18.どうして異世界へ?

 冒険者ギルドで借りた荷物に入っていた、無事を示す青の信号弾を三発空へ。


 人型に戻ったドリンの神力によって傷の癒えたソダツとツクリを含めた四人は、夜の森で小さなたき火を囲んでいた。


 それなりの神ポイントを消費するらしく、二人の治療に消極的だったドリンだが、「三人揃ったから、他の国でもお酒は造れるんだけど……?」というシズクの脅しに屈し、しぶしぶそれを承諾したわけというだ。


「二人にまた会えて嬉しいんだけど……。智球ではみんな死んだって事だから、ちょっと複雑だよね」

「……まぁな」


 一息吐けば、どこから話していいものか、分からなくなってしまう。

 薪が爆ぜる音を合図に、シズクが口火を切った。


「質問っ!」

「はい、シズ姉どうぞ!!」


 眠るカイエンに背中を預け、体を寄せ合う姉妹の息はぴたりと合う。


「和本に帰る飛行機に、一緒に乗ってたツクリはともかく……どうしてソダツ兄さんまで転移しちゃってるの? まだ修行の期間が残ってるからって、ドイチの空港で別れたはずだよね?」


 初春の寒さを打ち払う、ささやかな炎の中に一本。大きめの薪を放り込んでから、ソダツが重々しく口を開いた。


「お前の言う通り、確かに俺はドイチにいたぜ。なんたってあん時は、面倒見てた新交配のホップが収穫間際だったからな……」

「それじゃあ、手が離せないはずだよね?」

「だがよぉ! 最愛の妹達が飛行機事故にあったってんだ! 指くわえて救助の報を待ってられる訳なんてねぇだろ!」


 興奮のまま声を荒らげ、その場に立ち上がるソダツ。足首の傷は、もう心配なさそうだ。


「ちょ! ちょっと待ってよ、兄さん! その流れだと、まさか――」


 思い当たる節がある。両手を口元に添え、シズクはわなわなと震えていた。


「多分、その『まさか』は当たってるよ、シズ姉。……聞いてやってよ、ソダツ兄のおバカな武勇伝」

「聞くよ、そりゃ聞くけどね。なんだか、気が重いなぁ……」


 額を押さえてうなだれ、シズクはたっぷりとため息を吐いた。


 幼い頃から、ソダツの行動力は折り紙付きだ。シズクが単身ドイツに渡ると知らされた時など、通っていた大学に即日退学届を出し、翌週には農業マイスターになると言ってドイチに渡ったほどに。


 自慢げに胸を張るソダツの隣では、事情知ったるツクリが目を瞑り、必死に笑いを堪えて肩をふるわせている。


「んなもん、一択だ! 探しに行くに決まってるだろ、な?」

「な? じゃないよ! 前代未聞だから! 探しに行くって、飛行機事故だよ!? それに、あの時は確か、海の上を飛んでたはずだし――」

「おぅよ。お前達を乗せたシップが消息を絶ったのはインガの南の海上だったぜ。だから、俺はすぐにインガ行きのエア・チケットを取ったんだ」

「だから、じゃないよ! 順接の使い方もう一回勉強した方がいいよ!」

「だが、インガに着いた俺は気づいたんだ。……探しに行きたくとも、洋上に出るためのヘリも船もチャーターする金がねぇってな!」

「乗り合い不可だから? 高額だもんね??」


 理解が追いつかず、シズクは目をくるくると回している。


「……となれば、俺がやることは、一つだ!」


 まだ立ち上がったままでいるソダツは、自慢げに左の上腕をばんと叩いた。


「これ以上は聞かない方がいいような気がするよ……」

「当然、カジノへ直行した」

「そこはギャンブルなんだね!」

「ルーレットに有り金全部。お前達の誕生日、『2日』と『7日』。合わせて『27』の一目賭け! ……で、晴れてヘリをおさえる金が出来たってわけだ!」

「晴れてないよ、どっちかというと土砂降りだよ! ……いい話風に言ってるけど兄さん、もし外れたらどうするつもりだったの!? 外国で無一文なんて、野垂れ死にコースだからね!」

「はっは! バカ言え。俺にゃあ勝利の女神が二人も付いてんだ。負けるわけねぇ! ……だろ?」


 げらげらと笑いながらソダツは、二人の間に割り入って肩に腕を回し、姉妹を軽く抱き寄せた。


 シズクとツクリはソダツに肩を預けたまま目を閉じ、呆れたようにふうとため息を吐いた。


「だけど結局、勝利の女神は死神だったわけだ……」

「おー! やっぱり姉妹だな! ツクリにも同じ事を言われたぜ!」

「そりゃ、同じ本を読んで育ちましたから。ねー、ツクリ?」


 身を乗り出して目を合わせ、示し合わせたように二人は同時に口端を上げた。


「それで、ヘリに乗ったその後は? もう大体予想はつくけどさ」

「もちろん、シップが消えたって例の海域に飛び降りたぜ? お前達を絶対助けてやるって意気込んでな」

「パイロットさん、よく許してくれたね!?」

「んなこと、いちいち聞くかよ。許可なんざ、下りるわけがねぇ!」

「一応そういう常識はあるんだ……。ちょっと安心したよ」

「そこまでは良かったが、落下中に意識がぷっつん切れちまった」

「常識なんてなかったよ! 一行で矛盾したよ!」

「言ってくれるなよ。前しか見えてなかったんだ……」

「格好良い風に言っても無駄だからね?」

「はっは! ……で、そっから先は多分、お前達と同じ流れだ」


 がっくりと肩を落とすシズク。隣ではソダツが、げらげらと大声を上げて笑っていた。


「……あれ? ねえ、ドリン? 確か、私が転移したのってドリン達の過失の穴埋め、蒼神鳥の酔っ払い飛行が事故の原因になったから……だったよね?」

「左様、左様。兄殿の転移には、何か手違いがあったのかも知れぬな。現場はパニックだったからのぉ。ま、ほんの偶然じゃよ。……お主の兄は、お主以上に運がいいらしい」

「わかってんなぁ、悪神さんよ! こんなに可愛い妹が二人もいるんだ。もう人生勝ち確ってわけさ!」

「……のう。一部始終を聞いておったが、シズクや? 其方の兄には、まともに話が通じんのか?」


 あのドリンですら、ソダツの奇行には眉をひそめてしまうようだ


「兄さん、頭はいいはずなんだけど……家族のことになると、ちょっとアレになっちゃうの。……もう! いい加減にしてよね、兄さん。ドリンに心配されるなんて、相当なんだよ!」

「だが、後悔も反省もしてぇねぜ!」

「……私、兄さんが智球で生きてると思って安心してたんだよ。一人残されちゃった父さん……きっと寂しがってる」

「お父なら、大丈夫だと思うよ。現場海域に飛び込んだおバカな和本人の事は、絶対話題になってるよね。だから『さすがは俺の息子だ!』なんて、ご近所さんに笑って吹き回ってるんじゃないかな? だって、あのお父だよ?」

「うぅ……。確かに父さんの行動って、いつも兄さんと同じ方向性だったよぅ」

「妹を探しに行って死んだなんて、誇りに思ってるかもね。知らないけどー」

「ほんに、恐ろしい家族じゃのぅ……。シズクの胆力の由来、よく理解できたわい」


 コガネ家は、悪名高い駄女神までもが深いため息を吐いてしまうほどの惨状らしい。


「ともあれ、だ。俺たち三人、こうやって再会できた。最高じゃねぇか!」

「それは……素直に嬉しいけど」

「だろぉ? ここは一丁、神さんの下に祝杯! ……といきたいところだが、エーテリアルじゃあどうやら、そうもいかねぇらしいな」

「……ふむ。残念じゃが、このあたりにはめぼしい木酒もなさそうじゃの。さすがのカイエンも疲れて寝ておるし、酒分の補給は叶いそうにないのぉ」

「お酒が天然物しかないなんて、ほんと、ボク達酒飲みには不便な国だよねー。お酒の国なのに」


 ツクリがぽつりと呟いた。


「ねえ、この国のこと、ツクリと兄さんはどこまで知ってるの? それに、二人はどうしてネクタリアに来たの?」


 目を見合わせるツクリとソダツ。


 しばらくの後、ソダツは「譲る」とばかりに掌を上に、ツクリの方へすっと手を差し出した――

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