21.発動、第二のゴ●スキル

「また出た、神マニュアル! そして再びの巻末! ……私のスキル、いちいちマイナー過ぎない!?」

「そうかぁ? 俺は確かに剣士の職業適性を持っているが、スキルは『土壌診断』と『発芽』だぜ。地味っぷりでは負けねぇよ!」

「質実剛健ッ!? 農家の兄さんには大役立ちだけども!!」

「はいはいーい! ボクは魔法使いで、スキルは『墨出し』と『混合』!」

「ツクリのも地味だった! 私はテイマーの職業適性に、スキルは『温度操作』と『微生物活性化』……? この異世界、お仕事系に偏りすぎじゃない!? 夢がないよね?」

「『渡り』へのギフトは、いずれも主神様がお与えになるもの。崇高なお考えがあるのじゃよ。……多分じゃが」


 申し訳なさそうに、肩と翼をしゅんと窄めるドリン。心なしか、その高度まで下がっているように思えた。


「せめてそこは自信もってね!?」

「はっは! まあ分かってやれよ。神さんだって、上司には頭があがんねぇのさ」

「実用的なのはいいことだよ、シズ姉!」

「逞しくなったね、ツクリ……。それで、私のゴミスキルがどう鍵になるの?」

「ふむ。金属食らいの存在は、儂も耳にしたことがあるのじゃ。そやつが、何やら不可思議な呪いをばら撒いておるのではと、神間でもまことしやかにささやかれておる」

「金属喰いが微生物で、不可思議な呪いは……酵素?」

「シズクの『微生物活性化』で金属喰い共を活性化し、呪いの密度を高めれば、忌まわしき閂錠を破壊できるのではないかえ?」

「やだそれドリン! 最高のアイディアじゃない!」


 目をまん丸に見開いたシズクは、早速試行しようと『時の錠前』に両手をかざした。


「だがよぉ、神さん。スキルの扱いには、かなりの修練が必要だろ? それも、一万年も時を進めようって大事業だ」

「くっく。兄殿はシズクの妄想力のなんたるかを知らんと見えるのぅ」

「なっ! 俺はシズクの事なら何でも知ってるんだぜ! あいつが一歳の時にだなぁ……――」

「そこ! うるさい!! 妄想中はお静かに!!」

「は、はいぃ!」

「くっく……形無しじゃのう、兄殿よ」

「ドリンもね!!」

「……む。承知した」


 シズクは眼光鋭く、茶々を入れる二人を睨みつけた。


 地上に降り立ったドリンはがっくりと項垂れ、打たれ強いソダツは瞬時に立ち直り、笑いを堪えながらドリンの背を遠慮無くバシバシと叩いている。


「どういうイメージでやるの? シズ姉?」

「私ね、ビールの発酵タンクの中で、酵母が糖を食べてアルコールと炭酸ガスを生み出すミクロの世界が大好きなんだよ。どれだけでも妄想していられるくらい」

「……ぼ、ボクにはとても無理だ。シズ姉らしいね」

「えへへ。自分でも天職だと思ってるよ。だから、イメージは完璧。……細菌さん達、頑張って! 美味しい神界鉄を食べて食べて、食べまくっちゃっえ!!」


 かんぬきに存在する、腐食細菌が活動した痕跡。その一点に集中して『微生物活性化』のスキルを発動。シズクは妄想力を高めていく。


「おお! すげぇ……すげぇぞ! シズク!!」


 シズクの顔は紅潮し、額からは汗が滲み出している。


 周りの景色が色を失い、次第にマーブル状になって溶けていく。抽象画の中に迷い込んでしまったのかと錯覚する。


 手の存在すら曖昧になり、シズクの世界に存在するのはもはや、目に確かに映る腐食細菌ミクロの世界と、ターゲットである円柱のかんぬきだけ――


  ▽


「……シズク!! シズクや!!」


 どれだけ時間が経ったのだろう。


 耳元で響くドリンの叫声で、シズクははっと我に返った。


「ほら、シズ姉!! 水だよ――」

「ツク……リ? うん、ありがと」


 額についた玉の汗を袖でぐいっと拭い、大きく息を吐いてからシズクは、竹のような植物を節と節とで切っただけの水筒を、ツクリの手から受け取った。


「冷たい! この水、硬水だね。美味しい――」

「ミネラルたっぷりって感じだよね! さっき、そこの沢から汲んできたんだ」

「沢? ねえ、ツクリ? この近くに沢なんてあったっけ?」

「……お前は勝ったんだよ、シズク」

「ふぇっ?」


 目の前では、ソダツが両の掌を天に向け、「参ったよ」とばかりに軽く両肩をすくめた。その脇では、ドリンがボロボロに朽ちた金属の棒を拾い上げ、渋い表情を浮かべている。


「私……出来たの?」


 巨漢ソダツの肩口から見える森の景色に、見覚えはない。


 視界を遮っていたことに気がついたソダツがその場を離れれば、木々が適度に伐採され、陽光がたっぷり降り注ぐ広い土地がシズクの目の前に広がった。


 中央には美しい水が流れて行き、その両側には、かつての圃場と思われる平原。とても、森の中とは思えない景色だ。

 山も麓にはぽつり、ウェルテの建築によく似た木造骨と漆喰の、大きな大きな二階建ての建物が見えた。


「行こう、シズ姉!! 古代遺跡を見つけたら、まずは探検しないとだよ!」


 幼少期、好奇心旺盛なツクリにこうして手を引かれ、野山や自然の祠を駆け回った記憶がシズクの頭の中でフラッシュバックする。


「うんうん! これが異世界ものの醍醐味だよ!! ほら、カイエンもっ!」


 シズクは迷うことなくその手を取り、なだらかに傾斜する遺跡へと元気いっぱい駆けだした。

 誘いを受けたカイエンは大きく頷き、二人の後を踊るようにして追いかけていく。


「……なあ。神さん?」

「どうかしたかえ、兄殿?」


 残された「年寄り」二人は、はしゃぐ彼女たちの様子を、微笑みを浮かべて見守っていた。


「シズクのスキルの話だがよぉ……。確か『温度操作』と『微生物活性化』だったか」

「左様、左様。気の毒なことじゃな。ランク外のスキルなど、儂も初めて見るわい」

「『温度操作』ってぇと……。まさか炎とか、氷とか……自在に使いこなせるってわけじゃあ……?」

「ご明察じゃ。シズクはぶんしの運動がどうのこうのと、訳の分からぬことを言っておったわ。氷は難しそうじゃったが、炎はかるく出してみせおったぞい」

「まじかよ……。はっは! 属性の概念、ぶっ壊しちまうヤツじゃねぇか!」

「ふむ。魔法で火を扱うものは水や氷を使えんというのが、エーテリアルの理じゃの」

「そいつもやべぇが、問題なのは『微生物活性化』だぜ。俺の専門、農業とも関わるが……微生物の働きって色々でよぉ。要は、腐食や熟成を自由に操ることが出来るスキルってわけだろ?」

「よく分からんが、そうではないのかろうか。先ほど、シズクがやって見せおったではないか。『時の錠前』、高かったのじゃが……背に腹は代えられんか」


 ぼやくドリンは、錆びだらけのかんぬきを、未練を断ち切るように握りつぶした。


「詰まるところ、どんな武器や鎧でもぶっ壊せちまう上に、生物を腐らせる事も出来ちまうわけだ……。妄想力次第じゃあ、最強の毒にもなり得る」

「ほう。微少な生き物の力が、それ程とはのぉ。かの錠前は、天界で最強の破壊力を持つ力の神ギガンテの全力にも耐えたのじゃが」

「ったく、恐ろしいぜ。シズクのSSランクの認定だがよぉ。ひょっとするとカイエンの力でも神さんの存在でもなく、あいつ自身の力じゃねぇの?」

「……ふむ。一理あるのぅ。いま一度、神マニュアルを確認せねばならんか」

「そっちは頼んだぜ、神さん! 俺は、可愛い妹達と遺跡探検に行ってくるぜ!! おーい! お前らぁー!! 兄ちゃん一人おいていかないでくれーー!!」


 ゴーレムとカイエンが暴れ回ったおかげで、周囲の魔物は山奥へと逃げ込んでいったようだ。


 敵がいなければ、武器など邪魔で重いだけ。

 鞘に収まった剣を放り投げ、ソダツは二人の後を追って、醸造所の敷地へと駆けていく――

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