おまけSS

姉妹の小さな夏休み〜前編〜

 ある夏の日の昼下がり。


 ウェルテ村の裏通りにある小洒落たカフェの窓際席でシズクは、白の平皿を綺麗に平らげ、ぽんと腹鼓を打った。


「はぁー……ほんっっとぉおに美味しかったぁ!!」

「でしょでしょ? そうでしょ? ここのパンケーキ、ボクの一押しなんだよ!」


 自慢げに胸を張るエルフのツクリ。

 声色は明るいがしかし、その表情には何故か、若干の曇りが見て取れる。


「うんうん! はじめに行ったお店みたいにフルーツ沢山なのもいいし、さっきのお店みたいにホイップクリーム山盛りなのもいいよね! ……だけどだけど、私はこのお店みたいに、もちもち生地に、バターとメープルシロップでシンプルに楽しむのが、一番好きかも!」


 テーブルに両手を突いて身を乗り出し、シズクは目をギラギラと輝かせていた。


「ざわ……ざわざわ」


 大声での会話は当然、他の客や、店員の耳にも届いている。

 銘々はシズクに視線を集中させ、親指をビシッと立てて片目を閉じて力強く頷いた。


「えへ、えへへ……。ですよね、ですよねぇ」


 シズクは首筋に手を添え、恥ずかしそうに頬をほんのりと赤らめた。


「もう、シズ姉ったら。ここは卜島じゃないんだからね」

「面目ない」


 小さく舌を出し、はにかむシズク。

 人より牛が多い卜島では、こうして注目を集めることなどそうそう無いのだ。


「……よーし、それじゃ、シズ姉も満足したって事で」


 テーブルの上に伏せられた伝票をさっと取り、立ち上がろうとするツクリ。

 しかし、そんなツクリの小さな手を、勢いよくシズクが両手でがしっと掴んだ。


「ねえねえ、ツクリ? 次は? 次はどこのお店に行くの?」


 シズクの瞳は、更に輝きを増している。冒険に行こうとでも言わんばかりだ。


「えぇっ! ちょ、ちょっと待ってよシズ姉! まだ食べるつもりなの!? ここでもう三件目だよ! ……それに、シェアは嫌だからってシズ姉、ちゃんと一人前ずつ食べたじゃない!?」


 それも、ボリューム満点な店の看板メニューを、である。


「昔から言うでしょ? 甘い物は別腹だって」

「いやいや、甘い物しか食べてないから! 別腹も何も無いと思うんだけど!?」


 すっかりツッコミ役が板についたツクリが、激しく両手を目の前で交差させる。


「むー……ツクリの嘘つき。前に私が言ったこと、覚えてないの? 納得してくれたじゃない」

「前? ……ま、まさか、『おすすめ全件回りきるまで逃がしません!』って言ってたアレのこと!? まさかシズ姉、本気だったの??」

「私だよ。本気に決まってるじゃない」


 シズクは静かな調子で堂々と言い放った。


「む、無理だよ! だって、ボクのおすすめは全部で十さ――……あ、しまった」


 ツクリは両手を口に添え、慌てて言葉を飲み込む。が、時既に遅しだ。

 

「十三!? そんなにあるんだ! ねえ、次はどこ行くの? 裏通り? 本通り??」

「そ、そうだ! ねえねえシズ姉! ドリン様たちにお土産買わなきゃ!」


 閃いた、とばかりにツクリはパンと両手を合わせて続ける。


「……ウェルテのお店、どこも早く閉まっちゃうからさ。早く行かないと、間に合わないよ」


 夏も盛り。秋の全神会議にビールを間に合わせるため、農業も醸造所の修繕も佳境を迎えている。

 それでも今日ばかりは、シズクが掲げた『どんな状況でも週に一日は休みを取る』というポリシーのもと、二人は何とか休日を合わせた。今は、ウェルテ名物のパンケーキ店巡りの真っ最中というわけだ。


「うー……。確かにそれも大切なんだけど――」


 もちろん、今も額に汗する醸造所メンバーの事も忘れてはいない。

 彼らへの差し入れを調達するのも、此度のプランの一つである。


「それじゃあもう一軒! もう一軒だけ!!」


 なおも食い下がり、駄々をこねるようにシズクはテーブルをぺしぺしと叩いた。


「だめったらだーめ」

「けち」


 シズクは頬を膨らませる。どちらが姉か、分かったものではない。


「……あ、あのね、シズ姉? ボクはシズ姉と再会出来てとっても嬉しいんだよ。こうして一緒にカフェ巡りすることも、夢だったんだ。この幸せを、ゆっくり味わいたいなー……って、そう思うんだよ」


 顔を伏せるツクリの上目遣いに、思わずシズクの鼓動は早くなる。


「――……ツクリの人たらし」

「たらしって! 言い方酷くない!? 本心なんだけど?」


 今度はツクリが唇をとがらせ、ぷいとそっぽを向いた。


「ごめんごめん。ツクリの気持ち、よーく分かったよ。……色々考えてくれてるんだ。いつもありがとね」

「――うん。それじゃあ、シズ姉」


 はにかみながらもツクリが向き直った、その瞬間だ。


「すみませーん!」


 いつの間にかメニュー表を手にしていたシズクが、大きな声を張り上げてホールスタッフに声を掛けた。

 ネクタリアのレストラン文化は、和本のそれに近い。誰もがシズクの声に気にすることなく、飲食や談笑を続けている。


 シズクの呼びかけに気づいたスタッフが、伝票を手に歩みを寄せ――


「……え? ええ? シズ姉??」

「それじゃ、このお店でもう一品頼むことにするね」


 してやったりと、口端を緩めるシズク。

 ツクリは、思わず椅子をひっくり返してずっこけた。



----------

お読みいただき、ありがとうございました。

後編は明日、公開いたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る