第八章 漆黒の太陽神 -黒幕が遂にサイファと対峙します。闇の異能も明らかになります-

邂逅 -Kaikou-

 タルフィが膝から崩れ落ちる。諦めたように瞳を閉じていた。サイファが何を聞いても答えは返ってこない。


 ソレイユを手にかけようとしたタルフィをサイファは許すことができなかった。


 タルフィの首を目掛けて剣を振り下ろす。その刹那、七色の電流がサイファとタルフィの間で弾けた。長い柄の先端に両刃が煌めくラブリュスが、サイファの剣の軌道を変えた。結界の電流が命を削るように男の周りを取り巻いていた。


 その男が暗黒竜だという証だった。


 電流に肌を焼かれながらも、怯むことなくサイファを斬りつける。

 男は印象的な緑の瞳に、金色の髪をしていた。その瞳の色は見覚えのあるものだった。


 暗黒竜と紅龍の組み合わせ。緑の瞳。

 脳裏に浮かぶ友人の顔と重なった。似ている。


 ラブリュス。いわゆる戦斧せんぷは、刀身に体重を乗せて刃を叩き込むように切り込む武具だ。重さのある一撃は、当たり前のように、当たれば骨を砕く。

 サイファは慎重に避けながら戦った。相手をよく見なければ、避けることも切り込むこともできない。


 先端の両刃は、太陽を意味する護符が刻まれていた。一瞬目を奪われる。


 サイファはレヴィの言葉を思い出した。


(太陽神は、その能力を覚醒させると、太陽をかたどった戦斧せんぷを武器とする。その武器は魔法を使う際に杖となる)


 太陽神はアマルだ。

 この男は何者だ。

 太陽が二つ存在しないように、黄龍も二人存在しない。

 だが、闇の中に居ても輝くような存在感のある男だった。

 おまけに、武具は黄輪鉄鉱おうりんてっこう製である。


 この世界のことわりには意味不明な事が多い。まず、神龍の寿命は最長五百年と定められていた。

 女神ルフレやレヴィのように不慮の事故が起きない限り、五百年で寿命を全うする。

 そして、最も不思議なことは、生命の樹カウサイ・サチャは全知全能では無いのだ。

 太陽神ルフレの寿命を予測できていないし、白龍の離反にも対応できていない。


 暗黒竜には秘密があるのだ。

 サイファも他の神龍も、暗黒竜が人型になれる事を知らされていない。

 プラムの養父母の一族がいい例だ。


「それが、氷月夜刀槍ひょうげつやとうそうか。碧星鉄鉱へきせいてっこうとは、笑えるな。生命の樹カウサイ・サチャは、よほど私の息の根を止めたいらしい」

「どういうことだ。お前は何者だ」

「私は何者でもない。生命の樹カウサイ・サチャに消された存在だ。妻を迎えに来ただけだ」


 結界に拒まれて、電流に焼かれているはずなのに、その微笑みは余裕に満ちていた。

 アスダルは柄の長いラブリュスを巧みに操り、サイファから距離を取る。

 ここまで距離を取られると、剣では不利だった。


 サイファは剣を左回転させ、槍の構えに持ち替えると手の中の剣に霞がかかり、瞬く間に長槍に姿を変える。


 蒼く光る半月の刃がアスダルに向かって横一直線に薙ぐと、すかさず片手を広げて黒い魔法陣を展開した。

アスダルは大きく後ろの飛びのきタルフィを背で庇う。


 光属性には氷は不利だ。

 しかし、闇は有効なはず。


 サイファの魔力は対象者の闇も光も全てを奪い、恐怖を刻みつける。そして、具現化させた黒い闇の塊は、最後の希望まで吸いつくした。生き物は抜け殻になり、サイファの闇はさらに濃くなる。


「く、くくっ、それが発現した闇の力か。なかなか罪深いな。己すら痛めつけるのか。だが、私の闇は深いぞ。希望までたどり着けるかな?」


 アスダルは素手でサイファの闇を握りつぶす。

 握りつぶされた闇はサイファに向かって逆流し、身の内にある暗黒竜の血液が騒ぎ出した。


 ザワザワ、ザワザワと肌を這うように、闇の塊はうろこ状の模様となり皮膚を蝕み始める。


「私の眷属として、下れ、青龍よ」


 闇が迫り上がってくる。

 生命の樹カウサイ・サチャの洞窟で退けたはずなのに。

 闇は固めて術とした。それは重力の塊となり、すべてを吸い尽くす。崩壊しては強くなり、漆黒の闇は濃くなった。


「ち、違う。俺の君主はお前ではない。アマルだ。俺の王龍はアマル、だ、違う」


 座り込むサイファの周りに金色の光が集まってきた。

 ここは、トロム女王の結界の中。

 白魔法の光はグレースの力。

 だが、白魔法にしては暖かく黄金色をしていた。懐かしい光。この光をサイファは知っていた。まるで、アマルの守護の光のようだった。分散した闇は塊になり、サイファの制御下に戻る。


「潮時だ。青龍よ、いずれ私に下ることになる。覚えておくと良い」


 アスダルはタルフィを抱き上げて、翼のある巨大な暗黒竜となった。羽ばたくと疾風が巻き起こる。額の印が金色に光っていた。



 プラムはその光景を呆然と見ていた。誰にだってわかる。あの二人が両親だ。

 プラムはサイファに向かって駆け出す。

 そして、すがりつくように飛びついた。


「お願い。こ、殺さないで。何か理由があるはず。せめて、理由を聞いてあげて、お願い、お願いします」


「プラム? ソレイユと一緒に戻らなかったのか?」


 いつものプラムでは無かった。プラムは周りを明るくしてくれる。本当のプラムは賢くて、周りに気を使える繊細な子だ。

 サイファは表面しか見ていなかった事を少し後悔する。


「プラムの両親かもしれないよな。戦わなくて済むなら、そうしたいと思ってるよ」

「本当? 約束してくれる」

「ああ、プラムは、――――本当の事がわかったら知りたい?」

「知りたい。それで、傷付くとしても知りたい」

「わかった。どんな結果でも、どんな結論でもプラムに話すよ。信じてほしい」


 プラムが瞬きをした。涙が頬を伝う。サイファは綺麗な涙に暫し見惚れていた。

 紅いイヤーカフの封印が解けたら、プラムは本当の姿になる。

 どんな姿をみせてくれるのか、サイファは星空に想いを馳せるのだった。


 続く

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