4章

第23話 イリス協会の企み

 翌朝、目を覚ますと腕の中にミジュの姿はなかった。


 起き上がって部屋の中を確かめるが、観測者以外にこの部屋にいる者はいない。


 ミジュの高めの体温だけが思い出された。まるで一晩抱きしめたら溶けて消えてしまった雪うさぎのようだと観測者は思う。


 一晩だけ、朝には溶けてしまっても構わないから抱きしめて。そんな決死の覚悟で飛び込むくらいなら、いっそ素直になればいいのに、と思うけどうじうじしているところも愛らしい。


 ミジュに脱がされたフードを目深にかぶり、マスクを装着する観測者も素直とはいいがたいものだが。


 結局、似たもの同士の二人は時間差で宿屋の部屋から出ていった。


 途中、歓楽街で観測者は買い物をした。昨日はせっかくデートの約束だったのに、満身創痍の観測者は添い寝だけで一日を潰してしまった。

 ちなみに体の怪我は一晩寝ればイリスエーテルが活性化され自動治癒を施してすっかり回復している。


 ともかく膝枕のお礼と一日を潰したお詫びをしたくて選んだプレゼントは鈴付きの赤い首輪だった。本気で似合うし可愛いと思っている。


 買い物も終わり歓楽街には別れを告げて、施設に向けて観測者は飛び立った。


 施設に戻るとエレベーターに乗り込み、最深部のホールへと向かう。


 先日保護したイリスレインからもたらされたはずの情報を聞くためだ。


 エレベーターを降りてホールに到着すると、相変わらずイノリが目の下にクマを作ってカフェインを摂取している。


「やぁ、観測者。昨夜は骨が折れるほど腰を振ってきたかい」

「折れていたのは腕だ。情報は?」


 冗談に付き合わない観測者に口をとがらせて、つまらなああいと抗議をするイノリは円卓の上から青いファイルを持ち上げて観測者に渡した。


 一定の速度でファイルをパラパラとめくって内容を確認していく。


 読み終わるとイノリにファイルを返す。本日は指導者の任務から外してくれと頼みながら。


「また個人的な用事かい?」


「重要な用事だ」


「まぁいいよ、月のフクロウのメンバーも今回は頑張ったからね。少しはお休みが必要だろう」


「では俺は急ぐのでこれで失礼する」


 珍しく慌てた様子の観測者をイノリは面白そうに眺めて見送った。


 観測者は自室に戻ると目を閉じる。今朝別れたばかりの天使に会うために。






「あんたまた来たのぉ? 施設って暇なのねぇ、給料低そう、可哀そう、キャハハハハハ!」


 自室でのんびりとチェリージュースを飲んでいたミジュも忙しそうではない。


「教会の狙いがわかったよ。確かに第四世代を作り出そうとしているようだ」


 くふふと含み笑いを浮かべるミジュは両手の甲に小さな顎を乗せて楽しそうだ。


「そう、あいつ喋ったのねぇ。イリスの降臨。教会の目的は神をこの世に顕現させることよぉ」


 馬鹿げていると、観測者は苦い思いを吐き出した。


「リリンのマナを使って依り代となる人工生命体を作り出す。教会はそんな風にイリスレインたちに計画内容を伝えているようだけど、成功例はない。第二世代を作ろうとして国連も教会もイリスの因子やリリンのマナを旧世代やどうぶつに撃ち込んだ。結果はグールが生まれただけだ。ゼロから試験管ベイビーに試したところで結果は変わらないさ」


 よく知っている現状を聞いてもミジュの楽しそうな雰囲気は変わらない。


「だから計画は失敗すると言いたいの?」


「いや、成功するだろう。最初からリリンの因子を持つミジュをベースに作れば」


 そこまで見抜かれていたとは思わなかったようだ。素直に驚いた表情を見せたミジュだったが、すぐに顔を歪めて不敵に笑った。


「最高じゃない! あたしが神になる! これ以上ない地獄を見せてあげるわ!」


 悲しみに満ちた笑い方はもう見たくない。観測者はミジュの心に告げる。


「イリスが君の中に降臨したら、もう狂咲ミジュの意識も心も消えてなくなる。ミジュは教会の連中に都合よく人柱として殺されようとしているんだ」


 それすらもミジュは知っていたように鼻で笑った。


「あんたにいいように遊ばれる弱っちい狂咲ミジュなんかいらないわよぉ、そんなやつ死ねばいいじゃないキャハハハハハ! あたしがあんたも楽に殺せる神になってあげるわぁ」


 観測者は初めからミジュに伝える言葉を決めていた。


「助けに行くよ。必ず迎えに行くから」


 ミジュは少しだけ観測者の気迫に押されたが、顔を逸らした。


「必要ないわ。大体あんたたち弱小チームは生身で深部まで来れないでしょ」


 観測者もそのことは頭を悩ませる問題だと理解していた。


「だから、少しだけ協力してほしい。降臨の儀式を行う場所はわかっている。始まりの地だろう。あそこはイリスのエーテルが溢れているから一般人もイリスレインも近寄れない。でも、リリンの因子を持つミジュなら辛いだろうけど少しくらいなら耐えられるはずだ。俺はそこでミジュを救う。だから最後まで諦めるなよ」


 目をぱちくりさせるミジュは観測者に確認した。


「協力ってあんたを信じろってこと?」

「そうだよ」


 じとっとミジュの目は観測者を睨みつけ、やがて苛立ったようにダンと片足で床を踏んだ。


「いい加減うっとぉしいのよ! あたしは誰も何も信じないわ! 消えて!!」


 観測者が提示したミジュにとって意味不明な協力関係は断られる。それでも、


「会いに行く。ミジュのそばに毎日会いに行くよ。必ず助けるから、約束だ」


 いつも通り勝手に約束を取り付けると、観測者は意識を本体に戻した。


 消えていく観測者に向かってミジュはグラスを投げつけた。 


 割れたグラスからチェリージュースが零れ落ちる。床に散らばったガラスの破片は赤い液体に埋もれて窒息するように闇の中にまみれて消えていく。



☆☆☆

4章開始です。

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