27.四人で晩ごはん

 日はとうに落ち、空一面を染めていた茜色は、群青の勢力に西の山際へと追い込まれてしまった。間もなく、夜の帳が下りるだろう。


 山肌に転がっていた石灰岩を積み上げて作った即席の竈には、ソダツが愛用している鋳鉄の、黒光りする16インチの特注スキレットが鎮座。十分に熱された鉄板上では油が跳ねて踊り、じゅわじゅわと食欲をそそる音楽を奏でていた。


 カイエンの毒は出し入れ自在だ。奥山で見つけたワイルド・ディアをシズク達が食べると知った彼は、爪の毒を完全に消し去り、一撃で獲物を仕留めた。それを、故郷、卜島いちの猟師である父に習ったソダツが手早く解体。


 木につるされた枝肉をシズクが『微生物活性化』のスキルで熟成している間に、器用なツクリは竈と火の準備を進める――


 流れるような三人と一匹の連係プレーで、恐ろしいほどスムーズに食卓は整えられた。

 旅慣れたソダツとツクリが人数分持っていたメスティンの中には、十分に火が通った鹿の切り身が既に盛り付けられ、手招き代わりの湯気を立てている。


「いっただきまーす!」「きゅっきゅきゅっきゅきゅー!!」


 手を合わせる三人と一匹の声が、ぴたりと声が揃う。


 神が地上の営みに感謝するのは不思議な気がするが、ドリンも一同に倣ってみせた。カイエンもまた、後ろ脚で上手にバランスを取り、前脚をちょこんと合わせている。


 待ってましたとばかりに、メスティンを持ち上げ、一斉に焼き肉を口に含む。それが口の中ではふはふと踊れば、わずかに漏れ出す白い蒸気。やがて一同は、その美味に酔いしれ、目を細めた。


「かぁー!! うっっっめぇ!! 衛生管理が難しいからよぉ、きっちり熟成した肉なんて、エーテリアルじゃあ超高級品なんだぜ」

「死後硬直でカチコチのお肉、何度も食べたよねー……」

「はっは! 俺たちが無事なのも、こうやって美味いメシにありつけるのも全部、シズクのゴミスキルのおかげだなぁ!」


 すっかり上機嫌なソダツが、バシバシと力一杯シズクの背中を叩いた。


「もー、いちいち『ゴミ』の部分を強調しなくていいんだよ、兄さん!」

「いくつになっても変わらないね、お兄のそういう所。……味はどう? シズ姉」

「私、異世界ごはん楽しむ前にここまで来ちゃったから、お肉自体が久しぶりなんだよ。鹿肉は、智球のとあんまり変わらないね。とっても美味しいよ」


 頬に手を添えるシズクの顔は、先ほどから緩みっぱなしである。


「獣の肉は、智球のとよく似てるんだ。幻獣だと、ドラゴンの肉は種族や部位によって味も食感も違って面白いし、オークは豚肉系かなぁ。リザードはさっぱりしてて美味しいし……なんと言っても、私の一押しはコカトリス! 運動量が凄いから、地鶏みたいで味も食感も抜群なんだよ!」

「ほよよ……そんなに種類が。異世界ファンタジーしてる、って感じでいいね!」

「シズ姉とも、いっぱい冒険したいなー。見てほしい景色も、一緒に食べたい食べ物も沢山あるんだ。……はいっ! ボクが考案したハーブ塩のプレゼント。大体のお肉は、これでワンランクアップ!」


 革製の小さなポーチから、白や緑、黄色の混ざった粒をひとつまみ。ツクリは、大皿の肉にパラパラと回しかけていく。


「おぉ! 待ってたぜぇ、ツクリ! ほら、もう一切れいってみろよ、シズク! この塩が絶妙なんだ! ……ツクリの国、ウッドヴァルじゃあ、もはや家庭の味らしいぜ。海を渡ったネクタリアでも今、一大ムーブメントが来てやがる」

「そうなの!? じゃあ早速――……うん! キリッとした岩塩の辛みと、ハーブの香りが肉の甘みを引き出してるね! 凄いぞー、偉いぞー、ツクリは!!」

「えへへっ」


 シズクが緑の艶やかな髪を撫でると、ツクリは顎を上げ、むふふと満面の笑みを浮かべた。

 その恍惚とした表情は母猫のおなかの上で眠る子猫とうり二つで、喉元から、ごろごろと音でも聞こえてきそうである。


「シズ姉はまだ食べてないんだよね、ウェルテの名物のパンケーキ。店ごとに小麦粉の配合が違ってね、特徴はもっちりふわふわ食感! 山羊バターにたっぷり蜂蜜がかかってて……極めつけはホイップ! 最っっ高だよ!」

「な、なにそれ! うらやましぃいいィィ!!」


 突如、シズクは叫声を上げた。ついでに、見えないハンカチの端を噛みしめて引き

ちぎるフリをしている。


「そ、そんなに!? パンケーキは逃げないから、大丈夫だよ、シズ姉。また今度、食べ歩きしようね」

「もっちろん! おすすめ全件回りきるまで逃がしません!」

「どこまでもお供いたしやす!」


 にやりと笑い、二人はがっちりと握手を交わした。いつの世も、どんな場所でも甘いものは正義である。


 兄妹のそんな微笑ましいやりとりを見ていたソダツはがらがらと、ドリンがけらけら笑えば、場は一層賑やかになっていく。


「……ところでよぉ、シズク。お前は俺たちと会うまでどうしてたんだ?」


 笑いが一段落すると、ココナツの実を半分に切ったような椀に満たされたあるふぁか酒をあおって、ソダツが重々しく口を開いた。 


「どうしてたって……。私がネクタリアに来てから、まだ何日かしか経ってないんだよ。印象的なことと言えば、突き落とされた事とか、生卵を投げつけられたこととか、カイエンに焼き殺される所だったくらいかな?」

「きゅぅぅ……」

「それって結構ハードモードだよね!? ボクの四年より濃いくらいだよ!」

「しかし数日……か。解せねぇのはそこなのさ、シズク。俺は落とされた国、ハルヴェストリアで三年修行して、ネクタリアに渡ってからはちょうど一年、転移四年生ってわけだ。ツクリはどうだ?」

「ボクも同じくらいかなー。ソダツ兄との転移のタイミングにも、少しはズレがあったみたいだけど。それでも、数ヶ月くらい」

「私も気になってたんだよ。……ねえ、ドリン? 私の転移って、どうしてこんなに遅くなっちゃったの?」


 ほろ酔いの、とろんとした目でシズクはドリンを見つめた。


「へぃ? ふぁ……? そ、それにしてもうまいのぉ、この鹿肉は! 妹君の調合した、はぁぶ塩とやらも絶品じゃわい! 天界にも、かような美味はあるまいて!」

「誤魔化してるつもり? 周回遅れだから、その話題」

「ひゃい! しょ、そうじゃったかのう?」

「また噛んでるし。ドリン、さっきから変。また何か隠し事してるんだね? ……話して」

「……怒らんかえ?」

「場合によるとしか」


「――だな」「――だね」


 三兄妹の言葉が流れるようにつながっていく。


 気がつけば、一同はメスティンを膝の上に置いて腕を組み、真剣なまなざしでドリンの瞳を見据えていた。

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