第40話 シャロの過去編 国連の企み

「ヒサメ、あんた強化合宿があるのシンシアに黙っていたわね」


「ひぃっ! なんでバレたっすか!」


 研究室にヒサメを呼び出した。もちろん、シンシアが席を外している時間帯を狙った。


「あんたには話していなかったけど、伏木ヒサメのスポンサーは私なのよ」


「ぎょええ!? あちきにスポンサーがついたってコーチから聞いていたっすけど、シャロ先輩だったっすか!?」


「そうよ」


 シンシアの願いはヒサメの才能を伸ばすこと。それ自体は私も賛成している。


 才能というものは誰しもが開花させられるものではない。自分に合った才能で、自分でも伸ばしたいと意欲があるのであれば援助を惜しむつもりはない。だというのに、


「どうして強化合宿に行かないのよ? 費用は問題ないはずよ」


 床の上でラケットを抱えたまま正座をしているヒサメはなんとも言えない表情で目を逸らした。


「……その、シャロ先輩は口固いっすか?」


「シンシアには黙っとけってことね。オーケー、了解したわ。それで、国連から何を条件に出されたのよ?」


「うえええ!? なんでそこまでわかるっすか!?」


 テニスプレイヤーとして上を目指しているヒサメが費用の面で問題が無いのに強化合宿を蹴る理由など、シンシアに関わる重要な案件を国連の上層部から聞かされたくらいのことしか思いつかなかっただけだけど。


「もうすべてを洗いざらい吐き出さなきゃ、あちきはドラム缶に詰められて海に捨てられるっすね、死ぬっすね、あ、先に指詰められるっすか?」


「私はマフィアでも極妻でもないのよ。あとあんた魔弾適性のイリスレインでしょ。ドラム缶くらい撃ち抜いて脱出しなさいよ」


「それっすよ! マジパネェっすね先輩! あちきの魔弾適性が国連の軍事上層部に目を付けられてしまったっすよ!!」


 これだけの情報では私でもヒサメにどんな条件を突きつけたのかわからない。


「要点をわかりやすくまとめなさい。魔弾適性とシンシアにどんな関係があるのよ?」


「つまりっすね、あちきはテニスプレイヤーとしても優秀っすから、ラケットから打ち出す魔弾で敵を打ち倒す兵士になれと言われたっす! それ自体はあちき全然嫌じゃないっすよ! でも問題はテニスプレイヤーとしてのあちきを純粋に応援してくれていた姉さんのことっすよ。兵士になったらスポーツ選手としては活動できないっす!」


 そりゃそうだ。スポーツと戦争では理念が水と油ほど相容れない。


 ヒサメはラケットさえ振っていれば楽しそうなので、本人としてはどちらでもいいだろうが、優しいシンシアの気持ちを想えばスポーツ選手の道以外選べないだろう。


「姉さんも昔は自警団にいたっすけど、自警団は犯罪者の抑制や街の住民をグールから守る正義の味方っす。でも軍に入って兵士になったら、あちきは誰かの家族の命を奪う兵器と変わらないっすよ。あちきは割り切れるっすけど、姉さんは、シャロ先輩と命を生み出そうとしているじゃねぇっすか! あちきが命を奪ったら、姉さんはやりきれないっす!」


 ヒサメも普段はふざけていそうな子だが、シンシアを心から愛している優しい子だった。


 だが、教会との戦争に負け続け、最近ではレジスタンスの活動も活発になり、新たな第三勢力として施設の立ち上げが噂されるなど、国連にとって厳しい状況が続けば、こんなにも優しい姉妹たちの良心すら利用しようとする。


 初めから国連の上層部に居座る旧世代はイリスレインのことなど有益な情報と戦力をもたらす道具としか見ていない。


 研究室の扉がノックもなしに開かれた。この部屋を指紋認証だけで開けられるのは私とシンシアだけだ。


「ばあぶー」


「良い子ねアリカちゃん。あー! ヒサメ! どうして強化合宿に行かないのよ! 姉さん、国連の偉い人に泣きつかれちゃったわよ。ヒサメを合宿に参加させてくださいって」


 言葉の内容よりシグナルの方が耳に入る。シンシアの両腕に抱えられた赤ん坊。私はもちろん、ヒサメにも理解できることだった。


 シンシアは利用された。命の研究をしているシンシアにとって生まれたばかりの命は研究対象として最適な人材だった。


 だが、それよりも、シンシアがアリカを見つめる眼差しで気付いてしまった。


 シンシアはアリカをもう愛してしまっている。これではアリカはもう人質だ。


「あちき、合宿に行ってくるっす! アリカっち、元気に育つっすよ!」


 ヒサメは国連の企みなどシンシアには一切話さず、この日を最後に研究室を訪れることはなかった。


 世界オープンテニスで一位を取った快挙はシンシアと二人、いや、アリカも入れて三人で、衛星中継の映像を見て知り、祝杯を挙げた。


 だが、ヒサメの突然の引退、その後の行方についてシンシアは連絡の取れないヒサメから理由を聞くことが出来ず、心配で数日寝込んだ。


 それでもシンシアを笑顔にさせるのはいつだってアリカの存在だった。


 二人して四苦八苦しながら研究と育児を同時にこなす日々。


 アリカが大泣きして泣き止まないときは、シンシアと二人で抱き合って私たちも大泣きしていた。


 だけど、命ってすごい。日々成長していく。ミルクしか飲めなかった赤子が、半年もすればもぐもぐと口を動かして固形物を食べていく。体重はどんどん増加して、身長はぐんぐん伸びていく。


 はいはいしたかと思えば、伝い歩き、やがては一人で歩き出す。


「まぁま!」


「きゃああ♡ 聞いたシャロ! アリカがママって!」


「旧世代の成長の速さには度肝を抜かれるよ。もう言語を理解したのか」


「シャロ、もうちょっとママっぽい反応して」


「アリカ~ママもママでちゅよ~」


 満足そうに笑う恋人と、きゃっきゃと笑う愛娘。国連の企みが何であれ、家族が増えたことは私にもシンシアにとっても幸せなことだった。


 しかし、やはりそう簡単には有益な駒を遊ばせておいてくれない。国連に限らず、組織とはそういう態勢なのだろう。


「新型グールの開発ですか」


 私は研究機関の責任者に一人で呼ばれていた。


「最近の朝井くんは魔弾や魔導武器の開発ばかりでグール研究では目ぼしい功績を残していないだろう。君はグール研究の第一人者でもあるわけだし、国連は君の功績を讃えて君の個人的な研究にも高額な予算を付けているんだ。そろそろ成果を出してもらわないと、君や君の部下の待遇も考え直す必要が出てくる」


 シンシアだけならアリカとシンシアを連れてこのまま逃げ出してもよかった。


「伏木ヒサメ。彼女は優秀な兵士だと聞いているよ。しかし、彼女は少し性格が奔放すぎると苦言を漏らす隊員も多くてね。いっそのことこちらでコントロールしてはどうかと打診されているんだ」


 リリンのマナ。イリスレインに投与すれば自我を失い単なる戦争の道具となる。


 知識や知恵を使う研究員はリリンのマナで拘束することは出来ない。自我を失えば研究員の優秀な頭脳も使えなくなり、研究員の価値も失う。


 だが、ヒサメはテニスの運動センスと魔弾の戦力を買われて兵士となった。


 国連にしてみればヒサメを操り人形にして戦争の道具にしても構わないということだろう。


「了解しました。最高のグールを開発してみせましょう」


「良い結果を期待しているよ」


 ヒサメにはアリカという人質を突きつけてスポーツの世界から戦場へ無理やり連れ込んだ。


 私にはヒサメという人質を突き付けて命を奪う新兵器を作れと脅迫してくる。


 こんな組織の闇をシンシアとアリカにだけは見せたくない。


 私のことを世界一の人格者に見えているシンシアと無垢なアリカのおとぎ話のような瞳には夜空から銀貨が降り注ぐだけを見せてあげたい。


「ああ、グール開発に必要な情報を一つ忘れていました」


「なんだ? 伏木ヒサメの身柄以外なら用意するぞ」


「使えない後輩なんていらないわ。私が要求するのは一つだけ」


 この闇を払う唯一の方法。


「観測者と接触させてください」




☆☆☆

ふわふわした気分でいると叩き落される☆

こんな作品をこれからもどうぞよろしくお願いします(*´ω`*)




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