第26話 光は咲くと信じて
「っぐ、はぁ、みんな、無事か?」
瓦礫の中から観測者が這い出ると、月のフクロウのメンバーも盾に使った瓦礫をどかして顔を出した。
「凄まじい威力。しかし、観測者の防御魔法も凄まじいな。惚れ惚れする」
「助かったのはわたくしたちだけのようですわね」
「……埃臭い」
「うえええええ! アニマの回復魔法も褒めてくださいよおお!」
「へいへい助かったよ、おチビ」
「おチビではありません! 幼女タイプです!」
「つまりチビじゃんねぇ」
どうやらアニマの回復魔法も効いているようで、月のフクロウのメンバーは怪我もなく無事のようだ。
「悪いが俺は急ぐ。お前たちは議長に報告してくれ」
「あ! ちょ! 観測者!!」
観測者は急いで飛び立った。ミジュが依り代として完成したところまでは見届けた。
そうなると、ミジュの体はもう始まりの地へと飛び立つだけだろう。
施設に急いで戻ると、エレベーターのボタンを連打しながら技術開発部へと観測者は向かった。
通路を走り抜け開発部の奥へ滑り込むとエスカレーターを駆け降りる。
「じいさん! じいさんはいるか!」
叫びながらエスカレーターを滑り落ちる勢いで降りて行った。
「なんじゃ観測者。おれはここにいるぞい」
じいさんを見つけると肩を掴んで揺さぶった。
「ロケットは!? 完成したのか!?」
「おち! 落ち着けええ!!」
ガクガクと揺さぶるのをやめるとじいさんは頭を揺らしながら持っていたレンチで格納庫の奥を指し示した。
「ほりゃ、完成はしたがな」
「助かった! 行ってくる!」
「こりゃああああ! 操作方法もなんも聞かんと行くんじゃなあああい!!」
しかし、既に観測者は走り出している。じいさんは全力で追いかけながら叫んだ。
「ざ、座標は、っは、はぁ、自動で、じど、ぜぇ、はぁ、セットしてある!」
既に観測者は操縦席を開けて乗り込んでいた。
「聞けえええ! 赤いボタンを押したら発射じゃ! あとは自動で噴射シャトルが分離する! 青いメーターが動き出したら加速噴射が始まった目印じゃ! じゃがなぁ! ってあああ!」
涙滴型ドアを閉め、シートベルトを閉めると、観測者は迷わず赤いボタンを押していた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
ドゴン!!
格納庫の天井をぶち破ってロケットはエンジンフルスロットルで飛び出した。
風通しの良くなった格納庫の中で、じいさんは唖然と口を開く。
「……着地の方法がわからんって、伝えられんかったなぁ」
その頃、観測者は防御魔法と結界魔法を重ね掛けして音速を超えるロケットにかかる重力に耐えていた。
「ミジュ! 今行くからな……!」
着地など考えていない。始まりの地へ突っ込んだら機体は吹っ飛ぶとわかっていた。
茜空が藍色の空へと溶け込んでいく。白い月が顔を出して、森から星がいくつも浮かび上がって夜の時間を賑やかに迎えようとしていた。
そんな中、一機のロケットが轟音を響かせながら空を一直線に割っていく。
超スピードで海を渡り、淡い光で溢れる始まりの地へ突っ込んだ。
ボコボコと泡立ち、炭酸のようにシュワシュワと音を立てながら、ロケットの先端から泡となって消えていく。
観測者は機体が消える前に飛び出して、襲い掛かる光るツタを因子の操作で操って避けながら駆け出す。
地面は緑色に淡く光る。色とりどりの光るキノコ。木々や草花も淡く光る。
光を生み出しているのはすべてイリスエーテルとリリンのマナだ。
膨大なエネルギーが密集しているこの地では足を踏みしめ、呼吸をするだけで、自分という魔力を受け止める器の許容量を超える力が常に注がれる。
因子を操れる観測者のように、常にエネルギーを放出し続けなければ過剰な魔力の量で魔力中毒を引き起こし、やがては意識を失うだろう。
観測者はエネルギーの巣窟にいながら、さらにリリンのマナが充満する地帯を匂いや気配で探って、その場所へと駆けていく。
紫色の光を上空に向かって逆さまの滝のようにエネルギーを放出する幼女がいた。
「ミジュ!!」
「……もう来ないで」
ミジュが片手を差し出した。それだけで暴風が吹き荒れて観測者の体は遠くに飛ばされ大木に激突する。
「っぐは!」
ミジュはうつろな瞳で観測者を眺めて自分の体を抱いた。
「……ドゼ、もう殺してあげて。この子は誰も愛せない。誰からも愛されない。破壊することしか望まれていない。自分でも破壊以外を望めない可哀そうな子なのよ」
観測者は膝に力を入れて、痛む背中も必死に引き上げながら、立ち上がった。
「ミジュは可哀そうな子なんかじゃない。お花を愛しているよ。俺からも愛されているよ」
ミジュはそれでもゆっくりと首を横に振った。
「愛されてはいけない子もいるのよ。生まれてくるべきじゃなかった。ドゼに出逢わなければ、あたしはずっと世界の敵で居られたの」
観測者は仲間なんか欲しくないと拒絶するミジュの悲しみに手を伸ばした。
「ミジュの敵になるなら俺だって世界なんかいらない! 俺はミジュとちっちゃい家族になってミジュに笑ってほしいだけなんだよ!!」
しかし、逆さまの滝のように放出していたミジュの持つリリンの魔力は空を割って天に届いてしまった。
目もくらむような眩い光の洪水がミジュへ降り注ぐ。
「……バイバイ、ドゼ」
観測者の方へ顔を向けるミジュは笑っていた。いつものように顔を歪めた笑みではなく、涙を零しながら透き通るような笑顔で、幸せに笑っていた。
「──っ!?」
ズドオオオオオオオオオオオオオオッン!!!
直後、ミジュの体は爆発した。小さな幼女の体が淡い光の森の中で弾け飛ぶ。
「ミジュ!!」
観測者は飛ばされたミジュの体を追いかけた。
地面に落ちる瞬間に受け止めることが出来たミジュの体は傷だらけでボロボロだ。
「ミジュ、俺のために、俺のこと心配して遠ざけていたのか!?」
イリスの降臨は失敗するとミジュはわかっていたのだろう。
最後に見た幸せに笑うミジュの表情がミジュの本当の感情を教えてくれていた。
ドゼに愛を与える笑顔だった。ドゼを想うミジュの気持ちにあふれていた。
まるで猫のようだ。死ぬことがわかっていたから、死ぬ姿をドゼに見せたくなかったのだろう。
ドゼがミジュを失って悲しんでしまわないように。最後まで敵を演じた。
リリンのマナで依り代の器を満たしても、それでもイリス本人のエネルギーを受け止め切れはしないとミジュは最初から理解していた。
上空では体が身震いするほど高濃度のイリスエーテルが集まってきている。
ミジュの体にリリンのマナが満たされている限り、降臨を果たそうと何度でもエネルギーをミジュにぶつける気なんだろう。
「死なせない! ミジュは俺が助ける!」
マスクを外してフードも脱いだ。ミジュの体を抱えて観測者は少し開いたミジュの唇へ自身の唇を押し当てる。
小さな舌をすくい取るように何度も舌を絡めて唾液で満たすと呑み込ませた。
観測者の体液がミジュの体に入り込むと吸収したリリンのマナが消滅していく。
ミジュとキスを重ねながら、幸せな笑みを観測者に向けてくれたことに喜びで胸が弾けそうだった。
きっと今なら自分にも笑顔を作れる。ミジュを想い、ミジュを愛しながら、ミジュのために笑顔を見せられると信じられる。
「ミジュ、ん、はぁ、ミジュ、俺は、お前だけを愛したい……!」
上空で光が満ちた。神の片りんがミジュとミジュを支える観測者の元へ光の洪水となって降り注がれる。
瞬間、景色が真っ白に埋め尽くされ、そして体は雲に包まれたかのようにふわふわのもこもこで満たされていた。
白い動物を見た気がする。ミジュの顔を舐めて、なぁと鳴いていた。
そんな幻のような光景が薄くなり、元の淡い光る森へ戻ると、ミジュが目を覚ました。
「むにゃ……ハナ……?」
「起きたかミジュ。怪我はないか?」
ぼんやりと観測者の顔を見つめたミジュはだんだん顔色が赤く染まっていく。
「どうした?」
「……恥ずかしいぃ、一人で、死ぬつもりだったのに……」
観測者はミジュをぎゅっと抱きしめる。
「死なせないよ、一人じゃ死なせない。死ぬときは一緒だ。それにミジュを心配するやつがさっき来てたみたいだぞ」
「っは! そうだハナ! さっきハナに会ったのよ!」
「花? フラワー?」
「猫よぉ、白い猫。あたしの、家族なの……」
そうか、とミジュを見つめる観測者は幸せに笑っていた。
ミジュはボーっとその笑顔を見つめる。
「……? 俺の顔に何かついてるか?」
「あ、いえ、その、……随分、幸せそうに笑うのね」
言われて気付いた観測者は照れたように頬をかく。
「嬉しかったんだよ。ミジュの家族と会えたから」
「そ、そうぉ? あたしのハナも愛してくれるの?」
「もちろんだ」
観測者もミジュも少し照れながら見つめ合って微笑む。
「ここからはもう出よう。ミジュの体に負担がかかる」
「ねぇ、ドゼ。連れて行って。あなたの家族のところに」
観測者は少し驚いたが頷いた。ミジュの体を支えたまま空へ飛び立つ。
やがて花畑に到着した。朝焼けの空の下で色とりどりの花が朝露に濡れながら満開に咲いていた。
「お花ああぁ♪」
「母さんたちが寂しくないように、たくさんの花を植えたんだ」
ミジュはわずかに空中に浮かんで、花を踏まないように花畑の上でくるくると踊った。
「ドゼもお花が好きなのねぇ」
「うーん、どちらかといえば、花を愛でているミジュの方が好きだよ」
頬を赤く染めるミジュは体内に残る観測者の体液のおかげで、破壊衝動が抑えられているため、普通の幼女のように照れてしまう。
「さっきからぁ、あたしを愛しすぎなのよぉ」
「最初からだよ。俺はずっとミジュを愛している」
不思議そうにミジュは首を傾げる。
「なんでなのぉ? あたしが可哀そうに見えたからぁ?」
「それもあるけど、ミジュが幸せに笑ったら世界一可愛いと思ったんだ。実際、俺は二度目の光を見た」
笑ったっけ? みたいにミジュは小首を傾げた。
「笑ってたよ。俺を照らす光だった。愛した人を間違えてなかったって思えて嬉しかったよ」
「ふぅん、ドゼはあたしがだああああああい好きなのねぇ」
「うん」
くるくると花畑の上で踊るミジュは言おうかどうしようか迷っていた。
「……でも、釣った魚に餌をやらないタイプかもしれないし、もっと焦らした方が……」
脳内の考えはぶつぶつと声に出て呟いている。
「餌? ああそうだ。ミジュにプレゼントがあるんだ」
観測者もわずかに空中に浮かんでミジュの目の前まで来ると、ポケットに入れておいたプレゼントを取り出してミジュの首に装着した。
「似合っているよ。とっても可愛い」
俯くミジュはぶるぶると体が震えている。
「どうした? 寒いのか?」
がばっとミジュは顔を上げて牙をむき出しに叫ぶ。
「あんたこれ首輪じゃないのよ!! なんなのあたしは結局あんたのペットなの!?」
「猫のように可愛いと言っているだけで、俺はミジュと恋人になりたい」
「恋人に首輪贈るの!? 隷属させたいから!? またお仕置きされんの!?」
ニコニコと笑う観測者はそこに悪意の一かけらもなく囁いた。
「今度はお仕置きエッチにしような」
「くぅ~~~~!! こんの変態サイコパス彼氏ぃいいいい!!」
特に否定する要素もない変態でサイコパスな観測者はそのまま告白した。
「俺と結婚を前提に付き合ってください」
真摯な願いにミジュは顔を赤くする。
しかし、もう敵わないと思ったのか、ミジュは観測者が差し出した手を握り返した。
「しょうがないから、ドゼのことは信じてあげるわよぉ」
ミジュが承諾した途端、観測者は手を引っ張ってミジュを抱きしめる。
そして熱い口付でミジュを呼吸困難に陥らせると、家族に見守られている中、観測者は最高に幸せな笑みを浮かべるのだった。
☆☆☆
章を変えるほどでもない文量だと気付いたのでこれで四章終了です。
次回、第一部最終回!
ここでお知らせです。新しく長編ファンタジー「メソッド式・魔構機動隊」という王道な学園召喚バトルファンタジー作品も連載を開始しました。
両作品ともコンテストに参加しておりますので、みなさまの応援が必要になってきます!
これからも面白い作品を届けてまいりますので、ぜひ♡や☆やフォローで応援していただけると嬉しいです(*´ω`*)
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