6.ごーるでん
沈みかけた太陽――智球を照らすものと同じ存在らしい――が放つ茜色の光を受けたその体は、さながら黄金の塊。木立の影にあって、圧倒的な存在感を放っている。
「じゃが、妙じゃのぅ。『ごーるでん・あるふぁか』は愛くるしい見た目に反して、性格は獰猛そのもの。目の前に動く物がおれば、同族だろうドラゴンだろうと……前に遭遇したときなど、神たる儂にも攻撃を仕掛けてきおったというのに」
「ドリンはともかく……同族にも!?」
「かっか! 神の威厳も地に落ちてしもうたのぅ」
「それも自業自得って事でよろしくね」
「仕方あるまいな……。で、その攻撃性ゆえ、いつ見てもきゃつは孤独じゃった」
「そのせいで数が少ないんだ――……って! 日和ってる場合じゃないよ! なんだか様子がおかしいよね、あの『ごーるでん』ちゃん!」
シズクは立ち上がり、ますます動きが鈍くなっていく『ごーるでん・あるふぁか』の許へと急ぐ。
「こ、これ、シズク! 危ないと言っておろう! お主にはゴ……――こほん。戦闘系のスキルは一つも授けられてはおらんのじゃ!」
「ゴ? ……ねえ、ドリン? 私って、大事な大事な醸造家なんだよね? 一緒に夢を叶えるパートナーだよね?」
「ほっほ。神を脅迫するとは、豪胆な奴じゃ。安心せい、儂がきっちり守ってやるとも」
「大好きだよっ、ドリン!」
目を合わせ、ごーるでん・あるふぁかの側に駆け寄った二人は並んで膝を折った。
艶やかな金色の体毛に覆われた体は震え、つぶらな瞳は輝きを失っている。それでもなお、手足をジタバタと精一杯動かし、二人を牽制している様は、さすがは戦闘種族といったところだろう。
「やはり妙じゃ。警戒心の強い此奴が、これほどの接近を許すとは」
「うわ……ふっかふかだぁ」
魅惑のもふもふに誘われ、シズクはそっと手を伸ばす――
「止めい! シズク!」
「ひゃう!」
「見た目に惑わされてはならぬ! 此奴が体内で作る毒にあたれば、人間など即死じゃ。手足の爪先からはもちろん、体中の毛根から毒を噴出しおるのじゃぞ!」
「ど、毒!? 気をつけるよ。……だけど、この子。今はそれどころじゃないみたい。呼吸が苦しそうだし、息も熱っぽい」
「そうじゃのぅ……。必死に何かに抗っておるように見えるわい」
「……抗う、か。ねえ、ドリン! 『ごーるでん・あるふぁか』って、火を吐いたりする?」
「いいや。そのような能力は無いはずじゃ」
「だったら――……かも」
「? なんじゃと?」
「ドリン! 私の腕を毒から守って! 早く!!」
「考えがあるのじゃな。承知したぞ!」
ドリンが両手を添え、呪文を唱えると、淡い緑の光の膜がシズクの右手指先から肩のあたりまでを覆った。
「ありがと。信じてるよ、女神様!」
シズクは、『ごーるでん・あるふぁか』のお尻に回り込んで尻尾を持ち上げ――
「し、シズクっ!? お主、一体何を……――ッ!?」
魔法の膜で守られた細腕をその肛門へと、慎重かつ大胆に突き入れた。
「……何って? 直腸内検診だけど?」
「分かるが……。随分と思い切りが良いのぅ」
「えへへ。驚いた? 私の故郷、卜島はね、人より牛の方が多い場所なんだ。でもね、獣医師さんはそんなに多くはないの。私の腕って細いでしょ? だから、よくお手伝いしたんだよ。もちろん手袋を着けてだけど、多いときは一日に三十――」
「きゅううぅううん」
慣れない刺激に困惑しているのだろう。ごーるでん・あるふぁかは弱々しくも高い声を上げ、横になったまま体をくねらせている。
「……うん、うん、大丈夫だよ。絶対良くなるから、安心してて、ね? ごーるでんちゃん」
なだめるように声をかけながら、シズクは空いた左手でごーるでんの背中をゆっくり優しく撫でていた。
「凄い熱……。それに、胃がパンパンに膨らんでる。内容物が異常発酵してるんだ」
そう言ってシズクは、ごーるでんの内臓を傷つけないよう、ゆっくりと腕を引き抜いた。
さすがは神の魔法といったところか。シズクが腕を一振りすれば、覆っていた光の膜と一緒に、汚れも毒も匂いも、全てが消え去った。
「胃……とな? 傍らに『火瓜』の食べ残しが転がっておったが……よもや此奴、アレを食いおったのか!?」
「ひうり? 火の、瓜……?」
初めて聞く名に、シズクははてなと首を傾げた。
ドリンは魔力を操作し、森に蔓延る蔓の先から燃えるように赤い、ひょうたん型の果実を穫って浮かべて見せた。
「……これじゃよ。この『火瓜』は、儂らが火吹きの宴会芸に使うこともある果実でのぅ。特定の液体と反応して発火するという特性を持っておるのじゃ」
「神様もやるんだ!? 宴会芸!」
「ま、稀に……ごく稀に、じゃぞ」
ドリンは後ろ頭で手を組み、唇をとがらせている。
「それにしても、特定の液体かぁ。口の中なら唾液かな……それとも、胃酸?」
「此奴は大方、儂らを炎であぶって食おうと企んでおったのじゃろう。『火瓜』を喉元に留めたはよいが、儂の叫び声に驚き飲み込んでしまった……といったところかの」
「話の端々が不穏なんだけど!? ……もし飲み込んじゃったら、どうなるの?」
「火の玉を飲み下したようなものじゃ。お主ら人間であれば、内臓が溶けてあっという間に死に至るじゃろうな」
「イセカイ、コワイ」
「エーテリアルで拾い食いは厳禁じゃぞ?」
「智球でもしないよ!」
「ん? お主の記憶によれば、確かドイチで――」
「わーわー! それは止めて! 乙女の秘密だよ!!」
「くっく。……じゃが、此奴は幻獣。炎や熱への抵抗力は、かなり高いはずじゃ」
「特定の液体に熱、それから果実……。ねえ、ドリン! さっき、あるふぁかは胃の中でお酒を造るって言ってたよね!?」
手をパンと叩き、シズクは声を張り上げた。
「いかにも。果実を食わせ、穀物の煮汁を飲ませれば、数日後には酒精を含むゲ●を吐き出すのじゃ!」
「ゲ●ってとうとう言っちゃったよ! それ、それだよ! あるふぁかの胃のどれかに、酒造の酵母が棲んでるんだ!」
「ほう、ほう。酵母、とな。先ほどの木酒と同じじゃな」
「うん。でも、種類が違うと思う。信じられないけど、あるふぁかの胃に棲む酵母は多分、超高温で活発になる種類……。『火瓜』の糖は餌になるし、胃の中の温度も一気に上げたから、急激に発酵が進んじゃったんだよ! 放っておいたら……ガスで内から爆発しちゃう!」
「それはいかん、いかんぞシズク! この出会いはまさに千載一遇! 此奴の存在が、ウェルテに入村するための切り札なのじゃ!」
「もう! 今はごーるでんちゃんを助けることが最優先でしょ! とにかく動かないと。この子が暴れて怪我したりしないように……出来る?」
「無論じゃ!」
処置中の予期せぬ動きは、互いの危険を招く。
ドリンが人差し指を立て、くるくると回せば生まれる魔力の輪が五つ。身動きが出来ないようごーるでんの体を優しく縛った。
安全を確認したシズクは、激しく活動するごーるでんの腹部にそっと手を触れた。
「今度は触診かえ? お主は何でも出来るのじゃのう……」
「ここから先は見よう見まね。今は、やれることをやるしかないから!」
「その勇気、感服するわい」
「……動いてる。胃、この辺りだ――……熱ッ!!」
毛皮を通してでも、瞬時に火傷するほどの高温だ。堪らずシズクは手を離し、冷ますようにひらひらと振った。
「問題の胃の場所は分かったけど……どうしたらいいの?」
目を閉じ、シズクはふるさと卜島での記憶をたどる。
「……切開!? でもでも、刃物は無いし、雑菌が付いてたらもっと危険。どうしよ、どうしよドリン! ごーるでんちゃん、死んじゃうよぉ……」
「落ち着け、まずはお主が落ち着かんでどうする」
「でも……でも……!」
「ふむぅ……。そうじゃ! お主先ほど、此奴の胃に棲む酵母とやらが、熱で活発になると言っておったな」
「酵母は星の数ほど種類があるの。智球では、こんなに高い温度で活性化する酵母なんて存在しないよ! だけど、ネクタリアで進化したごーるでんちゃんは、超高温に耐えるタンパク質とか、特殊な酵素を持ってるのかも――」
ごーるでんの呼吸の音が、ますます減弱していく。
窒息か破裂か。死神の鎌が二つ、その長い首に今にも振り下ろされそうだ。
「かっかっか! なぁるほど……。これで合点がいったわい!!」
「どうしてこんな時に笑ってられるのよぉ……」
「使いどころがわからず黙っておったが……やはり僥倖!! お前さんが授かったゴ……――否、超絶スキルでこの状況を打破できるぞ、シズク!」
「ふぇっ!? スキル? 私の??」
興奮した様子でドリンはシズクの両肩を力強く掴み、前後に激しく揺さぶった。
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