15.窮地の『渡り』
「ちっ! とうとうこの場所も見つかっちまったか。気配を完全に消してるってのによぉ、高性能過ぎんだろ――」
ヴァルハ丘陵に広がる大森林の深奥部。岩陰に潜む赤毛の大男とエルフの少女は、恐怖に震えていた。
巨大な足音が、木をなぎ倒す雷鳴にも似た音を引き連れて真っ直ぐ、二人へ迫ってきている。
「迎え撃とうよ、ソダツ兄ぃ! これ以上逃げ回ってもジリ貧だよ!」
「無駄だ、ツクリ。分かってんだろぉ? あの岩石ゴーレムと俺たちとの実力差は歴然って事くらい。逃げるしか選択肢はねぇ」
「ちくしょう! ボクが治癒魔法を使えれば、こんなことにはならなかったのに!」
「言うなよ。元はといえば、俺がヘマしちまったせいさ。それに、たられば言うんなら、冒険者にならなきゃ良かったってとこまで戻っちまう。そいつぁ有り得ねぇ、だろ?」
「……うん。そうだね」
ソダツと呼ばれた赤毛の剣士は、ゆっくりと立ち上がりながら自らの右足をチラリと見遣った。
かなり出血しているようだ。足首のあたりには、分厚い衣服越しにも赤黒い血の色が見えた。どれほどの傷か定かではないが、強烈な痛みは、まともに踏ん張ることも許してはくれない。
「だけど、どうするの、ソダツ兄? 日が落ちたら、動きが取れなくなっちゃう」
「しかたねぇ……か。ツクリ! 俺がなるべく時間を稼ぐ。その隙に、お前はウェルテに戻るんだ」
「えっ!?」
「……ここでの事をギルドに報告して、仲間を募るんだ。古代遺跡の入り口を見つけたってのは偉業だ。すぐに国を挙げて調査隊が組まれる。そうすれば、シズクの耳にも――」
「ばか! そんなこと、出来るわけ無い! ボクはエーテリアルで、ずっと一人で寂しかったんだ。頑張って、頑張って強くなってここまで来た! ……ソダツ兄にだって、会えたばっかりじゃないか!」
「ツクリ……」
「何度も話したじゃない。三人一緒じゃなきゃ、夢は叶わないんだって! 小さい頃から追い求めてきた夢を、諦められる訳なんてない!」
ざっくり切った緑の髪の小柄なエルフ、ツクリは外套の袖口から枯れ枝のような短い杖を取り出し、潜んでいた岩陰から飛び出す。
「おい、ツクリ! 何をするつもりだ!? 待て――」
その杖先を、今なお二人との距離を詰めるゴーレムの足下へと、真っ直ぐに向けた。
「遊べ、踊れよ紅と朱。終の蓮華を開いて魅せよ。【エクスプロード】……――ッ!!」
瞬間、爆音とともにゴーレムの足の一番細い部分が爆ぜた。
爆破魔法を弱点に喰らい、バランスを崩すゴーレム。
踏ん張ろうとすれども、今度は重い体があだとなる。巨木や岩も押しつぶしながら、ついには轟音を立てて転倒。辺り一帯の大地を激しく揺らした。
「すげぇ……」
「でしょ……? はぁ……はぁ……だけど、今ので魔力が尽きちゃった。……逃げよう! ソダツ兄――」
「ちっ! 俺の妹たちはいつも無茶しやがる! だが、助かったぜ!! こうなりゃ俺も根性見せてやる!!」
短刀を抜き、ゴーレムが転倒したのと真逆の方向へ駆け出すツクリ。
忘れ去られた森の奥深くだが、遙か昔の往来を彷彿とさせるような、細く小さな道の痕跡が確かに残っていた。二人は、それを辿ってここまで来たのだ。
ツクリは、負傷しているソダツが少しでも進み易いように、行く手を阻む小枝やツタを打ち払いながら来た道を戻る。
「ちっ! これじゃあ格好つかねぇな……」
「安心してよ。ボクが生まれて十六年、ソダツ兄が格好良かった事なんて、一度も無いんだから」
「ははっ。違いねぇ。生きて帰れたら嫌ってほど見せてやる。覚悟しとけ!」
「うーん……期待? してるよ」
寒気と、冷や汗が止まらない。
軽口を言って気を紛らわせつつ、なんとか痛みに耐えるソダツだが、後ろを確認しながらゆっくり進んでくれる、優しいツクリの背中についていくのがやっとだ。
「……ね、ねえ。ソダツ兄」
数分経ったところで、ツクリの足が止まる。その声が、わずかに震えているようにソダツには思えた。
「俺のことは心配すんなぁ、ツクリ! あのゴーレムはすぐに再生しやがる。今は少しでも距離をかせ――」
「違う! ……違うんだよ」
ゆっくり振り返ったツクリの顔は、恐怖で青ざめていた。
「ツクリ、お前っ!?」
条件反射というヤツだ。瞬時にソダツは腰に佩いた剣をすらりと抜き、庇うようにツクリの前に立った。痛みなど、すっかり忘れて。
「こいつぁ……。一体、どこに潜んでやがったんだ」
ソダツの目の前には、見渡す限りの魔物の群れ。なおも森のあちこちから、湧き出すように数を増やしている。
「ミノタウロス、オーガ、サイクロプスにリッチだとぉ!? どいつもこいつも、危険度Bランク【脅威級】以上の魔物じゃねぇか! んなもん、ヴァルハ丘陵にいるはずがねぇ!」
「ボクの索敵魔法にも、全くかからなかった……。きっと、あのゴーレムを起こしたせいだ。亜空間から湧いてきたんだろうね」
「なんてこった。遺跡に入れねぇばかりじゃなく、情報一つも持ち帰らせねぇってか! ……ったくよぉ! 遺跡を隠したネクタリアの神ってのは、噂以上の悪神だぜ。進むも退くも地獄ってか」
「天界に戻れたら、主神様にクレームの一つでも入れなきゃ、だね」
「ハッ! 違いねぇな。……なあ、例の『遺書』には何て書いたんだ。冥土の土産に教えろよ、ツクリ」
「シズク姉に、ボクがエーテリアルで作った財産の全てを。それから、醸造所には近づくなって、伝言。そんなとこかな」
「!? そりゃあ……お前。俺と全く同じじゃねぇか。笑えるぜ!」
「気が合うね。ひょっとしてボク達、兄妹なのかな?」
「かもな?」
目を合わせ、二人は同時に口端を緩めた。
「それで……どうするの、ソダツ兄?」
「正面突破! それしかねぇだろ!」
「どこを選んでも一緒っぽいしね。弓矢の練習も積んだけど、魔法を使えないボクの戦闘力なんて精々Dランクくらい。あんまり期待しないでよ」
「くっく。俺よりマシだぜ。踏ん張りの利かねぇ剣士なんざ、いいとこEランク。……よし、それじゃあツクリ。木の上から、討ち漏らしの始末と、死角の牽制を頼むぜ!」
「りょーかい!」
「……なあ、ツクリ? 隙があったら逃げろ、な?」
「それは、断固拒否」
「ったくよぉ。お前ら姉妹、顔と譲らねぇ頑固さだけはよく似てらぁ。親父、手を焼いてたんだぜ!」
「シズ姉も交えて、いっぱい語りたいね。よし! やるよ、兄さん! 先手必勝ッ!」
「おぉよ!」
ソダツは大地を蹴り、前へと猛進。ツクリは巨木の幹をするすると駆け上り、頑丈な枝に立って質素な短弓に矢を番えた。
ミノタウロスの巨大な戦斧と、ソダツの両手剣の鋼が交わった。
森に響く甲高い音は、開戦の号砲か。
一皿の餌に群がる猫達のように、魔物の群れがソダツに襲いかかる――
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