第47話 時には家族のように

「ミジュ、ごめん。俺は、本音を曝け出すことが恥ずかしくて情けなくて隠したかった」


 施設内のカフェの一角で観測者は丸いテーブルを挟んで対面に座るミジュへ頭を下げた。


 ミジュの前にはチェリージュースにさくらんぼのパイ、ダークチェリーの蜜入りチョコにパンケーキのチェリーソースがけなど、ミジュの好物ばかりが並んでいる。


 しかし、ミジュが愛おしく見つめるのは腕の中に抱いた子猫のハナだった。


「そういうことを隠したくて心にもない言葉をミジュにぶつけて傷付けたことを謝るよ。ごめん」


「許さないわぁ、あたし本当に傷付いたのよ。ドゼのせいで心にひっかき傷がついたわぁ。治すにはドゼの隠したかった本音を曝け出すしかないわねぇキャハハハハハ」


「にゃあ」


 やっぱり言わないと許してくれないかと理解して観測者は項垂れた。


「ドゼ、恥ずかしいことで、傷付くことじゃないのでしょ? それとも、痛いの?」


「いや、違う。傷付くことじゃないよ。心配するな」


 ほっと一安心したようなミジュはハナの頭を撫でながら、楽しそうにドゼが話し出すのを待った。


「……母さんに会いたいよ。本当は忘れてほしくない。いつか死んだら母さんが迎えに来てくれないかなって妄想までしてしまう。それに浴衣を着たミジュを会わせたいし、ミジュと一緒に母さんの料理が食べたい」


 勢いで全部話してしまったら心がスッキリしていた。


「それだけぇ?」

「それだけだ」


 ミジュは、っぷ、と噴き出して笑った。


「ドゼ、普通のことよぉ、恥ずかしくも、情けなくもない。こういう隠し事なら隠さないで、夜眠るときにあたしを抱きながら聞かせてくれたらいいのよぉ」


「そうだな。ミジュの言うとおりだ。ちゃんと話しておけばよかった」


 まだまだ隠し事の多い観測者はどれからミジュに話そうかと考える。


「そうとわかれば見かける度にドゼの心をひっかくあの親子を消してやりましょう」


「それはもう大丈夫だよ。シャロに頼んだんだ。正直に羨ましかったと話した。それで、時々アリカを迎えに行っても良いことになったんだ」


 ミジュとしては面白くないようで、チェリージュースをちゅるちゅる吸い上げると眉を八の字に曲げる。


「なによう、他の女と仲良くなってぇ」


「同じ家族だと思いたいってことだよ。前に話しただろ。あの集落にいたみんなは全員俺の大切な家族だ。シャロたちも仲間に入ってほしいって頼んだんだ」


 観測者の気持ちを理解したミジュは、そういうことなら、と納得した。


「そういえば、あのメガネっ子の研究がハナを蘇らせてくれたのよねぇ。……お礼言いたい」


「うん、あとで一緒に会いに行こう」


 もじもじと太ももをこすり合わせるミジュは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 ミジュにとって素直にお礼を言うことは慣れなくて恥ずかしいのだろう。


「そ、そういえば、どういう原理でハナは蘇ったのかしらぁ」


「どうぶつの魂だから成功できたって言ってたな。今の技術では人の魂は蘇らせることは不可能だと言っていた」


「……ドゼ、ごめんなさい」


「いいんだミジュ。必ずしも蘇らせることが幸せとは限らない。虚勢でもなんでもなくて、俺は本心で母さんが本物の家族と幸せに過ごしていてほしいと願っているよ」


 どちらも本音なんだと話せば、ミジュは少し考えてからにたりと笑った。


「任せなさいドゼ。冥府もそのうちあたしが落としてあげるわぁ。そうすれば、一日おきでドゼにお母さんと会わせてあげる。昨日は本物の家族、今日はドゼっていう風にね、あっははははは!」


「うーん、冥府まで落としちゃうとミジュが本当にラスボスになってしまうなぁ」


 楽しそうだからまぁいいかと観測者は肩をすくめるだけだ。


「にゃああ」


「あ、ごめんねハナ。ハナの話よね」


「なあぁああん」


 すりすりと頬ずりし合う幼女と子猫は絵になる。


「えっとな、犬をイメージするとわかりやすいけど、どうぶつには本能的に主人に従う機能みたいなのがあるんだ。猫は家につくと言われているけど、大好きなご主人様に従う機能はちゃんと持っている。だからハナの魂はミジュから離れなかったし、始まりの地でハナのミジュを想う声は聞こえただろ」


 聞こえたわ、とミジュは優しい瞳でハナを撫でた。


「ヒサメはミジュの体内にあるリリンの因子を強化させていた。その上でリリンのマナを投与してイリスエーテルの力は弱体化させていたけど、シャロはさらに遺伝子の結びつきを強くする効果を乗せてミジュのリリンの因子を最大限まで強化させ、魔力中毒を引き起こす量のイリスエーテルをミジュの体内に注いだ」


 ふんふんと頷いているが、たぶんあまり理解していないだろう。


「これは懸けだったんだけどな。始まりの地にはハナの魂が留まっている。でも、ミジュに続く道が出来たら飛び込んでくると思った。そしてハナの魂はもう一度ミジュにくっつくけど、この時の異常なエネルギー量の中でミジュとハナに遺伝子の繋がりが生まれる。命を生み出すには十分なエネルギーがあるわけだから、ハナはミジュの中の余分なエネルギーも養分にして生まれ変わったってことだな」


 この遺伝子の繋がりの過程で余計な思考が入ると成功しない。ハナは完全にミジュを受け入れ、ミジュはあのとき自我を失っていた。お互いの遺伝子を繋げている最中に拒絶の信号が一つも入らなかったことが成功の鍵だとシャロは言っていた。


 人間にはまだ無理というのは、そもそもこれだけのエネルギー量に耐えられる器がミジュくらいしかいない。かなりの苦痛を伴うので自我があればミジュでも拒絶した可能性がある。


 あるいは繋がろうとする魂の方が苦痛を受けている相手を思いやって拒絶する場合もあるだろう。


 母さんなら絶対に拒絶するだろうと観測者は考えていた。


 それはきっとシャロも同じで、シンシアは拒絶してしまうから、今の方法では不可能なのだ。


「ねぇ、ドゼぇ」

「その下半身に来る呼び方は外ではやめてくれないか」


「な!、ばばっばか! た、単に言葉が間延びしちゃうだけよぉ!」

「家では大歓迎なんだ。それで、どうしたんだ?」


 ぷっくりとリスのように頬を膨らませたミジュは呟く。


「あ、アリカを、迎えに行きましょう。それでぇ、その、みんなでねぇ」


 くすりと笑う観測者は席を立つ。ミジュが残したおやつを包んでもらい、手土産を用意するとミジュと並んで外へ出た。


 保護施設ではミジュが登場した途端、外の公園で遊んでいた子供たちが蜘蛛の子を散らすように逃げた。


 観測者は入り口で保育士さんを呼んでもらい、まだ早いけどアリカを迎えに来たことを告げる。


 やがて、保育士さんの背中に隠れるようにアリカがよちよちとかなり遅い歩幅でやって来た。


「アリカぁ、どうしてそんなに警戒するのよぉ」


「ひぃ、おねえちゃん、だってこわい」


「失礼ね。じゃあ、お詫びも兼ねてとっておきを見せてあげるわぁ」


 慌てた観測者が止める。


「ミジュ、魔法はダメだ」


「何言ってるのよぉ、ドゼの顔を見せてあげるだけよぉ。早くマスクとフードを脱ぎなさい」


「へ……?」


 予想外の言葉。しかし、アリカは興味を持ったようでじっと観測者の顔を見上げている。


「な、なんで俺の顔……」


「相手は幼女よぉ、危険なこともないわよぉ」


 渋々、観測者はフードを脱ぐと、マスクを外した。


「きゃあああああああ♡♡♡」


「わぁああ! おにいちゃんのお顔きれい!!」


「ありがとう。保育士さんの腰が砕けちゃったみたいだから早くシャロのところへ行こう」


 警戒心を解いて観測者と手を繋ぐアリカは嬉しそうだった。


「わぁい! ママに早くあえるね!」


「いいもの見せてあげたんだから、あたしにも感謝しなさいよぉ」


「はぁい! おねえちゃん、ありがとう!」


 子供は素直でかわいいと観測者は正直に思った。


 やがて、このままの状態で技術開発部へと入っていく。


 最初にこちらに気付き、目を丸くしたのは施設に寝返ったヒサメだった。


「やっべえっす!! 先輩先輩!! アリカがやべえイケメンに手を握られてるっすよ!!」


「あんたねぇ、騒々しい……」


 シャロはこちらを向いて固まった。


 アリカは手を離すと嬉しそうにシャロの元へ駆けていく。


「ママ~! アリカ今日は早く来たぁ!」


「ああああアリカ、この方は誰?」


「え? こわいおねえちゃんの彼氏でしょ」


「ドゼよ。狂咲ミジュ様の恋人よぉ」


 ふらあっと、白目をむいてヒサメが倒れた。


 シャロはなぜかメガネを割った。直視できないという意味だろうか。


「ちょっと刺激が強すぎたかしらぁ」


「そうね、アリカに行き過ぎた夢を見させてしまうから、その顔は仕舞ってもらえるかしら」


 母親がそう言うなら是非もない。観測者は元通りにフードをかぶってマスクを着用した。


「ええ~! きれいなお顔なのにもったいない!」


「だめよアリカ。あの男はファンタジーなの。実在していないのよ」


「ええ~!?」


 母の教育はそれでいいのだろうか。


 そんなことを考えているとミジュがハナの体をびよーんと伸ばして自分の顔を隠しながらシャロに近づく。


「あ、あの、シャロ!」


「なに? 子猫が可愛いのはわかっているわよ」


 少し固まったミジュは思い直してハナを腕の中に抱えると真っ赤な顔で呟く。


「……ありがとう。ハナに会えたわ」


 一瞬、呆気に取られていたシャロだったが、くすりと笑って頷いた。


「今日は鍋にするけど、あんたたちも食べに来なさい」


「わぁい! ママのおなべ~!」


「うぅーん、あちきはネギはいやっすうぅ……」


 仲間だけど、時には家族のように。

 少しだけ寂しさも薄らいだ気がした。


☆☆☆

第二部も次回で最終回です!

最後までお付き合いいただけると嬉しいです(*´ω`*)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る