48.命名!!
「――……」
ドリンは口を真一文字に結んだまま。
「……最後は、貴様の頑張りに百樽だ。これ以上は譲れん」
腕組みしたまま捨てるように言い、ルーカスはぷいっとそっぽを向いた。
「はっは! こりゃあ前代未聞だぜ! 醸造所長を差し置いて、いち兵隊が勝手に配分を決めるとはよぉ。なあ、シズ――」
ゲラゲラと笑い、口元に笑みを残したまま振り向くソダツ。視線の先ではシズクが、その瞳にたっぷりの涙を浮かべていた。
「――……ま、そうなるよな。シズクはこういうベタなのに弱いんだ」
ソダツはすんと息を吐き、小さく肩をすくめた。
「だって、だってぇ……。わかるでしょぉ、ツクリぃいぃ! 私、嬉しくて……嬉しくって! ドリンの事、皆が好きになってくれたのが嬉しくてぇぇえ」
自分より頭一つ分小さなツクリに抱かれ、シズクはわあわあと泣いていた。
「シズ姉。本当に良かったね。……それじゃ、配分どうする?」
「好きなだけ持って行ってよぉお! ビールはまた造ればいいんだからさぁ……。持ってけドロボーだよぉ!」
そんなシズクの発言にも、醸造所メンバーはただけらけらと笑うのみ。誰一人、異論はないようだ。
「……全神会議へは、ロットナンバー0201以降だ! 主神オリオンデ様への供物としては不躾だろうが、これだけはけじめだ。絶対に譲れん! どのような神罰も、我が一人で受けよう」
言い出したからには、とルーカスが元衛兵長の指導力を発揮する。
「ルーカスよ、ありがとう。其方の心意気、しかと承知した。オリオンデ様は必ず理解してくださる。初物はウェルテの先人達に、その約束は儂の命に代えても果たすとも――」
言って、微笑みで満たされたドリンは、背中に五対の羽を生やして浮かび上がった。その背中にはやはり、小さな光の円環が見える。
「うわぁ、また出たよ。あの翼」
「……意外と、単なる演出じゃないのかもねー」
ドリンが左手をくいっと動かすと、ロットナンバー0001~0100の樽が醸造所の地下室からふいっと消えた。
「ルーカスとの盟約に従い、儂の神殿に百樽のびぃるを転送したぞい。ウェルテの先人に振る舞う分じゃ」
「おおー! 転送の奇跡だ!!」
「奇跡? 魔法とは違うの?」
「うん! 私達が使ってる理論魔法じゃ絶対に出来ないんだよ! アレ!」
ツクリは両手を組み、興奮した様子でぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「……ねえ、ドリン? もう一人で全部飲まないでよ」
「無論じゃ。かように哀しい酒は、もうこりごりじゃからの」
ドリンが肩を落とすと、十枚の羽も同時にしょぼんとなって垂れ下がった。
「間違いがあってはいかんからのぉ。全神会議の会場、オリオンデ大神殿へのびぃるを送るのは、ウェルテになんばぁ0101から0200を運び出した後じゃ。どれ、儂も手を貸――」
一同の期待の眼差しが、ドリンのアクアマリンの瞳に降り注いでいた。
「……ねえ、ドリン? さっきの『奇跡』、もう一回お願いできないかな?」
「もう一回! もう一回!!」
醸造所の地下室に、ハイテンポな手拍子の音がこだまする。
「お、お主らの頼みを断るのは心苦しいのじゃが。神力で地上の理を曲げるには、大量の神ポイント使うのじゃよ。……その、それに儂は――」
「神さんの言いたいこと、よーく分かるぜ!」
もじもじと人差し指を合わせて口ごもるドリンの肩を、バシバシとソダツが叩く。
「最後まで自分たちの力でやり遂げよう、って言いてぇんだろ? なぁ、神さん?」
「あ、兄殿っ! 本当にお主というヤツは!」
感極まったドリンは勢いをつけ、ソダツの腰の上辺りに飛びついた。
「……ま、まぁそういうわけだが、ここは地下だ。ビールがパンパンに詰まった樽を運び出すのは容易じゃねぇ」
「力持ちのカイエンも、地下までは入ってこられないからねー」
「だが、やってやろうぜ! いち人間として頑張ってくれた、神さんの働きに応えるためにもよぉ!」
「兄殿……お主の存在に、儂はどれだけ支えられたか」
至近距離で見舞われるドリン必殺のうるうる目には、豪傑の心も揺らいでしまうようだ。ソダツは、恥ずかしそうに小さく頬を掻く。
「か、勝手に終わんなよ。神さんと俺たちの関係は、これからだろぉ!」
「うむうむ、そうじゃの。地上の民と手を取り合う事が、これほどの喜びとは知らなんだわい。お主たちとの歩みは、これからも続いていくのじゃな」
「そういうことだぜ。よぉし、それじゃあもう一仕事。このバカ重い樽を、ウェルテに運び出すぜぇ!」
「「アイアイサー!!」」
ソダツが拳を突き上げると、農業班を中心に威勢の良い声が上がった。ソダツの仕込みに違いないが、もはや何の集まりかも分からない。
シズクとツクリは目をあわせ、しょうがないなぁ、と肩をすくめた。
「……おぉ、そうだシズク。いつまでも『野生酵母のビール』では味気ないと思わねぇか?」
「そうそう、銘柄っ! ボクも気になってたんだ、ウェルテ醸造所、オリジナルビール第一弾の名前!」
ソダツの問いかけに、ツクリもぱんと両手を合わせて同調。
「えへへ。……実はね、もう考えてあるんだ。誰にも相談してないんだけど」
柄に名も無く小声で、もじもじし始めるシズク。
静寂が訪れた地下室の中、シズクを半円状に取り囲む醸造所メンバーの耳は大きくなっている。
「いいんじゃねぇか? 話し合って決まるもんでもねぇし、そういうのは、マイスターの特権だろぉ? なぁ?」
ソダツが目配せをすると、醸造所メンバーは皆、大きく首を縦に振って答えた。
「さあ、聞かせろよ、シズク。とっておきの、名前」
「そんな前振りされると、緊張するよぅ……」
一同の熱い眼差しが、シズクに注がれた。シズクは顔を伏せ、顔を赤らめる。
そして、ふるふると首を左右に振ると、勢いよく顔を上げた。
「――……『天上の揺り籠』!」
目をぎゅっと閉じ、シズクが言い放つ。
「天上の……揺り籠? どうしてそれに決めたの、シズ姉?」
「ドリンやカイエン、ウェルテの皆との出会い。いろいろな奇跡が生まれたこの場所で、屋根裏の揺り籠が育ててくれたビールだから! ……変、かな?」
薄目を開けるシズク。全員の口端は緩まっていた。
「ばっかいえ! 最高に決まってんじゃねぇか!」
「ほっほう……さすがはシズクじゃわい。よいネーミングではないか」
「うんうん。ボクも賛成、大賛成!!」
「今夜は『天上の揺り籠』で大宴会だぜぃ!!」
これまでで一番威勢の良い声が、狭い地下室をぐらぐらと揺らす。
シズクは、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
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