恋々と
みんなが解散した後、アルベールとグレースは居城までゆっくりと歩いていた。こうやって二人で過ごすのは実に三年ぶりのことである。
「ねぇ、グレース。僕の二度目のプロポースの返事はどうなったのかな?」
「あの、小さな頃から大変で可哀想だった
「えっ? 僕はそんなこと言ったかな?」
「要約するとそういうことです。言ったでしょう、貴方は優しい人だから、
グレースはどことなく冷たくアルベールに言った。同情は恋の始まりかもしれないが、それをいつまでも引きずって、女として見てもらえないのは悲しい。
アルベールは小さい頃からグレースに親切だった。その延長で一緒に居てもらうのは嬉しくない。
アルベールはしばし考え込んでいた。
グレースは怒っている。心のまま述べたのだが、それでは彼女の心をつかめないらしい。何がいけないのだろうか?
グレールに対する思いは同情なんかじゃない、ここはハッキリとさせないとならない。
アルベールは抗議した。
「努力している君は素晴らしいと思うけど、努力しなきゃいけなくて可哀想とは思ったことは一度も無いよ」
アルベールも少しイライラしてきた。可哀想だと思っているだけで、命を掛けて討伐に参加するはず無いだろう。
しかし考えてみれば、自分は聖騎士だ。立場上、グレースに頼まれなくても、討伐に参加すると思われていても不思議では無い。
(そうか。討伐に参加してたのはグレースのためって、僕が思っているだけで、誰もそうは考えないのか! なるほど!)
落ち着いて周りを見渡すと、星がまたたき、心地よい風も吹く良い夜ではないか。
ここは一つ、何としてもグレースを口説き落とそう。
そして、あわよくば自分の部屋で朝まで一緒に過ごしたいとアルベールは考えを定めた。
アルベールは聖騎士の割には
「グレース。君は誤解をしている。僕は聖騎士だけど、本当はそんな立派な人間じゃない。同情で命を掛けるほどお人好しではないのさ」
「それは? どういう事ですか?」
アルベールはグレースの前に回り込みその歩みを止めた。そして、膝をついて手を取る。
指先に口づけをしてグレースを見上げた。突然の事にグレースは身動きが取れず、大好きな人の眼差しに頬を染めた。
グレースは生粋の箱入り娘で、
「出会ったのは、君が八歳で女王となったときだった。その時は僕は十三歳だったから、たしかに恋はしていなかった。だけど、頑張る君の姿を見たから、今の僕がある。僕より年下の子があれだけ頑張っているのだから、聖騎士として修行を怠ってはいけないと思った。守るべきお姫様として君を見ていた。だって、仕方ないだろう?恋愛の対象とするには君はあまりにも幼かった」
グレースはただ黙って聞いていた。こういうところがアルベールにとってとても好ましいのだ。
うるさく自分を主張するところがない、こんな人は滅多に居ない。
「君に恋心を抱いたのは、大人になってからだ。そう、使節団としてアレナで一緒に過ごした時だ」
グレースは少し首を
その頃は、イシュタルに出会って、恋を育んでいた時期だと思っていたのだ。
「誓って言うが、イシュタルは良い友達で、彼女にとっても僕は友達だった。そこに恋愛感情が絡むことは無かった。一瞬も。イシュタルも同じ意見だと思う」
「あんな素敵な人を好きにならなかったのですか?」
グレースは心底不思議だという顔をしていた。
アルベールにしてみれば、イシュタルを女として見るなんて不可能としか言いようがない。彼女は強くて逞しい。
アルベールはカイとは違うのだ。イシュタルにビンタでもされた日には、少なくとも骨折すると思う。下手したらあの世行きだ。
「彼女は友達として素晴らしいとは思うが、女としては愛せない。僕に好かれてもイシュタルも困ると思う。彼女は強い男が好きなんだよ。彼女はカイと婚約していた」
グレースは目が点になるほど困惑していた。
グレースにとって、カイは全く理解できない部類の人間なのだ。
強いし、正義感はある。だが、いつも冗談ばかり言っていて本音は見せない。
そして、遊び人。博打はするし娼家には入り浸る
グレースは、カイがイシュタルに激しく叱られている姿しか目にしていので、二人が婚約をしていたと言われてもピンと来ないだろう。
男のアルベールからしてみれば、カイは子供でカッコつけていたとしか思えない。イシュタルが怒っていても、最後は二人でイチャイチャしていた。
「こんなことを言っては嫌われると思って今まで言えなかったのだが、わかりやすく伝えるよ。僕は大人になった君が綺麗でとっても好みだから好きになった。それだけだ。まず、顔が好みなんだ。その薔薇色の瞳も好きだし、形の良い唇も好きなんだ。そして、細い腰と豊かな胸。君は自覚は無いのか? とても女性として魅力的だ。特に首筋が好きだ。色が白くて華奢で。口吻して自分のものにしたいという意味で好きなんだ」
グレースはキョトンとしていた。なぜかと言うと、結婚してから一度も
「
ここで誤解を解かないと後が無い。アルベールは必死に説得を試みるつもりだ。
見栄も外聞もなく、みっともなく縋り付いてもグレースにわかってもらいたい。
「そうだ。できたら今夜、僕の部屋に来てくれないだろうか? 我慢も限界だし、イシュタルのことは誤解だから、僕が欲しいのは君だけなんだ」
グレースはとても困った顔をしていた。
アルベールはそんなに嫌なのかと落胆を隠せない。もう諦めて、せめて友人として一緒に過ごしたほうがいいのだろうか?
「今日は時間が遅いから、侍女が休んでいます。急に言われても準備ができません。貴方の部屋と言われても、通常は男性が女性の部屋に渡るものでしょう?」
「えっ? ドウイウコト?」
意味がわからなすぎてカタコトになるアルベールだった。
「貴方は王宮務めが長いから当然ご存知かと思うのですが、
(千夜一夜のお伽噺か! そういうことだ!)
アルベールとグレースは、討伐の帰り道にお洒落で有名な宿屋で結ばれたのだ。
グレースは感動して喜んでくれたが、これは完全に庶民の発想なのだ。
貴族は婚前交渉はしない。アルベールもさんざん怒られた。
イシュタルの事件が起こったのが、結婚式の夜だったため、てんやわんやで、アルベールは文官長の説明をろくに聞いていなかったのだ。
「すまない。グレース。僕は庶民の出身なので王家の決まり事には疎い。僕は粉屋の息子だったことを忘れないでほしい。君やカイのように王族ではない。僕がグレースの部屋に行くなんて、恐れ多くて考えたこともなかった。不審者だと思われそうじゃないか」
「え? ご存知ではなかった? えっと、」
「うん、王家のしきたりについて文官長と話し合っておこう」
アルベールはお付きの文官長の顔を思い出していた。執務室から抜け出すアルベールを必死に追いかけてくる顔しか思い出せない。少し良心がとがめる。
「お茶にお誘いしても、貴方はいつもお城にはいらっしゃらなくて、
「えっ、僕のせい?」
確かにアルベールは朝のうちに執務を全部片付けて街に降りていた。仕事が早いのも考えものである。王族としての自覚が足りない。自業自得だ。
「グレース。淋しい思いをさせてごめん。もう一度チャンスをください。良い夫となることを約束するよ。もう一度、僕と結婚してほしい」
グレースは少し考えていた。今まで思っていたのと全く違う真実だった。
しかし、アルベールがグレースを女性として好意を寄せていることはわかる。冷え切っていた胸がじんわり暖かくなった。
「わかりました。それでは、婚約指輪を用意してプロポーズしてください。そして、その次は結婚式です。初夜はその後。楽しみにしております。後、午後は
アルベールは立ち上がってグレースを抱きしめた。嬉しさが込み上げてくる。やっとこれから愛するグレースと幸せになれそうだった。
「もちろんだよ。お安い御用だ。君の婚約指輪をもう一度選べるなんて最高だ」
グレースに口付けようと顎に手をかけようとすると、グレースはアルベールの唇を指で覆った。
「キスはプロポーズまでお預けです」
またお預けされてしまった。なんともグレースらしい、とアルベールは朗らかに笑った。
続く
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