二章

第33話 保育園が休園してもママは休職できない←リアル

 狂咲ミジュに破壊された保育施設は一夜で直るものではない。


 初等部より上の子たちは建物も無事だったので通えているが、幼稚舎より下の子たちはしばらく自宅待機となった。


 戦争孤児のように通いではなく保護施設そのもので暮らす子供たちはそのまま空き教室へ移動して保育士さんに遊んでもらえているが、アリカはそういうわけにもいかない。


 しかし、保育園の休園で当の本人はライくんと遊べないのはちょっと寂しいけど、ママとずっといられるから楽しい! と、長期休暇の気分で自宅での生活を満喫していた。


 こういうとき、職場と自宅が同じ場所にあるという環境は便利なものだ。


 幸いシャロは月のフクロウとして活動しているとき以外は技術開発部の研究職員であるため、アリカのために可愛らしい盛り付けでお弁当を作ると職場までアリカを連れてきていた。


「じぃじー! 遊んでー!」


「おほー! アリカ! 今日も可愛らしいのう!」


 技術開発部の部長、白髪の爆発頭にヘルメットをかぶる旧世代のじいさまが職場でのアリカの遊び相手だった。


「部長、すみませんがアリカに適当なおもちゃを与えて見学させてあげてください」


「いいよいいよ、ほれ、昨日作ったプロペラ飛行船じゃ。飛ぶぞい」


「うわああい! ひこうせーん!」


 部長は仕事の傍らでいつも子供たちの遊び道具を作っている。


 たまに爆発するので、イノリの最終チェックを通ったものだけ保護施設に提供されていた。


「シャロ、手伝いに来たぞ」


 顔を上げればエスカレーターから降りてくるのはメンバーにも保護施設の子供の面倒見もいい鈴城レイナがエプロン姿で降りてきていた。


「レイナ、わざわざ悪いわね」


「なに気にするな。子供と遊ぶのも良い訓練になる」


 レイナは気遣いなどではなく本気でそう思っているのだからありがたい。


「あ! レイナ先生! アリカと遊びに来たの?」


 大好きなレイナに気付いたアリカはプロペラ飛行船をぶんぶんと振り回しながらレイナに飛びついた。


「ママはお仕事で忙しいからな。わたしと遊んでくれるか」


「うん、いいよ。ひこうせんで遊ぼうか」


 遊んでもらっている立場なのに我が娘ながら生意気な奴だと口から笑みがこぼれる。


「じゃあアリカ、ママは上でお仕事しているから、何かあったらレイナか部長に頼んで連れてきてもらってね」


「はあい、ママお仕事頑張ってね」


 ひらひらと手を振ってアリカをレイナたちに託すとエスカレーターで地下の格納庫から技術開発部へ上がっていく。


 いつものように白衣を羽織ると遠心分離機で中和剤の新薬の分析をやり直す。


 国連か教会のどちらかはわからないが、あちらは相変わらず研究対象としているのはイリスエーテルではなくリリンのマナだ。


 確かに不可解な部分が多いのはリリンのマナの方だ。


 イリスレインの誕生と同じくして生まれた負のエネルギー。


 支配力、凶暴化、種の進化、あらゆる効力を持つリリンのマナだが、一貫して言えることは、どの能力にしてみても攻撃性があるということだ。


 戦うために生まれたエネルギー。イリスエーテルにはアニマの回復能力や私の防御や結界の能力のように守る力も保有している。


 私は観測者に出逢う前からイリスエーテルの可能性を研究してきた。


 今とは違う場所で、違う仲間たちと、違う目的をもって。


 あのころ、シンシアがいたあの頃を思い出せばいやでも胸が痛む。


 今の生活に不満があるわけじゃないのに、今が幸せであるほど、シンシアと過ごした過去を踏み台にして生きる自分を許せない瞬間があるのだ。


 このまま賢いふりをして愚かなままの心に蓋をしただけで生きることが正しいのか。


 ビーカーの中で揺れる若葉色の液体を眺めながら、益体の無い考えに脳の機能の半分を持っていかれていたシャロの耳にけたたましい警報音が鳴り響いた。


『緊急警報! アルファ地区、児童公園に大型グール出現! 戦闘部隊以外はシェルターに避難してください!』


「また同じ場所?」


 シャロが昨日と同じ場所に出現したグールについて考えていると、耳にはまるインカムがシャロを呼んだ。


「はい、シャロです」


『イノリだ。実は出現したグールには指揮官のイリスレインもくっついていてな。そいつがシャロを連れて来いとわめいているらしい』


「私をですか?」


 イノリと話しているとレイナがエスカレーターを駆け上がって来た。


「シャロ! アリカは部長さんに預けた! 出動だ!」


 頷くシャロはイノリの続く言葉を聞く。


『伏木ヒサメ、国連の超科学者だと本人は名乗っているみたいだが、知り合いかね?』


「ああ、はい……」


 大声で怒鳴られたわけでもないのにかき氷を一気に口に含んだような、頭と耳が同時に痛くなる情報だった。


「後輩です。私がケリをつけるわ」


『ふふ、辛くなったら観測者の胸を借りるといい。あいつはそのために君たちのそばにいるんだ』


 通信はそこで切られた。観測者のいる意味を今さら言われなくてもわかっている。


「レイナ、デッキに急ぐわよ」

「了解した」


 廊下を走りながらシャロは考えていた。過去の記憶に縋りつく亡霊は自分以外にも居たということを。


 やがて月のフクロウはメンバーが全員揃ったことを確認して、観測者の操縦で輸送機は空を飛んだ。



☆☆☆

全国のお母さんお父さん頑張ってください!

子育てに協力的な社会でありますようにと祈って(*´ω`*)

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