第30話 苦い戦い
目的地にたどり着くと、さすがに月のフクロウのメンバーは全員気を引き締めて現場へ向かった。
児童公園で火を噴き上げながら大暴れしている体長五メートルほどの化け物は元が単なるうさぎだというから恐ろしい。
リリンのマナ、紫色のエネルギーを内包した球体は自然界にも普通に落ちていたり、畑で取れたり、木に成っていたりするものだが、ただ口にしただけでここまで肉体が変貌する例は聞いたことがない。
観測者が首をひねりながら対象のうさぎ、現在は名状しがたいグールを観察していると、レイナが各メンバーに指示を飛ばした。
「スズメは中和剤を撃ち込め。サオリはスズメの命中力を上げろ。アカネとわたしは陽動だ。正面から斬り込む。シャロはわたしたちに防御魔法を、アニマは後方で回復の待機だ」
「「「了解」」」
単なる野生のリリンのマナを口にしたくらいであれば、シャロが開発している中和剤で元に戻る可能性は高い。
ただ、今までは野生のリリンのマナを口にして凶暴化したケースはいくつも見てきたが、グールにまで変貌したケースは観測者にとっても初めての経験だった。
「アカネ行くぞ」
「おうよ!」
聖剣を携えたレイナと拳に炎を宿したアカネが一斉に草むらから飛び出した。
「グオオオオオオ!!」
うさぎのグールはレイナたちに気づき咆哮を上げる。レイナたちはひるむことなく真正面から斬りかかった。
レイナの一刀はグールの強靭な前足で弾き返される。しかし、同時に放っていたアカネの炎はグールの腹へ拳の武力と共にめり込んでいた。
「よろけました! スズメさん今です!」
サオリの合図でスズメは銃口の照準を定めた。
「大人しくしときなよ!」
パンっと引き金が引かれ、中和剤入りの銃弾が飛び出す。
銃弾の先に装着された針はグールの首元にしっかりと撃ち込まれた。
しかし、
「グオオオオオオ!!」
グールの勢いは止まらない。どう見ても、中和剤が効いているようには見えない。
「レイナ戻れ!」
観測者の呼び声でレイナはその場から離れると戻って来た。アカネがその間グールの足止めをしている。
「観測者、一体どうすれば……?」
「やむを得ない。対象を危険因子グールに指定する。目標の排除を」
しかし、そこまで言いかけて別の幼い声が観測者の言葉を遮った。
「殺さないで!! あの子はわたしの大事なお友達なの!!」
草むらに飛び込んできたのはアニマと同じ十歳児程度の幼い少女だった。
「噴水でお水を飲んでいただけなの! 誰も傷つけてない! あの子はわたしと遊んでいただけなのよ!!」
少女は必死に訴えているが、涙目の少女の肩を掴む大人が現れた。
「すみません! 危険だから邪魔しちゃダメだと言ったでしょ!!」
「ママ! あの子を殺さないでって言って! お水で遊びたいだけなのよ!!」
きっと、本来のうさぎの姿であれば少女の言う通りなんだろう。
火が口から噴き上がるほど熱い。ひやりとした水で遊びたい。少女と遊んでいたい。
「レイナ、もう一度、陽動頼める? 中和剤の新薬があるの。試してみる価値はあるわ」
シャロがダーツのような注射器を抱えて腰を浮かせた。
「直に撃ち込む気か? 危険すぎる。やるならやるで俊敏性の高いスズメに任せろ」
観測者が進言したが、シャロは首を振った。
「確実に脳幹へ打ち込む必要がある。私なら自分に最大級の防御魔法と結界を張れるから平気よ。レイナ、行って」
シャロの顔と観測者の顔を交互に眺めたレイナは聖剣を掲げると、威勢のいい掛け声と共に草むらから飛び出した。
グールの視線がレイナを捉える。前足でアカネを振り払い、口から炎を噴き上げた。
その隙にシャロが飛び出す。大きく回りながらグールの背後を目指すようだ。
「サオリ、矢を構えていろ」
「え、でも、」
「構わん。シャロが失敗したら即座に放て」
地団太を踏むアニマは納得できないようだ。
「観測者さんは意地悪です! シャロさんは成功しますよ!」
「グールを元に戻した前例がない。今奇跡を想定するより、最悪の事態で被害を被る民間人の命を守る手段を想定しろ」
「むむむむむぅ!」
サオリは言われた通りに聖なる矢を構えてグールの真正面に立つ。
アカネは炎舞魔法でグールの魔法を相殺しようと試みていた。
レイナは炎を切り裂きながらグールの注意を引き付けている。
すべての行動がシャロに道を開き、シャロの手に握られた注射器はグールの頭部に突き刺された。
だが、
「きゃあああっ!」
グールの背面に尻尾があり、強靭な鞭のような尻尾でシャロは地面に叩きつけられる。
すでにシャロの位置はグールに見つかっている。尻尾の追撃は容赦なくシャロのみぞおちへ突き刺すように放たれた。
刹那、一筋の光が児童公園の空間を割った。やわらかな草をなぎ倒し、風の中心を一直線に飛ぶ聖なる矢はグールの喉元を射抜いた。
「グ、ガガ……」
サオリの一撃で絶命したグールは肉体を保つ力も無くなり、泡のようにしゅわしゅわと消えていく。
「アニマ、シャロの回復だ。走れ」
「はああああい!!!」
バタバタと走っていくアニマを見送って、観測者は息を吐いた。
何を焦っているんだと、心の中でシャロに問いかける。
草むらの向こうで少女が泣いている。
大切な命を失った悲しみが大きな涙と慟哭に変わろうとも、もう戦いは終わったのだ。
「ごめん……」
シャロの小さな声が謝罪が悔しさが、少しでも少女に届けばいいと祈りながら、観測者は任務の終了を告げた。
☆☆☆
月のフクロウはときには苦い思いで戦いの幕引きに立ち会います。
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