12.神のイカリ
『ど、どうしたのじゃ、シズク? お主らしくもない……』
突発的な行動に、怒りを滲ませる低い声。
いつもと違うシズクの様子を怪訝に思ったドリンの《念話》の声が、シズクの脳内に響いた。
「言うに事欠いて『おじさん』とはな。この国でワシの恐ろしさを知らんとなれば……貴様、辺境の民か?」
「初めて会う人の事なんて、知ってるわけ無いんだけど?」
「なめた口を!! このガキがぁ――」
「ギルド長、お控えを。ここはオリオンデ様の庇護下にある、神聖なるギルドでございます。私にならともかく、初対面の相手にそれでは、無礼が過ぎるのではありませんか?」
「……フン。ならば聞けぃ! ワシこそはゴルゴン! ネクタリア国、全域ギルド長となる男だ!」
「まだそんなに偉くないって事だけは分かったよ。……気乗りしないけど、一応名乗っとく。私はシズクっていうの。コガネ・シズク」
「なッ……! 家名持ちだと!? だが、コガネ? 聞かん名だ」
「そりゃそうだよ。私、ネクタリアに来たばかりの『渡り』なんだから」
「ちっ! また『渡り』か。近頃多すぎるだろう。あの駄女神、またヘマでもやらかしたか」
『あぁン……?』
ドスの利いたドリンの声がシズクの頭の中に響き、肩口からは邪悪なオーラが立ち上っていた。
「コガネ・シズク……様?」
顎に人差し指を添え、たおやかに首を傾げる受付嬢エルミナ。
紫の艶深い長髪を後ろで纏めた美人で、左の眼窩に嵌めたモノクルが知的な雰囲気を醸していた。
「今朝ごーるでん・あるふぁかに乗って来村した『渡り』の女の子! 今、村中で話題になっていますよ!」
「そ、そんな……美少女だなんて」
シズクは頬を赤らめながら、照れくさそうに後ろの髪を弄る。
「くすっ。そこまでは言ってませんよ? もちろん、そういう噂も聞かないわけではありませんけどね」
冗句を受け流したエルミナは、柔和な笑みを浮かべていた。
「ご、ごご、ごーるでん・あるふぁか……だと!? 戯言を! アレは伝説だぞ!? 発見は我がギルド数千年の悲願! 貴様のようなガキに見つけられるはずがなかろう!」
ゴルゴンは、手にしていた羊皮紙の束をカウンターに叩きつけ、シズクに詰め寄った。
「疑うんだったら見てきなよ。入り口、通れそうになかったから、今は外で待ってくれてる」
「……おい」
顎をくいっと上げ、手下に指示を出すゴルゴン。職員とおぼしき身なりのいい男性が背筋を伸ばし、慌てて外へ駆けていく。
「毒には気をつけてねー……って! そんなことより、エルミナさん! 『ソダツ』と『ツクリ』っていう冒険者の話だよ!」
「はい……。お二人はシズクさんと同じ『渡り』の方です。資料によると――」
「この痴れ者がぁ! ギルドの機密情報を外に漏らすなど、許されるわけが――……がががぁああ」
怒りに任せて叫ぶゴルゴンだが、突然、何かに苦しむように声を詰まらせた。
「……ギルド長?」
「腹が、腹がぁぁああ!!」
瞬時に顔面蒼白となり、腹を押さえて屈み込むゴルゴン。明らかな緊急事態だがエルミナは特に何もせず、ただ首を傾げていた。
「ご、ごががが。こりゃ駄目だ、我慢できん――……ッ!!!!」
ゴルゴンは、何かにすがるように手を伸ばし、ふらつきながらなんとか外へ脱出を果たす。
『ゴルゴンさんに何かやったでしょ。ドリン?』
ギルド中の冒険者達の口から、笑いが漏れはじめる。シズクの肩口では、後ろ脚で直立するフェレティナの鼻先がなぜか発光していた。
『くっく。なぁに、戯け者には神罰が下ると相場が決まっておるからの。……あやつ、三日ばかし厠から出ることは叶わんやも知れんな』
『三日も!? なにそれコワイ!』
『儂らには、神ポイントを消費しない悪戯のカードもあるのじゃよ』
『立派な嫌がらせだよね! イタズラってレベルじゃないよ!』
『邪魔者を排除したやっただけじゃ。……のう、シズクや。『ソダツ』と『ツクリ』とかいう冒険者の件、其方にとってよほど大切な事なのじゃろう?』
『……うん。ありがとね、ドリン』
「どうなされたのでしょうか、ギルド長。あんなのでも、昔はAランクの冒険者だったのです。突然、状態異常にかかるだなんて」
同じ姿勢のまま、エルミナには一歩も動く気が無いらしい。
「あは、あはは……。ゴルゴンさん、早く良くなるといいね。と、とにかくエルミナさん! もう邪魔は入らないから、『ソダツ』と『ツクリ』って名前の冒険者について教えて!」
「ああ、そうでした。少々お待ちくださいね」
エルミナは、ゴルゴンが叩きつけた羊皮紙の束を持ち上げ、慣れた手つきでパラパラとそれを捲る。
そして、あるページでその手を止めた――
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