暗黒竜のプラム②

「サイファ!」

 ソレイユがいつもの屈託のない笑顔で、占い用テントの入り口で手招きする。

 準備が終わったようだ。

 中に置かれているのは、黒いビロードのクロスに覆われたテーブルと椅子が二脚。

 天井からは、趣のある硝子ランプがぶら下がっている。

 非常に質素な空間だった。


「ここでお客さんと二人きりだから、サイファが守ってくれると嬉しい。奥に椅子を用意するからそこに居て。実は謝礼金を踏み倒されることや、現金を強奪されたことは、一度や二度じゃないのよ」


「ああ」と返事をしながら、今日は相談者として、ソレイユの前に腰を掛ける。

 無表情な顔の裏側では、かなり不穏ふおんな事を考えていた。

 一生懸命働く女の子からお金を取り上げる輩は許せない。

 死なない程度にケチョンケチョンにしてやろうと。


「今回、サイファを占うことは、あたしの為でもあるの。自分自身は占えないからね。サイファが来ることもエマを占って分かったのよ。青龍がアレナの話を聞きに来るって。さあ、サイファ。探したい人を頭に思い浮かべながら、カードの上に手を置いて。余計な事を考えないで集中するのよ」


 カードの上に置いたサイファの手に、ソレイユが両手を重ねる。

 サイファは瞳を閉じる。

 すると、何もない異空間に放り出されたような不思議な感覚に陥った。


 ソレイユはサイファの手の下からカードを抜き去る。

 トランプより大きなドラコカードは、ソレイユの手に余るくらい大きく見えた。

 ソレイユは、横向きにしたカードを小さな手で高速に切っている。

 サイファはそれを茫然と眺めた。


 空気が浄化され、辺りには太陽神の気配がする。アマルの力で間違いは無かった。


 包まれるようなアマルの気配にサイファは思わず名前を呼んだ。


 ―――アマル。探していた。ずっと。


 次にテーブルの中央にカードを置き、蛇腹じゃばらのようにカードの山を崩す。

 ソレイユはそれを両手でシャッフルした。

 広がるカード。

 円を描くように両手が動く。

 辺りに漂う龍の異能が、カードに吸い込まれていくようだった。


 全てのカードに触れ、思いを注ぎ込むようにソレイユの手はリズム良く動いている。


 カードは交差する。過去と未来を。

 奏でるようにビロードの上を舞う。

 そして、万里を見渡し事象を捕らえた。

 シャッフルの終わりは自然にわかる、澄んだ光を感じるから。


 ソレイユはカードを真ん中に集め、横向きに揃えた。


「サイファ。さぁ、カードの上下を決めて。心の赴く方向に」


 カードの裏の絵柄は、聖なる白龍が真ん中から対称に描かれていて上下は解からない。

 サイファは心の赴くまま、左回転をして縦向きにした。


 ソレイユは爪弾くようにカードを左手の山から右手に移す。一枚、また、一枚と。

 事象の片鱗を選んでテーブルに伏せた。

 選ばれた九枚のカードはスプレッドの定位置に収まる。


『古き民の十字スプレット』だった。


 次に、ソレイユはサイファの前に残ったカードの山をアコーディオンのように広げた。


「さぁ、サイファ。あんたが最後の一枚のキーカードを選ぶのよ。あんたの運命はあんたの手の中にある」


 まるで吸い寄せられるように一枚のカードをサイファは選ぶ。

 それを受け取りソレイユは十字に置かれた四枚のカードの真ん中にクロスするように置く。


 十字の真ん中は『現状』。

 重ねたカードは『障害となるキーカード』。

 十字の北は『顕在けんざい意識』を。

 南は『潜在意識』。

 東に『未来』、西に『過去』。

 六枚で創られた十字の右には縦並びに四枚のカード。

 それぞれ、『本人』、『環境』、『お告げ』、『近い未来の結果』。


 ソレイユはカードを展開する。

 その手は、神が降りてきているのかと思うほど滑らかで美しく動いていた。

 流れる水のようだった。


『現状』は、【紅龍の3】。

『障害となるキーカード』は【運命の輪】。

顕在けんざい意識』は、【翠龍の5】。

『潜在意識』は、【青龍の8】のリバース。

『未来』に【邪神】。

『過去』は【白龍のエース】のリバース。

『本人』は、【青龍のキング】。

『環境』は【紅龍の5】。

『お告げ』は【節制】。

『近い未来の結果』に【紅の聖女】。


 ソレイユは展開されたカード確認し、目を閉じてインスピレーションが降りてくるのを待つ。

 運命の片鱗が、細い弦のようにピンと張った。


 瞳を開けサイファを見つめる。

 巫女のような、威圧感さえ感じる神聖な眼差しだった。


「サイファ。今まで大変だったけど、もうすぐ、閉塞的な状況は打開されるよ。今が変わるとき。目標へ近づける物か、それとも人か、……何かが掴める。サイファは青龍の王様なの? こんなカードがこの位置に出る人はめったに居ないよ。王様じゃないにしても、とても大事な使命なのね。

 だけど、未来が不確定で見えない。こんなカードがこの位置にくるなんて。

 これは、あたしでも読めない。難しい。でも、未来は変えることができる。今は気にする必要はないよ。

 もしかしたら、あんたの探している人に到達するのは、あんた自身ではなく、あんたの従者になる人かもしれない。あんたがその時どうなっているのはわからない。死んだりはしないと思うのだけど」


 ソレイユは、七十八枚の全てのカードをまとめて揃える。

 そこから二十二枚の大アルカナを抜いた。

 大アルカナからジョーカーを抜き、続けてシャッフルを行う。

 その後、カードの山から十二枚選んだ。

 そこにジョーカーを追加し、合計十三枚にした後、シャッフルすると、東西南北、中央にカードを置く。

 そして、カードとカードの間に二枚ずつ別のカードを置いた。

『探し物スプレッド』である。その後、全てのカードを展開する。


「このスプレッドは、ジョーカーの位置で探し物の方向を探るのよ。ジョーカーの位置は、ここから南南東。そうね、聖マリアンナ教会の辺り。ジョーカーの隣に、水のカードの【犠牲者】がでている。教会の前には大きな噴水がある。そして、【白の法王】のリバース。法を犯すものに捕まっているのかもね。重要なものは人物だと思うな。今すぐ向かったほうがいい」


 あれだけ大きな力を見せつけられたら、従うしかない。サイファは取る物も取り敢えず外へと駆け出した。













 海を越え西大陸に渡るのが、当初の予定より大幅に時間が掛かってしまった。

 思ったより逆風が強かったのだ。

 もう東の空が明るくなってきている。商船も動き出す時間だ。

 プラムは少し焦っていた。人間に見つかれば、両親は殺されてしまうかもしれない。


 暗黒竜の中で一番数が多いのは黒毒竜だ。

 その名の通り、人間が浴びれば即死するような毒を吐く。

 加えて知性はなく、猛獣そのものだ。


 ほとんどの人間は暗黒竜の全てが黒毒竜だと信じていた。

 実は、暗黒竜の中にも知性があり、人類との共存を望んでいる部族もいる。

 また、知性のある部族のほとんどは、普段は人間と同じ二足歩行で暮らしていた。

 そして、特に狂暴でも無かった。


 確かに祖先は、地底のドリュージョ・デマーンで生れた。

 しかし、五千年前、ドス・オホスの穴から地上に出た時に、その明るさと未知のロマンに感動し、地上で生きることを選んだ。

 だから、仲間の為にも黒秘族は本性が竜だということは知られてはならない。

 竜の姿で人間の前に出てしまった時は、何が起きても人の姿になってはならない。


 プラムたちは、トロム王国最北の岬、人里離れた断崖絶壁に着地する。


 早く竜態を解こうと茂みに隠れようとした。

 その矢先、待ち伏せしていた人間が、プラムたち三人に次々と吹き矢を吹き付けた。

 チクリとした刺激に気付いた時はもう遅い。

 即効性の痺れ薬が塗りつけられた毒矢が的確に頸椎に刺さり、あっという間に意識を失った。


 恐らく致死量の植物性の毒であろう。暗黒竜は元が肉食であるがゆえに、植物毒には比較的弱い。


 続く


 ※作中に出てくるドラコカードは、架空の世界に存在する、この話オリジナルカードです。個人や団体に関連するものではありません。

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