一章
第29話 月のフクロウ、緊急出動
大ホールと見まがうような議会室にて、半円の円卓に座る議長の神崎イノリは観測者に目を向けた。
観測者は相も変わらず重たそうなコートを羽織り、フードはすっぽりと目元まで覆い尽くしている。
黒と灰色のマスクまで着用して容姿というか表情の一切を見せない観測者はスクリーンに映し出された上空から撮影されている惨状に目を向けていた。
「アルファ地区の児童公園から緊急要請だよ。飼いうさぎが誤ってリリンのマナを呑み込んで凶暴化。住民の避難も遅れている。相変わらずうちの施設はこの緊急事態に動かせる部隊が君のところの月のフクロウしかいなくてね」
観測者はイノリの言葉を最後まで聞かずに背を向けて歩き出していた。
「了解した。対象を鎮静化、あるいは排除でもって任務を完遂させる」
自動ドアが開いて観測者の姿は廊下の奥へと消えていく。
ベージュのストッキングで引き締まった足を組み、イノリは藍色のロングヘアーをかきあげた。
「ちょっとはお姉さんと会話を楽しむ余裕くらい持ちなさいよ、まったく【冷淡なドゼ】め」
イノリの口許のほくろも普段は色気を醸し出すが、今は寂しさを強調するかのようにとがった唇の横で形をゆがませていた。
颯爽とエレベーターに向かった観測者は近くにいる順で月のフクロウのメンバーを集めていく。
本日は待機と自主トレを命じていたので、メンバーはそこそこ散らばっていた。
とはいえ、メンバーの待機場所は毎回ほとんど変わらない。議会室から一番近いのは同じ深部にある技術開発部。つまり大きなメガネをかけた白衣姿でちびっ子Eカップの朝井シャロを最初に迎えに行くことになる。
硬質な廊下を突き進み、ロボットアームを動かしながらビーカーの中の液体を腰をかがめて凝視しているシャロを見つけると、ガラス戸を開けて技術開発部に入っていった。
「シャロ、緊急出動だ」
いつもなら観測者が現れると危うい誘い文句が飛び出すシャロだが、壁にかかる時計を見ると大きなため息を吐き出した。
「近場よね?」
振り返ったシャロの視線にはそれ以外は認めないという鬼気迫るものが光る。
「お前らはまだ飛べないだろう。輸送機で四十分といったところだ」
「急ぐわよ! 私は先にデッキに向かっているわ!」
颯爽と観測者を追い越してシャロは技術開発部を飛び出していく。
まぁ急いでくれるのはありがたい。今も住民に危機が迫る緊急事態なのは確かだ。
観測者はシャロの成長を感じながら次のメンバーを迎えに救護施設へと向かった。
病院の廊下のような白い壁に挟まれたリノリウムの床を歩いていた。
やがてガラス戸の向こうのカーテンを開けると、救護施設のベッドの上でアニマが絵本を抱えたまま昼寝をしている姿を見つける。
観測者は何も言わずにベッドに腰かけるとアニマを背中におぶさった。
寝た子は起こすな。幼女タイプのアニマは睡眠学習中だ。観測者は次の目的地へ向かう。
深部の訓練室。竹の廊下を進むと道場と書かれた広い訓練室にたどり着く。
扉を開ければ白い道着に着替えた月のフクロウのリーダー鈴城レイナと、同じく白い道着に身を包む赤浄アカネが組み手をしているところだった。
「二人とも、緊急出動だ」
っは、っやあ、ひゅおおおっ、どが! と、威勢のいい掛け声と風を切る音、ぶつかり合う肌の衝撃波が道場を揺らした。
観測者が無線などを使いメンバーを呼び寄せない理由の一つがこれである。
一人は都合が悪いと通信に出ない。一人は寝ている。二人は耳に入る音すらも遮断して目の前の相手しか見ていない。残るメンバーも大体似たような理由で通信が意味をなさない。
観測者はアニマを片手でおんぶして空いた手を前に突き出した。それだけでレイナとアカネの体が宙に浮かぶ。
「わわわわ!?」
「なんだこれ!?」
「二人とも、緊急出動だ」
ようやく二人が観測者の存在に気が付いたので床に落とした。
「あいたっ、くぅ、観測者よ、相変わらず容赦ないな」
「いってぇ、ひでぇよ、落とすことないだろ」
用件を伝え終わった観測者は次の目的地へ向けて足を進めていた。
エレベーターに乗り込むと、牧場へ降り立つ。まだここは地下だが、青い空には太陽があり、青々とした芝生の上でテントウムシも蝶も羽を伸ばしている。
お目当ては羊の飼育施設だ。今日はもこもこの毛皮をカットするとスズメが言っていた。
柵に囲まれた芝生地帯には山のように羊の毛がこんもりと盛られている。
サマーカットされた羊はスッキリした顔でのんびりと昼寝をしていた。
山の横で鋏を巧みに使いこなしているのはシーフの高砂スズメ。元盗賊の彼女は毛を盗み取るのも上手いらしい。
「スズメ、緊急出動だ」
「あ、あたしパス。今日中にみんなの毛をカットしないと納品に間に合わないんだよ」
月のフクロウはイリスレインたちで構成された戦闘用初級部隊。納品先が屍人─グールによって破壊されたら、施設の財布も寂しくなるだろう。
「俺たちの目的はグールの脅威から民間人を守ることだ。羊の毛を刈ることではない」
「観測者一人で片付くじゃん」
もう一度、アニマを片手で抱え直し、空いてる手の拳を握る。
「え、ちょ、うわああ!!」
土から生えたグールの手によってスズメのショートパンツは掴まれ、お尻から持ち上げられると出口まで運ばれていく。
「ちょっとお! いくらなんでも乙女のお尻から運ぶことないでしょお!!」
「次はサオリだな。通信でいいか」
観測者は耳にはまるインカムでサオリを呼び出した。
『はい、サオリです』
「サオリ、緊急出動だ。デッキへ向かえ」
『かしこまりました』
通信だけで用を済ませられたのは姫騎士のサオリだけだった。
「放してってば! ノルマ達成すれば毛皮をもらえるんだよ!」
わめくスズメは問答無用でお尻から運ばれていく。
背中でアニマがむにゃむにゃとまぶたをこすり出した。
「あれー? 観測者しゃん、アニマとお散歩ですか?」
「緊急出動だ。歩けるか?」
「アニマは観測者さんの背中がいいです、むにゃむにゃ」
まだ寝ぼけているアニマは結局、輸送機に乗せられるまで背中で船をこいでいた。
「急いで急いで急いで!」
なぜかシャロは般若の形相で出立を急かす。
「放して放して放して!」
毛皮がそんなに欲しいのか、スズメはシートベルトではなくグールの手で座席に固定された。
運転席でこっそりとため息をこぼす観測者は、どこかで自由な羽根を伸ばしている恋人の姿を思い浮かべながら、任務完遂を目指して空を飛んだ。
☆☆☆
緊急事態でもなかなか揃わない月のフクロウです。
次回はバトル!
メインヒロインが出てこないことに不満を感じた方は♡や☆で応援していただけると嬉しいです!
そのうち出ます笑
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