第24話 ミジュを助けに行く作戦

 自室で目を覚ました観測者はゆっくりと立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。


 家族を失ってからまともな食事を取った覚えがなかった。いつも水とシリアル。


 ここで頑張らないとまた大切な人を失ってしまう。気合を入れるエネルギーが必要だと感じた。


 ミネラルウォーターでのどを潤すと空のペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。


 エレベーターに乗り込むと、シャロの働く技術開発部を目指した。


 通路を進み、入り口に顔を出すと腰をかがめてビーカーを振るシャロに呼び止められる。


「あら、観測者。今日はなんの用事?」


「格納庫だ。旧世代の技術を保管していただろ」


 珍しい用件だとシャロは笑う。


「戦闘機や武器の類は技術開発部の部長に聞いてね」


「ああ、奥を借りるぞ」


 シャロの横を通り過ぎてエスカレーターに足を乗せると、さらに地下深くまで潜っていく。


 エスカレーターを何度も乗り継いでドームほどの広さの格納庫へやって来た。


 観測者の姿に気が付くとヘルメットをかぶる白髪の老人が駆け寄って来た。


「なんじゃ観測者。お前さんがここに来るのは珍しいのぉ」


「じいさん、ロケットを改良してほしい。行きだけで構わないんだ。帰りは自力で飛んで帰る。ただ、行きだけは他のイリスレインたちに邪魔をされたくない。音速を越えてくれ」


 技術開発部、部長のじいさんは目玉が飛び出るほど驚いていた。


「そりゃおめ、理論上は可能だけどよ、防御魔法と結界魔法を張っても、音速を越えんのはしんどいぞ? どんだけ距離は飛ばすんだ?」


「始まりの地まで」


 驚き過ぎてじいさんは持っていたトンカチで自分の頭を叩いた。だからヘルメットをかぶっているのかもしれない。


「教会の本部を突っ切るつもりかよ!?」


「だから邪魔されたくないと言っているんだ」


 うんうん唸るじいさんは懐から紙の地図を取り出した。


「おめぇよぉ、本部だけじゃねぇぞぉ。うちと教会の間にはでっけぇ魔方陣をこさえた防衛地帯が存在する。上空なんか横切ったら一発でドカンよ」


「魔方陣はどうにかうちの部隊で無効化する。頼むじいさん、あんたは俺の要望通りのロケットを作ってくれるだけでいいんだ」


 ちなみにこのじいさんは旧世代の職人である。昔は宇宙船まで作っていたらしい。


 観測者の真摯な頼みが効いたのか、じいさんは観測者の背中を叩いた。


「仕方ねぇなぁ! おれがおめぇさんを必ず始まりの地まで届けてやる! だが後のことは知らねぇぞ!」


「それでいい。助かるよ」


「んじゃおれは早速忙しいからおめぇはシャロ連れて遊んでやんな!」


 遊ぶ内容は思いつかないが、観測者は頷いた。


 またエスカレーターを何度も乗り継いでシャロのいる技術開発部まで戻った。


「おかえり、早かったのね」


 観測者は少し考えてから口を開いた。


「シャロ、料理は作れるか?」


 ポカンとするシャロは一拍遅れてから返事をした。


「……はぁ?」





 怪訝な表情でシャロは観測者の後ろをついてくる。


 観測者はエレベーターを乗り継ぎ、月のフクロウのメンバーを集めた。


 全員揃ってやって来たのは食堂の調理室である。


「アニマの~ハラハラクッキング☆」


「そこはドキドキさせろよ!」


「……合ってるじゃん。アニマが包丁持つの? ハラハラ……」


「スズメの顔色が悪いぞ」


「暗殺者なのにスプラッター苦手ですからね」


「サオリ、スズメは盗賊だ。暗殺者ではないわよ」


 個性豊かなメンバーはそれぞれエプロンを羽織って準備万端である。


 観測者はいつものように壁際に立って指示を出す。


「俺が調理担当を決める。包丁を持つのはレイナとスズメだ。刃物の扱いに慣れているからな」


 スズメは明らかにほっとして胸を撫で下ろした。


「……よかった。あたしならヘタなことしないし」


「うむ、わたしもスズメなら安心して任せられる」


 続いて担当する役割が発表されていく。


「味付け担当はシャロだ。調合が得意だからな」


「ま、妥当だろうね」


 シャロは仕方ないという感じでメガネを上げる。


「火加減担当はアカネだ。火加減は大事だぞ」


「おっしゃああああ!! 得意分野だぜええ!」


 アカネの担当が発表されたことでアニマが不満そうに声を上げた。


「観測者さん! アニマは皮むき担当なんて地味な仕事は嫌です!」


「……でたよ、大して仕事も出来ないくせに仕事を選り好みするやつ」


「むぅ! アニマは通常の仕事でも大活躍ですもん!!」


「まぁまぁ、聞いてみるまでは担当もわからないですから、とりあえず落ち着きましょう」


 サオリが窘めたが、観測者はアニマを皮むき担当にするつもりはなかった。


「アニマはレシピの作成だ。俺の記憶を頼りにどんな料理か想像してレシピを作り上げる」


「えええええええ! ちょ、待ってよ! レシピをアニマが作んの!?」


 スズメは盛大に驚いていた。その声には失望と悲しみが混ざっていた。

 簡単に言えば、この料理は失敗すると確信したようだ。


「一番大事な行程なんだが、私が担当した方が良くないか?」


「そんなことありません! 観測者さんありがとうございます! アニマにふさわしい仕事です!」


 スズメはまた不安そうに顔色を悪くした。


「サオリは祈れ。アニマの幸運をガンガン上げろ。子供の想像力が奇跡的に過去の味を再現できるように」


「は、はい! 全力で祈ります!」


「ではアニマはこちらに来るように」


 ちょこちょこと歩いて観測者の前に立ったアニマは、しゃがみこむ観測者から耳元でこそこそと料理について学んだ。


 アニマの頭の上で裸電球が光った気がする。インスピレーションはアニマが用意した画用紙にクレヨンで描かれていく。後ろではサオリが必死に祈りを捧げていた。


「出来ましたあ! こちらがグラタンのレシピです!」


「グラタンというのか」


「……材料本当に合っている? なんでイカと牛肉なのよ」


「ほう、ソースは二種類あるのか」


「問題はケチャップ、オイスターソース、小麦粉、牛乳、にんにく、たまねぎ、赤ワイン、これを二つのソースのどれとどれに分配するかだよな」


「まぁ、調合は任せろ」


 こうして月のフクロウによるココットばあさんのグラタン作りが始まった。


 レシピを描き終えたアニマは、出来上がるまでそのままお絵描きをしていた。


 サオリは今度はシャロのところで祈りを捧げている。


 レイナとスズメは手際よく材料をカットしていく。アニマが食べやすいようにとすべて一口サイズにしているところが功を奏していた。


 焼きと煮込みはアカネの担当だ。火の扱いに長けたアカネはビーフのフランベまで披露して耐熱皿に具材を乗せていった。


 やがてソースが二層にかけられてチーズを振りかけるとオーブンに入れられる。


 みんなわくわくした表情で焼き上がりを楽しみにしていた。


 その姿を後ろから眺める観測者はココットばあさんの幸せの魔法がみんなにも伝わっていくように感じていた。


「できたあああ!」

「グラタンの完成です!」

「アニマもうお腹空いたああああ!」

「うおおおおお! 食うぞ!!」

「味は問題ないはず」

「早速いただきましょう! 観測者さんも!」

「ああ、いただくか」


 七皿のグラタンがテーブルの上に並べられる。


 熱々の湯気がチーズの上から立ち昇る。スプーンを差し込めばチーズがとろりと、とろけてさらに熱さが増し、赤ワインの利いたミートソースとホワイトソースが甘辛い匂いを放つ。


 一番最初にグラタンを口に入れたのは観測者だった。


 一口食べて、味を確かめると、皿を抱えてがつがつと口の中へ流し込むように食べていった。

 みんな熱そうだとスプーンに乗せた具材に息を吹きかけていたところだったので、観測者の食べっぷりにあっけに取られていた。


「おめぇ、よく食うなぁ」

「……熱くないの?」

「火傷していないか?」

「アニマが治してあげようか?」

「こんなに食べている観測者さん、初めて拝見しました」

「そんなに、美味いのか?」


 ことり、空っぽのグラタン皿を置いた観測者は前髪の奥でまぶたを濡らした。


「……世界一、美味いなぁ」


 それを聞いてみんなも食べ始める。


「あ、美味しい!」

「うめぇなこれ!」

「美味しいです! アニマの大好きな味です!」

「わたくしも大好きなお味ですよ」

「……うん、これ美味しい」

「ふむ、悪くない。すべて頂くか」


 みんな満足そうにグラタンを食べていた。そんな月のフクロウメンバーそれぞれに金色のシャワーが降り注いだ。


「お?」

「これは」

「レベルアップですわね」

「……料理でもレベルって上がるんだ」

「アニマ頑張ったもん!」

「私のファインプレーだ」


 観測者も感謝をしていた。一人では料理の経験もなく、再現など不可能だった。


 だけど、月のフクロウのメンバー、六人が揃えば思い出の味にも会える。


 あとでシャロに正確なレシピを書いてもらおうと思った。


 今度は一人で作れる。グラタンを作って、ミジュに食べてもらいたい。


「しかし、観測者よ。なぜわたしたちにグラタンを食べさせたんだ?」


 レイナの疑問に観測者は気を引き締めて答えた。


「これより、かつてない大規模戦闘を行う。敵はイリスレイン数十体。従えているグールは数百体に上るだろう。だが、俺たちは教会の防御地域を覆った攻勢魔方陣を破壊する必要がある」


 あまりの敵の規模にみんな言葉を失った。


「主力部隊を呼び寄せている時間がない。初級に上がったばかりだが、月のフクロウしか動ける部隊がいない。しかし、これは俺の個人的な戦いなんだ。断ってくれても構わない」


 観測者がみんなにグラタンを食べてもらいたかったのは、最後にみんなに残せるものがこれしかなかったからである。


 観測者は返事を待たずに調理室から出ていった。


 元より単独で向かうつもりだった。


 けれど、自分の部隊に何も告げないのは指導者としてやってはならない行為に思えた。


 月のフクロウのメンバーは観測者にとって共に戦ってきた仲間だ。


 戦いに赴くときも、別れの時も、自分の気持ちに素直に接していたい。


 エレベーターに乗り込むと外界に出る。空を見上げて、観測者は思う。


 あの空を一直線に駆け抜ける。ミジュを救い出すために。それしか方法はない。


 飛び立とうとした。そのとき、後ろから声をかけられた。


「待ってください。目的はなんですか?」


 レイナの質問に観測者は真っ直ぐに答える。


「イリスレインの救出と保護だ」


 それを聞いたレイナもレイナと並び立つ月のフクロウのメンバーはみんな笑った。


「だったらわたしたちの仕事だな」

「あたいらを置いていくなよ」

「わたくしはあなたとどこまでも一緒に行きます」

「もちろん、アニマも一緒だよお」

「……仲間だろ」

「っくっく、いいねぇ、一気に主力部隊に上がるのも気分がいい」


 観測者はそれ以上、気持ちの確認はしなかった。


 イリスレインを、仲間を救いたい。みんなの気持ちを信じている。


「行くぞ」

「「「はい!」」」


 月のフクロウは教会との最前線へ飛び立った。



☆☆☆

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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最後まで観測者と一緒に駆け抜けますので引き続き応援よろしくお願いします!


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