33.新たな仲間
「――……つまりは、醸造所に住み込みで農業、建屋や各種設備の修繕に携わる人材を求めていると。それさえ叶えば、秋にはびぃるの復活が可能……ということですね、シズクさん?」
ギルドの受付嬢エルミナは、最前列に陣取って誰よりも真剣にシズクの話を聞き、要点を丁寧にメモしていた。彼女は、腰に差した水筒をそっと差し出し、説明を終えたシズクに問いかけた。
「ありがと、エルミナさん! ……ぷはぁー。生き返るぅ!!」
緊張感溢れるドリンの謝罪会見からまさかの講演会へと続き、すっかり喉が渇いていたようだ。シズクは手渡された水を一気に飲み干し、口元に付いた水滴を手の甲で拭った。
「そうなんだよ。だけど、ウェルテの人達には、普段のお仕事もあるよね。難しい……かな?」
「ウェルテの農業は、これからが繁忙期ですから」
「はっは! 春に腕ぶん回さねぇ農家はいねぇわな!」
「うぅ……。だよねー」
シズクが肩を落とすと、ソダツは豪快に笑いながら彼女の肩を叩いた。
「……では、ギルドに依頼を出してみてはいかがでしょう? 報酬を支払う必要はありますが、三食昼寝付き、完成したびぃるが飲み放題ということであれば、依頼を請ける冒険者は沢山いるかと」
「いい考えだね、それ! さっすがエルミナさんだよ! ……あ。だけど私、ネクタリアでお金、見たことすらないや」
頭にげんこつを当て、シズクは小さく舌を出してはにかんだ。
「どこまでシズ姉だねー……。ほんと、それでよく生きてこられたよ」
「『困ったときは誰かを頼れ、ひたすら頼れ!』コガネ家の家訓だよ!」
シズクは得意げに胸を張り、親指を立てて見せた。
「はっは! なら今回は俺たちの出番だな。なぁに、金の事なら心配要らねぇ。俺にもツクリにも、使い道のない貯金がたっぷりあるからなぁ」
「……お二人がギルドに預金している残高でしたら、Bランクの冒険者を十人、今から四年は雇用できそうですね」
すぐさま懐紙を取り出したエルミナは、既に計算を終えたらしい。
「そ、そんなにっ!?」
「世界に名だたるAランク冒険者ですから!」
「偉いぞー、ツクリ! 持つべきものは、頼れる兄妹だねー」
ちょうどいい高さにあるツクリの髪を、シズクは優しく撫でてねぎらった。
「えへへー」
ツクリは恍惚な表情を浮かべ、それを満喫している。
「報酬さえもらえれば、力は貸せる。……俺たち冒険者にとって、新しい挑戦ほど魅力的なものはないからな。千年の時を超えたびぃる造りとなれば、その辺で冒険するより、よほど楽しませてもらえそうだ。しかし、問題は――」
スキンヘッドの冒険者が、シズクの背後からぬっと顔を出す。彼はランディという名のベテラン冒険者で、先日、シズクに野営道具一式を貸してくれた人物だ。
「うん。鍛冶や木工、魔導具周りだよね。ここだけは、専門の技術者じゃないと厳しいよ」
そう言いながらツクリは、ウェルテで交流のある家具職人、鍛冶職人や錬金術師たちに目配せをする。しかし、彼らは皆、その視線を避けてしまった。
「あれ? ……みんな?」
どうやら、ルーカスの存在が周囲に影響を与えているようだ。長年、ウェルテで衛兵長を務めたルーカスの影響力は、意外な程に大きいらしい。
「……おいおい、日和ってるんじゃねぇよ! 醸造所にはあんたも来るんだぜ、ルーカスのおっさん!」
「なッ!? 何をふざけた事を――」
突拍子もないソダツの言葉に、ルーカスは声を裏返して反応した。
「何言ってるんだよ、ソダツ兄! この流れで、どうしてそうなるのさ。……冗談も、休み休みにしなよ」
「はっは! 俺が伊達や酔狂でそんなこと言うかよ。ほらほら、コガネ家集合だ!」
自信満々な様子でソダツが手招きすれば、シズクとツクリ、そしてドリンが肩を組んで円陣を作る。カイエンもまた、長い首を伸ばしてその輪に加わった。
「俺は知ってんだよ。ルーカスのおっさんが、神さんの脅威から村を守るためだけに生きてきたって事をな。……ネクタリアは平和な国だろ? こっちからつっつかない限りは魔物も襲ってこないし、戦争だって一つも無い」
「……そっか! 兄さんが言いたいこと、分かったよ!」
「え! ちょっと待って、ボクにはさっぱり……」
「なあ、ツクリ。神さんとネクタリア人が和解なんてしてみろ。ルーカスのおっさんは、衛兵長どころか――」
「あぁっ!? ……無職だっ!」
両手を口元に添え、あわわとツクリは震えだす。
「だからルーカスさん、あんなに目をギラつかせてたんだねぇ……」
「かような哀しい職を生み出して待ったこともまた、儂の業であるのじゃな」
「だな。ほら、こっち来いよ、おっさん!」
コガネ家が作る輪のすぐ近くで耳を大きくするルーカスを、ソダツは円陣に招き入れた。
「……聞こえたてただろ? 間違いねぇよな、ルーカスさんよ」
「ば、ばば、バカげている!! 決してそのような事は――」
「無理すんなよ。あんたも気づいてんだろ? 潮目が変わっちまったことをな」
ルーカスの肩に優しく手を添え、ソダツはゆっくりと首を左右に振った。
促されて顔を上げれば、ウェルテの民がルーカスに向ける目つきが変わっている事は明らかだった。それは尊敬ではなく、変化を拒む者に対する侮蔑に近い。
「もう折れとけよ。絶対に損はさせねぇ。あんたの失職は、俺たちがかき回したせいでもあるんだ」
「ぐっ……。し、仕方あるまい。だが、勘違いするな! 私が行くのは、一番近くで悪神の監視を続けるためだ!」
「はっは! それでいい。上等だぜ」
ぶっきらぼうに輪を抜けたルーカスは、剣を掲げて声高らかに宣言する。
「皆! 我は此奴らとともに行く! 悪神が妙な行動を取れば、即刻断罪してやる! ウェルテの平和を守るためだ!!」
一枚岩というわけではない。ウェルテの民からは、まばらながらも拍手が起こった。
ルーカスが懐柔されたのであれば、もはや遠慮することはない。氷解した空気の中に、再びツクリが目線を配る。生活がある故、首を横に振る技術者が多数だが、喜びと興奮に身を委ね、諸手を挙げる者もいた。
「うん、うん。こっちも何とかなりそうだよ! シズ姉!!」
「やった! ……よーし!」
シズクは再びカイエンの背中に登り、声を張り上げた。
「ウェルテの皆と女神ドリン、『渡り』による文化復興イベント、開始だよっ!! 報酬は、たっぷりの金貨に三食昼寝、浴びるほどのビール!! 一緒に来る人、カイエンの所にあつまってー!!」
わあわあと、広場には今日一番の歓声が巻き起こった。
昼下がりには決まって颪が吹き、穂を出し始めた小麦畑を賑やかに揺らす。めえと、山肌では羊が騒ぎ始める頃合いでもある。
しかし今日ばかりは、彼らもすっかり人の熱気に圧倒されてしまったようだ。
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