あたしどうかしてる。空中でステップを刻むように飛び回りながら自分がしようとしていることに戸惑っていた。
ここを過ぎたら、施設の防御区域に入る。
大きな川の向こうには攻勢シェルターと防御魔方陣を張った無人の地帯があった。
地図上で言えばここが境界線。一応、暗黙の了解という形で施設の領域とされている場所だ。
だけど、ここを抜ければあいつがいる。観測者がいる。
どこにでも現れる観測者に距離なんか関係ない。
けれど、生身では触れ合えないじゃない。
いつも精神体で、ぼんやりと幽霊のようにそばにいて、触れられない手を伸ばす。
別にいいのよ、それでいいのよ、会いたいなんて思ってない。触ってほしいなんて思ってない。全然思っていない。
ああ、だけど、なんでなの。体は勝手に空間を飛び越えた。時空の裂け目を軽やかに飛び越えていく。
気が付けばあいつのいる施設のすぐ近くの小高い丘の上で施設を眺めている。
早く出てくればいいのに、そんなこと思っている。
「ミジュ、会いに来てくれたのか」
嬉しそうに言わないで。あたしが嬉しいタイミングで会いに来るのもやめてよ。
「勘違いしないでよぉ、あんたみたいなダサいやつにわざわざ会いに来るわけないじゃなぁい、あたしが会いたくなるほどあんたをぐっちゃぐちゃに改造してあげよっか、キャハハハ!」
まともに顔を見れずに施設の方を眺めながらそうやって笑うと、観測者は気にも留めていない感じであたしの隣に腰を下ろした。
「いい眺めだよな。ここから見える景色はイリスレインと旧世代が手を取り合って守った場所だから」
同じ景色を同じ感情で見たことなんてきっと一度もない。
教会の大聖堂を見たって何も思わない。何百人もいるシスタータイプのイリスレインたちが、一様に頭を垂れてあたしを讃えても何も感じない。
施設を見たって結局、観測者と同じ感情なんか湧かない。
あたしが施設を見て思ったのは観測者がここにいるのねってそれだけのことで、あたしが近くにいるのよ、早く会いに来なさいよってそれだけのことで、あたしこいつのことしか考えていないじゃない!
「ふん、そんなの国連の保護区域だって同じことじゃない」
「国連の保護区域で本当に守られている人々は特権階級の一部の人間だけだよ。兵士たちの給料はうちより十倍もいいらしい」
「キャハハハ! あんたも転職しなさいよぉ」
なんのために働いて、なんのために戦うの。守りたいものがあるの。約束があるの。その約束は守りたいほど大事なものなのかって全部全部、何を聞かれてもあたしだってもう今は確かな答えを持ち合わせていない。
答え合わせが出来ないから、聞きたくても観測者に何一つ問いかけられない。
「人の笑っている姿を見るのが好きなんだ」
聞かなくても、少しずつ、あたしたちも近付いてきたのかな。
あたしは観測者に打ち明けたい話があって、観測者はあたしに聞かせたい話があった。
「あたしの笑い方に一目惚れしたんだっけぇ?」
「ミジュの笑い方に目が釘付けになって、お花を見つめる無垢な瞳に一目惚れしたんだ」
そこって訂正するほど大事なことなのぉ? と聞いたら重要だと言われてしまう。
「ミジュは凄く悲しそうに笑う。俺はそんな風に笑ってほしくないよ。辛いなら泣いてほしい。そして元気になったら、幸せに笑ってほしいんだ」
あたしは俯いて黙ってしまう。この人に打ち明けてもいいのかな。臆病な心が自問自答を繰り返していた。
「……あたし、あんたに会いに来たんじゃないのよぉ」
「それじゃ、偶然に感謝しなくちゃな。俺はミジュに会いたかった」
こいつだって心が読めるわけじゃないのよねぇ。当たり前だけど安心した。
何もかもお見通しだなんて怖すぎる。こっちは秘密にしておきたいこともあるのよ。
「……あたしにだって、会いたいと願う大切な心があるの、ただ遠すぎて、どこに行けばいいのか、悩んでいたら、ここが一番近くに感じたってだけよぉ、あっはは」
観測者はあたしの頭を透明な手で撫でようとして途中でやめた。
半透明な体であたしの顔を包むように抱きしめて聞いて来た。
「……ミジュの大切な人だった?」
「あたしの心臓だった」
あたしの代わりにちゃんと生きて歩いていくちゃんとした心臓だった。
「ミジュはどうしたい……?」
鎖よりも重く沈みそうなテノールの声で心配するのやめてよ。言葉以上に心が重たく、あたしをとても重たく心に沈みこませて、こいつの中で軽く扱えない大切な存在のような気がしてくる。
あたしは羽根よりも軽い言葉で返す。
「謝りたいのよ。あたしのたった一つ、自分で認めた罪なのぉ。あんた謝らせるの得意じゃない、あたしに噛みついて、爪を突き立てて、痛みを与えてごめんなさいと泣かせなさいよぉ」
膝を抱えるあたしを透明な体で覆っていた観測者は、少し待っていろと言い残して煙のように消えた。
弱みを見せて、傷をつけられたいなんて、あたしって自虐が過ぎる。
馬鹿みたい。すぐに脳みそがぐちゃぐちゃになる弱者みたい。あたし最強なのに。
あいつも馬鹿みたいに急いで戻って来た。生身の体で、あたしに殺されちゃうかもしれないのに。
「ミジュ、ほら、大人しくして」
「ひゃう! なによぉこれぇ!?」
後ろから抱きしめられたかと思ったら布を目に当てられて目隠しをされた。
「謝りたい相手はミジュの心にいるんだろ。それならまぶたの奥に向かってごめんなさいしないとな」
「むぅ……」
いきなり目隠しなんて失礼よ、と怒りたいけど観測者の言うこともわかるから黙った。
でも、何も見えないとちょっとドキドキする。背中に当たる観測者の体温が、いつも感じないからか、やたらと暖かく感じるし、耳朶に触れる吐息まで妙に感じちゃうじゃない。
「は、早くあたしにお仕置きしなさいよ! 痛くしてよ!」
「そんな風におねだりされちゃうと下半身に来るなぁ」
「バカ! 変態! 気持ちよくしたら殺すわ!」
わかったわかったと、観測者はくすくすと笑うとあたしをひっくり返して押し倒した。
あら? この体勢ってなかなかヤバいんじゃないの? 早まったかしら……とか考えていたらいきなり首筋に痛みが走った。
「んああああ!!」
「れろ、ん、はぁ、お望み通り、牙を立てて噛んでやったぞ」
本当に容赦なく噛まれて涙が出てきた。肩の付け根が抉られたんじゃないかと思うほど、強く噛まれて、噛んだ後に優しく舐められても、血の匂いが安心させてくれる。
「そ、それでいいのよぉ、でもまだまだ、足りないわぁ」
ハナの痛みには全然足りない。こんなんじゃまだ謝れない。
「それじゃ、ぢゅううううう、たっぷりと吸い付いて、はぐっ、噛みついて、お仕置きしてやるか」
「んんっ、ひぃっ、んあああ! つ、つよおぃい、ひっぐ」
観測者は首筋から鎖骨まで色々なところに強く吸い付いたり、噛んだり舐めたりを繰り返した。
「泣きが足りないようだな。少し恥ずかしがらせてやるか」
「え、やら!? いやああああああああああああ!!」
いきなり両足を持ち上げられて、パンツが、アソコが丸見えの格好にさせられた。
「バカバカバカ! 変態! こんな格好でどこを噛むってひゃあああううううん!!」
「ぢうううううううう! じゅるり、真っ赤な花が咲いたなミジュ」
「びえええええん! しょこはらああめええええ!!!」
あろうことかパンツの隙間、足の付け根の境に観測者は吸い付いて舐め回す。
「やらやら! ひぅうううん! ちゅっちゅだめぇ! 吸い付くのらめなのおおお! やああああん! 舐めちゃやああらあああああ!!」
ビクビクと足が痙攣しちゃう。吸い付かれる度に、舐められるたびにお腹がキュンキュン締め付けられる。
「痛いのがご所望だもんな。ほら、ばく!」
「やあああああああああん! 太ももの内側はだああめええええ!! ひゃあああああああん!!! あっあっ舐めちゃダメ舐めちゃやあらああああ!!」
痛く噛んでとはいったけど、一番柔らかい太ももの内側を噛むなんてひどい!
「それじゃあ、ミジュもそろそろ反省したいだろうし、ひっくり返ろうか」
「え、やあああああああん!!」
両足を掴まれたままひっくり返されて、お尻を持ち上げられる。
これじゃお尻が丸見えだし、よく考えたらお尻のほっぺだって柔らかい。
「よしよし、んじゃ噛み跡とキスマークの乱舞だ。途中で舐めてやるからな」
「ひうん! やぁ! お尻噛んじゃやあ! ひぐ! ああん! そ、そこらめ! 近くはらめ! ひああああああん! うしょつき! 気持ちよくしないっていったのに!! やああああん!!」
はむはむとお尻は噛まれるし、際どい部分に吸い付いてきてビクビク体が痙攣しちゃうし、ちゅうちゅう吸い付いた後にそんなにぺろぺろ舐められたら気持ちよくなっちゃう!
「さぁて、最後の仕上げだ。ここでごめんなさいが言えないと、ミジュは一生赤ちゃんにおっぱいをあげられなくなっちゃうな」
くるんとまたひっくり返される。ぺろんと耳を舐められて、何も見えないあたしは「ひうん!」って情けない声を上げるだけ。
そして耳のすぐそばで囁かれた。
「可愛い絆創膏を押し潰すようにぐっちゃぐちゃに舐め回してやる。ただし、今回はお仕置きだ。気持ちよくなっちゃう変態にはごめんなさいを言う資格もない。だから」
おっぱいを絆創膏がぐっちゃぐちゃになるまで舐めるって言っているのに、気持ち良くなったら変態だなんてあまりにもひどい!
「だ、だから、なによぉ?」
「乳首をぷっくりと勃起させたら嚙み切る」
「絶対いやああああああああああああ!!! やめてやめて! おっぱいだめ! 絆創膏舐めちゃだめえええええええ!!」
結構強い力で抵抗しているのに押さえつけられている両腕がピクリとも動かない。
そういえばイリスの因子もリリンの因子も操れるってことは、あたしは観測者にとって操り人形と同じじゃない!
よく考えなくてもこいつが最強だった。もしかして絶体絶命!? 乳首のピンチ!?
逃れられないと意識したら、急に視界が真っ暗なのも怖くなってきた。太ももを思わずこすり合わせる。だってさっきから執拗に絆創膏を舐めたり吸ったり円を描くように舌で刺激してくるから、お漏らしが出ちゃいそう!
「やらやらやら! じぇったいぷっくりしちゃうもん! もうやらこわい! おちっこ漏れちゃう! ひぐうううううううう! 吸っちゃらあめえええええええ!」
「勃起したな。変態乳首め」
「みぎゃああああああああああああ!! ごめんなしゃああああいいい!!! ごめんなしゃい!! ごめんなしゃい! 許してくだしゃい! ちぎっちゃいやにゃあああああ!!」
「もう片方も勃起乳首か? コリコリして確かめてやる」
「やらやらやらやら! ごめんなじゃい! ごめんなじゃい! どっちも変態乳首でごめんなじゃい! びやあああああああああん!! 許してハナああああああああああ!! 乳首ちぎれるうううううううう!!! ああああああああああああん!!」
実際はそんなに強く噛まれていなかったのかもしれないが、あたしは恐怖で盛大に漏らした。
「ひっぐ、ひっぐ、うぐ、うえええええええええええん!」
目隠しを取ってもらって、近くの湖に連れてきてもらい、観測者の手であたしの体は綺麗に磨かれた。
それでも涙が止まらなかった。口から零れたハナへの謝罪。ごめんなさいを言えたら、申し訳なさがあふれて止まらなくなる。
そんなあたしを観測者は、大丈夫だよって優しく言いながらバスタオルで包んで抱きしめてくれた。
「大丈夫だ。ミジュは良い子にごめんなさいと言えただろ。もう誰も怒っていないよ」
だけど、ハナは返らない。失った命は取り戻せない。
「おこ、ひっぐ、怒られてもいいっ、もう一度、もういっかいっ抱き締めてあげたかっただけの、う、うあああああああああああああああああああん!」
ふわふわのハナを抱きしめられない代わりに、ふわふわに包まれたあたしが抱きしめられている。
「ミジュ、失っても、家族は再生するエネルギーを生み出すんだ」
「ひっぐ、家族……?」
「ミジュと家族になりたいよ。結婚したい。子供も欲しい。ミジュの幸せな笑顔が見たいなぁ」
本気なの? 変な笑い方に一目惚れしたくらいで、あたしと家族になってくれるの?
怖くなった。さっきよりずっと怖い。今度は観測者を失ったら、あたしには何が残るのだろうか。
観測者が居無くなったら謝る機会も永遠に失ってしまう。
家族は永遠に手に入らない。観測者の気持ちに応えたら、あたしに残った柔らかい心も全部氷みたいにカチカチに硬くなって凍えるほど孤独になると知ってしまった。
「あんたとは仲良くしないもん!!」
あたしは観測者を振り払って慌てて手の届かないところまで逃げた。
これ以上、こいつの心に触れちゃいけない。
好きになっちゃダメだ。
あたしは好きになった人を殺してしまう。観測者がいくら最強でもきっとそうなの。
あたしはあたしのことなんて信じられないから、観測者にこれ以上関わるのをやめようと思った。
知れば知るほどこいつを好きになりそうで怖い。
教会の自室に戻っても布団をかぶってガタガタと震えていた。
だけど、そこに、ノックの音が響く。
誰だろうと思ってドアを開けてみたら、シスタータイプのイリスレインたちだった。
嬉しそうな顔で準備が順調に進んでいると話す。
教会が今まであたしも告げていなかった作戦内容が明らかになる。
そしたら体の力が抜けた。気を張っていたのが馬鹿みたいだった。
あたしは終わるんだ。もう悲しいこともないし、泣く必要もない。
お仕置きだって必要ない。だからもう、観測者を警戒しなくても大丈夫。
観測者の望む未来は絶対に来ないのだと知ってしまったから──
☆☆☆
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