52. 異世界ビール園づくりは仲間達と!

「……無理すんなよ、お前は分かりやすいんだ。満足いってないって、顔に書いてあるぜ。シズク?」

「うぅう……。あの時間と比べたらダメだって、分かってるんだけどね。消えない、消したくない思い出だから、どうしても比べちゃうの」

「ボクもだよ。卜島の仕事もやりがいがあって楽しいんだけど……心の底からじゃないって言うのかな。あーあ、ドリン様達、元気かなー」


 空気を読んだのか、わざとらしい理由をつけて父が席を外し、出来た時間。三人はネクタリアでの思いでを語り合う。


「ドリンはもちろんだけど……。私はね、カイエンのことと、醸造所のことも心配だよ。エルミナさんは熱心にメモを取ってくれてたし、ドリンは記憶力が良かったから大丈夫だとは思うんだけど、ね。伝えきれなかった事も多いから」

「ホップ園と、大麦畑も同じだぜ。一年目の見習いは、目の前の作業をこなすだけで精一杯だからよぉ。農業ってのは、毎年条件が変わりやがる。それが面白くもあり……何より、難しい」


 シズクとソダツは、大きなため息を吐く。


「ツクリはどうなんだ?」

「ウェルテには腕のいい大工さんが一杯いたからねー。ボクはあまり心配してないよ。単に、皆に会いたいなって思うだけ」


 「戻る」という選択には、少しの悔いも無かった。

 小さい頃からの大きな夢は叶い、ビールの炭酸よりもはじける父の笑顔も見る事が出来た。それぞれが夢を叶え、希望した道を歩めている。


 悩みは挫折はあっても、将来の不安も、今に不満も少しも無い。けれど、確実に何かがわだかまっているのだ。


「……白状するよ。心配なんて、ただの言い訳。私、また行きたいよ!! だってだって! 剣と魔法の世界だよ!? モンスターがいて、スキルだって使えるんだよ!」

「それに、自由だ。今も十分好き勝手やってはいるが、海北道にだって、エーテリアルほどの自由はない。親父に自分たちで造ったビールを届けるって夢も、和本じゃあ実現できたか、正直怪しい」

「エーテリアルは、何をするのも自己責任。って感じだったもんねー……」


 寒さに耐えかねたのか、父が居間へと戻ってきた。がらりと引き戸が開く。


 居直った三人の視線を集めた父はしかし、口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。


「親父……? どうしちまったんだ?」

「お、おいソダツ。あれだ、アレを見てみろ――」


 父が指さす先。掃き出し窓の外の庭には、真っ白の光の渦が一つ。


 輝く瞳を合わせた三兄弟は最強の魔物コタツの触手を振り払って立ち上がり、勢いよく窓を開いた。


 南の島とは言え、冬は冷える。温度差で、冷たい風が一気に吹き込んで来た。

 が、構うことはない、三人は、縁側の縁を蹴り、靴も履かずに光の渦が待つ庭へと飛び出した。


「……大変じゃぁああ! 醸造所が大変なのじゃぁああ!!」


 風に乗って耳の奥に吸い込まれていくのは、懐かしく親しみのある声。


 願望が確信に変わり、裸足で光に渦の前に立つ三人の鼓動が、バクバクと高鳴っていく。


「シズクぅうう! 兄殿ぉおおお! 妹君ぃいいい!! 来てくれ! 今すぐ来てくれぇえ! ……其方らの助けが、助けが必要なのじゃぁああ!!」

「きゅうぅうううん!!」


 三人は、再び目を見合わせる。


「間違いない、ドリンだよ! カイエンの声も聞こえたっ!!」


 真っ直ぐ突き出された手の、白く小さな指先が、渦の奥にうっすらと見えた。


「どうするの、シズ姉?」

「飛んでいきたいよ! だけど……」


 ゆっくり振り返るシズク。


 視線の先では、落ち着きを取り戻したらしい父が縁側に腰掛け、煙草をくゆらせていた。

 それは、三兄弟の誰もが、生まれて初めて見る父の姿だった。


「俺にも聞こえたぞ、女の子の声。……お前達を呼んでたな?」

「お父さん……。私、私達……――!!」


 歯を食いしばり、シズクは顔を伏せた。


 前か、後ろか。究極の選択をする機会が、再び訪れたのだ。


「……行くのか?」


 地鳴りのような低い声で、父は三人に問いかける。


 誰からというわけでなく、三人は同時に、力強く頷いて答えた。

 既に、心は決まっている。


「そう……か。友達が助けを求めてるなら、迷わず行け。コガネ家の人間としては当然のことだ」

「ありがとう、お父さん。……ちょっとだけ、ちょっとだけ出かけてくるよ」

「すまねぇな、親父」

「お父。寂しいさせてごめんね。絶対絶対、帰ってくるから」


 三人は小さく頭を下げ、踵を返した。

 父の記憶には残っていないだろうが、二度目の不義理である。これ以上、父の顔を直視することなど出来ない。


「……――やっぱり待てッ!」


 手を繋いだ三人が、光の渦に向かって一歩を踏み出したその時。背後から、父の怒声が聞こえた。


「お父……さん?」

「親父、悪いが俺たちは決め――」

「エーテリアル……だな?」

「え! え!? お父さん? 今、何て? ……もしかして、ツクリ!?」


 実家住まいのツクリは、もぎ取れる程に全力で首を左右に振っている。


「エーテリアルかって聞いてんだ。答えろよ」

「あ、ああ……」


 口ごもりながらも、ソダツが答えた。


「やっぱりそうか。……だったら、俺も連れてけ」

「ふぇっ!?」


 今も、少しずつ小さくなる光の渦。


「シズ姉! 門が!!」

「ちぃと厄介だが――」


 呟いた父が、拳を突き出しその手を開く。と、光の渦は元の大きさを取り戻した。


「……う、嘘! 奇跡への干渉!?」


 面食らったツクリは、金魚のように口をパクパクさせている。


「見たろ? エーテリアルは、俺にも関係が大ありなのさ。お前達をまた失っちまうなんてうんざりだしな。何より、久しぶりに母さんの顔も見てみたい――」


 縁側に手を突き、よいしょと立ち上がる父。


「ふぇっ!? 私達のお母さんって、エーテリアルの人だったってこと? 写真も何もないから、聞いちゃいけないことだと思ってたのに……」

「……」


 口を閉ざしたまま父は、いつも首からぶら下げている小さな鍵を、神棚の下の引き出しに差し込んだ。


 そこから取り出したのは、一振りの和本刀。


「親父! その飾りはまさか……怪刀『神威』じゃねぇか!?」

「お! ソダツ、知ってんのか?」

「『神威』なら、ボクでも知ってるよ! エーテリアルから突如消失した、最強の武器!」

「そうかそうか。お前達も、エーテリアルを色々旅したんだな」


 けらけら笑いながら父は、着流しの帯に刀を差した。流麗なその動きは、達人のそれに違いない。


「んな、バカげた事が……」


 ソダツは口をあんぐりと開けていた。

 無理もない。島の剣道大会ではいつも、父は最弱扱いされ、笑いものにされていたのだから。


「いつかは話そうと思ってたんだ。母さんの事も、お前達の出自もな。あっちからビールが届いた時はチャンスかと思ったんだが……。いかんせん、お前達との時間が楽しすぎてな。壊したく無かったんだ。すまない」


 襟を正し、背筋を伸ばして父は、美しい所作で頭を下げた。


「それは、いいんだけど……。お父さん、どこまで知ってるの?」

「ありゃあ妙な事故だったからな。天界が噛んでるって確信はあった。だからこそ、お前達がエーテリアルに転移して、楽しく暮らしてるんだろうなって事も想像はついたさ」

「……」

「俺も、あっちから智球に帰ったときは、抜け殻みたいになったもんだぜ。ちびっこいお前達がいたから、乗り切れたがな!」


 三人の肩を叩きながら、父はもう一度けらけらと笑う。


「ごめん。ボク、ちょっとめまいがしてきたよ」

「はっは! 俺もだぜ! 情報量が多すぎらぁ。楽しい方面だがよ!」


 ソダツは腹を抱え、ツクリは頭を抱えていた。


「でもでも、これで心置きなくネクタリアにいけるね!」

「おぉ!!」「うん!!」


「何をしておる! 早くするのじゃー!!」


 門の向こう側から聞こえるドリンの声は、確実に小さくなっている。


 見れば、光の渦は再び収束をはじめており、はじめの半分くらいのサイズになっていた。


「今の声、やっぱりドリンだな? あいつ、まだ女神やれてんだな」

「えぇ!? ドリンの事まで知ってたんだ!?」

「……まぁ、俺にも歴史があるってことさ」

「いきなり神様を呼び捨てするとか、伝説の武器持ってるとか……。お父、恐るべし」


 ツクリは、両腕で自らの体を抱いている。


「細かいことはおいおい話すさ。……ほら、覚悟決めたんなら早く行くぞ! お前達の造った『天上の揺り籠』だって、あっちにあるんだろ? 今度はたらふく飲ませてくれよ」

「まだ残ってたらいいんだけど……」

「神さんだって、さすがにもう独占はしてねぇだろ!」

「……わっかんないよー。結構なピンチっぽかったし」


 がちっと肩を組んだ四人は光の渦へと駆け出し、躊躇うことなく飛び込んだ。


 周りの景色が、白い光の中に溶けていく――


 大量の神ポイントを使ってエーテリアルと智球と繋ぐなど、よほど危機的な状況なのだろう。


 刺激的な事が待っているに違いない。


 四人の心は、自分史上最高に高鳴っている。



(了)





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これにて、本編完結です。

このニッチなテーマの作品に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!

ご感想や評価など、お聞かせ頂けますと幸いです。


それでは皆様、良きビア・ライフを!!

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