13.知った名

「ありました! ……まずは、剣士『ソダツ』様。彼は三年前、エーテリアルの農業国ハルヴェストリアに『渡り』として現れました。かの国家では、農業分野の発展に大いに貢献されたご様子。エーテリアル全土でも数人しかいないA+ランク冒険者でもあり、ちょうど一年前、ネクタリアに入国されたようです」

「農業の……だったら、間違いないよ。ねえ、エルミナさん! その『ソダツ』って冒険者、私に似てなかった? 兄さんと同じ名前なんだよ」


 目一杯背伸びをしてカウンターテーブルに両手を突き、シズクは自らの顔を、受付嬢エルミナにぐいっと近づけた。


「そう……ですね。確かに目元や口元に面影はありますが。彼、髪色は赤で瞳の色は灰色でしたので。どちらかといえば、遠い、かと」

「え!? 髪は何とでもなりそうだけど……瞳が、灰色って? ほんと?」

「残念ながら、事実でございます」

「別人ってこと? だけど、こんなに偶然が重なるなんて、あるわけ――」


 うつむくシズクの頭の中に、ドリンの『念話』の声が響く。


『天上の神殿では、ある程度のキャラメイクが可能なのじゃ! ちなみにこの情報、地上ではトップシークレットじゃぞ?』

『シークレットも何もないよ! 後出しがすぎるんじゃない!?』

『お主の時は、もたもたしている暇などなかったではないか』

『私は強制連行されたの! 全部ドリンの都合で――』

「もし? ……シズク様に似ていると言えば、こちらの『ツクリ』さんの方ですね。『ツクリ』さんは四年前、建築の国ウッドヴァルに落とされたそうです。何でも、こんくりーと? を開発し、革命を起こしたとのこと。魔法使いとしても非常に優秀で、Aランクの冒険者登録がなされております」

「建築なら絶対そうだよ! 私の大好きな妹、ツクリだ! どう?」


 再びシズクは、自らの顔をエルミナに突きつける。


「ええ。確かにツクリ様、シズク様とは目鼻立ちがよく似ていますね。ですが……――」

「が?」

「大変申し上げにくいのですが、ツクリ様の髪色は若苗色で、瞳は澄んだブルー……。なにより、彼女は純エルフでした」

「エル、フ……?」

「はい。シズク様やソダツ様、私もまたヒューマンに分類されております。種族の異なる兄妹は存在し得ません」


 エルミナは申し訳なさそうに顔を伏せ、無言で首をゆっくり左右に振った。


『ドリン? 一応聞くけどまさか、種族も?』

『もちろん選べるぞい! 智球人であれば、そのままのヒューマンか、背格好の似ておるエルフの二択にはなるがの』

『……私ね、MMORPGなら、キャラメイクに三日はかけるタイプなんだ。知ってた?』

『そ、そうなのかえ? 知らんのぅ。初耳じゃのぅ……』


 まだ出会って数日ではあるが、ドリンが何かをはぐらかす声の調子だけは、はっきりと聞き分けられるシズクであった。


『その言い方! 絶対知ってる! 私の記憶で見たんでしょ!』


 躊躇うことなくシズクは、フェレティナの鼻を力一杯つまんだ。ちなみにフェレティナは、鼻呼吸しか出来ない。


『……ぷはぁ! 儂を殺す気かえ、シズク! ……いつもの前向きはどうしたのじゃ。時間を節約できて良かったではないか』

『節約とかじゃないの! 最大最高、一番の楽しみなんだよ! しかもベースは私なんでしょ? 自分の可能性を探れるチャンスだったのに……ショックすぎるよぅ』

「あの……もし? 大丈夫ですか、シズクさん?」

「あ、あ、何でもないの! ちょーっと記憶と違うみたいだけど、名前と得意分野が同じだし……。それにそれに! ソダツ兄さんは渋キャラ好きで、ツクリはエルフ推しだったから!」

「きゃら? おし?」


 ネクタリアに、そういう文化はないらしい。


 たおやかに首を傾げるエルミナだが、その頭の上には、巨大な「?」でも浮かんでいそうだ。


「と、とにかく! 絶対に偶然じゃないんだよ! ……エルミナさん、さっき言ってたよね。二人が古代遺跡を探しに行ってるって」

「ええ。届け出の帰還日はとうに過ぎておりますが、まだ戻っておられません。実力と実績はもちろんですが、ランクの査定には時間厳守も重要な要素でして。Aランクの冒険者が期日を破るなど通常はあり得ません。……この場合、何かしらの事故があったと考えるべきです」

「そんな……事故って!?」

「ヴァルハ丘陵には、地形の危険は認められていませんので、おそらくは魔獣。今のところ、かの地に強力な魔獣の報告はありませんが、遺跡のガーディアンは別格であるのが常。となれば、噂ばかりで今まで誰も見つけられなかった遺跡の入り口を、ソダツ様とツクリ様が発見した可能性が高いでしょう」

『すまぬ……シズク。醸造所の出入り口に、人間が容易に近づけぬよう神ポイントをはたいて買うたゴーレムを巡回させておる』

『そこまでしなくてもいいでしょ!」

『……昔の儂を殴ってやりたいわい』

『ばかばか! もし二人に何かあったら……さすがに私、ドリンの事許せない』

『安心しておくれ、シズク。今しがた天界に問い合わせてみたが、この一週間、ネクタリアで『渡り』は誰も死んではおらぬ。……じゃが、儂が蒔いた種でもある。全力で手を貸そう。今すぐ向かうぞい!』


 いつになく真剣な口調のドリン。シズクは静かに、力強く頷いた。


「私も捜索に向かうよ! 二人の行動計画とか……古代遺跡の在り処についての情報をちょうだい、エルミナさん!」

「申し訳ありませんが……それは出来かねます」

「え! どうして!?」

「古代遺跡の周辺は危険な領域……。そのため、ヴァルハ丘陵の深奥に入るには、Aランク以上の許可証が必要です。情報の提供も出来ません」

「そんな……! 兄妹がピンチかも知れないんだよ!?」

「ご理解ください、シズク様。ギルドの掟は絶対です。みすみす死地に送り出すわけには参りませんので」


 エルミナは優しくも強い、意志を持った瞳でシズクを見据えていた。


「わかるよ……わかるんだけど! ねえ、なんとかならないの? エルミナさん!」

「心苦しいですが、今は待つしか。……空から捜索できるAランクのテイマーが王都に到着し次第すぐに……テイマー――……そうです! 伝説の幻獣、ごーるでん・あるふぁかがいるじゃありませんか!!」

「わわ、びっくりした! もしかしなくてもそれ、カイエンのことだよね?」

「左様です! あの、失礼ですが件のカイエン……様は、シズク様がテイムを?」

「ふぇ? テイム……?」

『違いないぞい。魂の道がしっかりと通っておる。親愛度はMAXじゃ。お主の為ならカイエンの奴、地獄の果てまで追ってゆくじゃろ』

「う、うん! 親愛度MAXだよ!」


 よく分からないままだがシズクは、親指をビシッと突き立てて見せた。


「腹痛のイタズラに、度重なるうわごと。今度は親愛度……ですか」


 目を伏せ、エルミナはくすりと笑う。


「どしたの? エルミナさん?」

「いえいえ、何でもございません。それでは、少々お待ち下さいね。私の記憶が確かなら、特別許可を出せるはずです――」


 背面の棚から、『幻獣図鑑』と背に書かれた古びた書物を取り出し、エルミナはいそいそとページを繰る。


「ごーるでん、ごーるでん……っと。あった! ありましたよシズクさん!」


 エルミナの瞳は、ギラギラと輝いていた。

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