第七章 遂にイグアスがタルフィを伴いトロム国に潜入します

トロム国の白き魔女①

 その日、ソレイユの占いテントに来たのは、侍女を連れた高貴な身分の女だった。


 濃いグレーの髪に、紅水晶の瞳をしている。

 ドレスは臙脂色えんじいろで、肩と裾に大きな百合の花が黒い糸で刺繡されていた。


「あなた達はアレナの人ですわね。あたくしは、あなたの国の魔術師を探しています。オアシスの魔術師イシュタルを」


 奥に控えていたサイファは思わず立ち上がった。ガタリと椅子が後ろに倒れる。


「……イシュタル、」


 占いの場での詮索は無粋なのだ。

 ソレイユはサイファに向き直り、首を横に振る。サイファは椅子を起こし、大人しく座りなおした。


「人探しは占いでは難しいので、一度では結果はでません。それでも行うのなら、理由を聞かせてください。あたしの用心棒も人探しをしていて、オアシスの魔術師が関わっています」


「そうですか……」


 高貴な女性は何度も顔上げ、何度も下を向き、考えてから、意を決したように口を開いた。


あたくしは、この国の女王グレースです。三年前に一緒に黒毒竜を討伐した、オアシスの魔術師を探しています。理由は罪悪感からです。あたくしは、彼女の恋人を奪って結婚しました。きっと夫も彼女のところに帰りたいはず。だから、彼に本当に恋した人と幸せになってほしいのです」


 この国の女王は白魔法師だったはず。

 目の前の女性は、高貴な雰囲気はするが、どちらかというと主人公を虐める脇役の黒魔術師のようだ。


「女王って白魔法師の?」

「はい、白魔法師です」

「黒魔術師じゃなくて?」

「良く言われます。でも、正真正銘、白魔法師です。あはは……」


 困ったような顔をして、サバサバと笑っている。

 ソレイユは固まってしまった。

 人間は見た目ではないって本当の事だと思った。

 しかし、これだけ失礼な事を女王様に言っているのに、怒りもしないのだから、優しい性質なのかもしれない。


 それに、白魔法師は誰でもなれるものではない。

 適性はもちろんだが、そこそこ良い人では無いと、直ぐに術が使えなくなってしまうのだ。


「うちの用心棒もオアシスの魔術師を探しています。お互いに協力しませんか?」


「そうしていただけると嬉しい。できるだけ、便宜を図り助力しましょう。あたくしの知っていることは全てお話しします。三年前、西の渓谷に黒毒竜が発生しました。渓谷を流れる川を引いていたトロムの首都は、毒の水で汚染され始めました。幸いにも、いくつかの井戸からは清潔な水を汲むことができましたが、国民すべての生活を支えるには、少なすぎたのです」


 トロム国は代々白魔法師の女王が国を治めてきた。白魔法は自然の精霊を操り守護に特化した魔法である。力が発現するのは王家直系の女性のみで、母親の精霊を引き継ぐことで国の結界を維持していた。


 先代の女王は体が弱く早世したため、グレースが精霊を引き継いだのはわずか八歳の時であった。

 小さな子供でも国の守りを固める結界魔法は維持できる。

 当時は父も健在であり、グレースは周りの助力を得ながらも滞りなくすごしていた。


 しかし、平穏は突然壊れ、十八歳になったときに、黒毒竜が渓谷を占拠し水源が汚染されるという災害が巻き起こったのだ。


 国自体は結界に守られているため、直接的な被害は無いが、隣国と接する渓谷に毒による汚染が拡大し始めた。


 北大陸に生息する、翼のない黒毒竜がこの地域に飛来した理由は謎だが、気付けば群れがいくつか点在している。


 元々、近衛隊出身だったグレースの父王は、精鋭部隊を率いて黒毒竜の討伐に向かった。だが、討伐は失敗に終わり国王も帰らぬ人となった。

 所詮、暗黒竜の前では人間の力など及ばない事を思い知らされた。


 この世界では魔法を使える人間は希少である。攻撃に特化していない白魔法では、黒毒竜を討伐するのは不可能であった。

 また、水源を浄化しなくては人々の苦しみは長引き、国の衰退は免れない。


 万策尽きたグレースは隣国である神の国アレナ皇国に助力を願い出た。

 アレナには、魔法を使える神龍族の神官も居る。護衛の聖騎士を従え、自ら特使として旅立ったのだった。


 アレナ国で、グレースを迎えてくれたのは、神殿最高位の浄階じょうかいイグアスだった。

 しばらく滞在し助力を乞うと、攻撃魔法に特化し、水源の浄化もできる水の魔術師イシュタルを派遣すると確約してくれた。


 ただ、一つ気になったのは、グレースの護衛であり聖騎士のアルベールをイグアスが非常に気に入り、頻繁に奥殿に連れ出していた事だった。


 何か嫌な予感はあったが、助力を求めている立場のため、グレースは深く詮索することができなかった。


 ほどなくイグアスから帰国が許され、オアシスの魔術師と一緒に帰路についた。


 イシュタルは、とても優しい女性で、すぐに仲良くなった。砂漠のように真っ白な髪に、泉のような澄んだ水色の瞳。

 特に声が綺麗で良く歌を口ずさんでいた。

 魔法力も高く、的確で隙がないが、本人は可愛らしい女性だった。


 帰国後、アルベールの知り合いで、北の大陸より留学中だった黒騎士カイを前衛に加えて討伐隊を結成し、黒毒竜の討伐に向かった。


 同世代の四人の若者は、それぞれ得意分野が異なり、バランスの良いパーティだった。

 渓谷付近には、黒毒竜が多数存在し、森の深みに入れば入るほど敵が強くなった。


 黒騎士カイは先陣を切って黒毒竜を斬り、支援するように水の魔術師イシュタルは攻撃魔法や支援魔法を唱え、聖騎士アルベールは、的確に敵の退路を塞ぎ、討伐隊を守り、白魔法師のグレースは、支援魔法でパーティを援護した。


 そんな中、命を懸けて一緒に進む仲間として、アルベールとグレースは心の距離が近付くのを感じていた。

 今まで護衛騎士と王女という関係のため一線を引いてたアルベールがグレースに気持ちを告げるようになり、グレースもそれを嬉しいと感じる。

 また、アルベールは心の綺麗な人で、グレースを守護する精霊もアルベールをグレースの相手として歓迎していた。

 グレースとアルベールが両思いになるのに、それほど時間はいらなかった。


 そして、いよいよ、渓谷の水源に巣食う最後の大型の黒毒竜の群れを討伐する日がやってきた。


 戦いを仕掛ける直前にアルベールがグレースに告白をした。討伐が終わり、命があったら、褒賞に王女との結婚を切望すると。

 彼は権力や地位を求める人ではなかった。

 できる事なら、王女という枷を外して穏やかな幸せを与えてあげたいが、無理ならグレースを支えたいと言ってくれた。


 グレースは幸せだった。例え、自己犠牲魔法により命を失っても、アルベールや国民が助かれば後悔は無いとさえ思った。


 幸いなことに討伐は成功した。

 喜び勇んで首都の王城に戻り、グレースとアルベールは婚約した。イシュタルもカイも祝ってくれた。少なくともグレースは祝ってくれていたと信じていた。


 イシュタルは水源の浄化だけではなく、渓谷を水源とした川をアレナ運河として海まで整えぎ、郊外の森に飲み水用の泉を創り、給水塔や街中に張り巡らせた水路網を、あっという間に魔法の力で創り上げたのだ。


 何も問題無く、全てが滞りなく終わったと思っていた。

 なのに、イシュタルがアレナに帰る前の日に、黒毒竜の毒を飲んで自殺を計ったのだ。


 寝耳に水とは、まさにこの事だった。


 知らせを聞いたイグアスは、神体を取ってトロムの首都ロマスクブールの上空高く舞い降りてきた。アレナの浄階じょうかいは、白龍神だったのだ。


 神は怒り悲しんでいた。


 そして、アルベールをイシュタルの婚約者と呼んでいた。


 グレースは知らなかったのだ。アルベールとイシュタルが婚約関係にあるという事など。


 イグアスは、アルベールを裏切り者と呼んだ。アルベールは誤解だと言う。


 グレースは、白龍神の恨みを買ったアルベールを精霊魔法で神から隠した。

 そして、渾身の力でイグアスを国から遠ざけたのだ。


 もう遅すぎる。すでにグレースは妊娠していた。


 その三日後、イグアスはアレナを滅亡させた。

 アレナが滅亡する一日前、グレースのところに水の精霊アクアがイシュタルの伝言を持ってきた。アレナの皇民を助けてほしいという内容だった。


 イシュタルは、イグアスの行動を予想していた。アレナの全てを砂に変えるだろうと。

 グレースは大急ぎで辻馬車を30台用意し、アレナに救済に向かったのだ。


 イシュタルは生きている。

 自殺をするほど愛したアルベールは神に呪われ、トロム国を出ることができない。


 幸いにも娘も生まれ、後継者の心配もない現時点で、アルベールをイシュタルに返して神の怒りを解きたい。二人に幸せになってほしい。


 グレースは城を二人に譲り、娘に国を託し、遠くから命続く限り国を守って生きることを決意したのだと言う。


 話を聞いたソレイユは深く考え込んだ。この話は何かがおかしい。


 イシュタルがアルベールを愛していたとして、わざわざ恋仇の国の治水をしてから自殺するだろうか?


 自国の民を逃がすとき、グレースに力を借りるだろうか?


 イシュタルの行動には、他でもない、グレースに対して強い信頼を感じる。


「女王様、まず、何が真実か解き明かしましょう。この話には、きっと裏がある」



 続く

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