9.再訪ウェルテ村

「……ふつーはこんなにあっさり入れるんだね。ウェルテ村って」


 ウェルテから全力で走って半刻の、名も無き森で行われた出会いの祝宴。その翌日。

 浴びるほどに木酒とあるふぁか酒を飲ったにもかかわらず、二日酔いをすることはなく寝覚めは快調。撤収を済ませてのんびり歩き、ようやく昼前といった頃合いだ。


 『渡り』のシズクと、カイエンと名付けられたごーるでん・あるふぁか。そして、智球のフェレット似た小動物、純白のフェレティナに化けた駄女神ドリンの姿は、春の柔らかな陽光が降り注ぐウェルテ村にあった。


「かっか! さすがは儂の立てた作戦じゃ! 上手くいったわい」


 シズクの肩の上に二本の後ろ脚で立ち、短い前足は彼女の側頭部へ。鼻息を荒くしているのは、白いフェレティナ、ドリン。

 正体がバレてしまっては、また生卵の洗礼を浴びることになってしまう。ネクタリアの悪神かつ駄女神ドリンは、誰にも聞こえない程の小声でイキっていた。


「『上手くいったわい』じゃないよ! 『渡り』が、身分証明を免除されるなんて聞いてない!」

「忘れておったのじゃ。いつかの神会議で、そのような取り決めがなされた気がするがのぅ」

「会議? ま、まさかドリン! 会議中も飲んだくれて寝てるとか!?」

「んなっ! にゃ、にゃにを馬鹿げた事を!!」

「……噛んでるし。もう駄目だよこの駄女神」

「むぅ! 『駄』などと、二度も言うのは酷いであろう!」

「怒るとこそこ? ……はぁ。もうドリンには何も期待してないからいいんだけどね……」

「かっか! 至極まっとうな意見じゃの!」

「開き直ってるし……。とにかく、今回の圧倒的MVPは、『主神』オリオンデ様の遣い、カイエンだよっ!」

「きゅ! きゅうぅ!」


 カイエンの背にまたがったままシズクは、カイエンの長い首を二度三度と優しく撫でた。


 駄女神ドリンとは違って、信仰を集めるエーテリアルの主神オリオンデ。酒を生み出す幻獣あるふぁかは、ここネクタリアで主神の遣いと信じられている。

 中でも、女神ドリンでさえ千年前に一度きりしか遭遇できなかった希少種ごーるでん・あるふぁかは奇跡の存在だ。


 黄金に輝くカイエンの圧倒的存在感を目の当たりにした衛兵が、大慌てで村中に喧伝すれば、瞬く間に全村人が門前に集合。村長までもがカイエンの前に跪き、涙を流しながら祈りを捧げる始末だった。

 当のカイエンも、はじめは動揺していたが、気がつけば長い首を天に突き上げ、まんざらでもないと言った様子で、大きな鼻の穴から何度も息を吐き出していた。


 さらに追い打ちをかけたのは、極上品とされる『ごーるでん・あるふぁか酒』の存在だ。昨日の残りと、カイエンの口から吐き出されたばかりのそれを、惜しげも無く振る舞えば完封。

 数日前の騒動を謝罪するばかりか、諸手を挙げてシズクを迎え入れてくれた、と言うわけだ。


「でも、衛兵長さんだけは怖かったなぁ……。フェレティナのこと、ずっーとドリンが化けてるんじゃないかって疑ってたもん。調査の魔導具? で何度も確認されたし、変な匂いがする薬もいっぱいかけられたね」


 けれど、衛兵長のルーカスだけは違った。ただの小動物にしか見えないフェレティナを睨みつけていたし、村長の制止すら振り切って、数々の検査を断行した。


 ドリンは終始自信満々な様子であったが、バレてしまうのではないかと、シズクの心拍が上がりっぱなしであった。今もどこかで見張られているのではないかと、どうにもそわそわしてしまう。


「くっく……傑作じゃったわい。見たじゃろ、奴の間抜け顔! 愚民ども、まんまと騙されおったわい。人間ごときの魔法で、この儂の擬態を見破れるはずなかろう! 思い出せば今でも笑えてくるわ!」

「もう、愚民とか騙すとか、神様がそんなこと言わないの! ドリンがそんなんだから、悪神なんて言われちゃうんだよ!」


 シズクは、肩の上に二本足で立って胸を張るフェレティナの、とがった鼻先を、人差し指でぐいっと押した。


「むぅう……」

「ま、全部結果オーライだよね。生卵は一つも当たらなかったし、こうやってカイエンにも出会えたんだから! ねー?」

「きゅ!」


 カイエンは嬉しそうに短く鳴き、シズクの頬にふわふわの首をこすりつけた。


「儂が授けたスキルの存在を、忘れてはおらんかえ?」


 妬いているのだろうか。シズクの肩には、拗ねるように唇をとがらせるフェレティナが一匹。


「スキル? ドリンがずっと隠してたゴミスキルの事?」

「う……ぐぅ。じゃから何度も謝っておるじゃろ! 神マニュアルにランク外と書いてあった故、ハズレだと思い込んでおっただけなのじゃ……」

「冗談だよ! 持つべき物はハズレスキル! 実は超絶スキルでした……なんて、ラノベではよくある話なんだから!」

「かっか! 和本人は前向きじゃわい。スキルが低ランクゆえ隠居を選ぶ『渡り』も、少なくはないのじゃぞ?」

「もったいないよねー。私、ウェルテまでの道中いろいろ試してみたんだけど、この『温度操作』のスキルって、とっても凄いんだよ!」

「……ほう。その心は?」


 シズクの意外な言葉に、ドリンは首を傾げた。

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