暗黒竜のプラム③

 平日の教会前広場は、閑散としていて誰の姿もみられなかった。メインストリートも本日は人が少ない。


 市内の水路網は大きな河川から引かれた産業用と郊外の森の湧水を引いた飲料用に分かれている。

 この噴水は飲料水だ。

 この水に何かがあるとあると直感し、湧き出る水に手を触れた。

 水辺で起こっていることなら大抵の事は確認できる。


 神経を集中すると、雑談の中から不審な話をしている男たちの声が聞こえてきた。近くの邸宅内の引き込まれた水場だと思う。


 瞳を閉じ、神経を研ぎ澄ました。そこから神龍の気配も感じる。


「暗黒竜に騎乗していた娘は、なにも吐かない。口がきけないのか?」

「小型の暗黒竜は大人しいのも居て、力が強いから、畑で馬鍬まぐあを引かせるのに丁度いいと評判だ。高値が付く。生息地を吐かせろ。小娘は死んだって構わない。生きていたとしても奴隷として金持ちのジジイにくれてやればいい」

「あんな子供でも初物だ。死なせる前に好きにしてもいいだろう?」

「商品に手を出すな。弁えろ」

「わかってらい」

「捕まえた二頭の竜はどこだ」

「ああ、お館様が連れて行った。農村地帯に連れてくと」


 神龍の気配はこのだと確信した。


 この近くで私有地の中まで水を引き込める豪商は、ブクカーナ家くらいしかいない。

 世間的には利益を貧民に還元し、社会福祉に貢献しているが、その裏で奴隷業をしているとは。


 サイファはブクカーナ家邸宅の塀に飛び乗る。

 中を見渡すと、贅沢に水を流している人工の池の横に、シュミーズ姿の少女が見えた。

 鞭で打たれた傷痕が痛々しい。背中は赤黒く腫れ上がっていた。


 サイファは人の姿をしていても本性は龍だ。身体能力は人間の比ではない。


 素早く、二人の男の背後に飛び降り、手刀で頸動脈を打ち気絶させた。

 それから、少女を見て疑問に思ったことを口に出した。


「君は龍だろう? なんで、あんな男にあっさり捕まる?」


 娘は驚いたようにサイファを見つめ、そんなはずは無い、と口の中で呟いた。


「一族が秘密にしているのに、知っているの?」


 サイファは回復の魔法をかける。

 清らかな水が少女の体を包み、赤黒く膨らんだ傷が消えていく。

 その子はツルリとした褐色の健康的な肌をしていて、葡萄色の髪と赤土色の瞳をしていた。


「何が? 神龍だろう?」

「わたしが? 神龍? 違う。わたしはは竜態にも成れない半端者で、突然、飛んできた矢が避けられなくて、体が痺れて」


 サイファはまじまじと少女を検分する。神気が純粋ではない。

 暗黒竜の気配も混ざっている。

 ハーフなんてありえるのだろうか? 

 力が使えない半端者では無く、とても強い龍だと感じた。


「違うな。その両耳の赤と黒のイヤーカフが力を封じている。これは鱗を丸めたものか?」

「そんな、―――それより父さんと母さんを助けなくちゃ」


 少女は渾身の力を込めて走り出した。


 軽々と塀を飛び越え外に出ると、水路の流れと逆に駆け出す。

 サイファは少女を追いかけた。ここで見失うわけにはいかない。


 彼女の身体能力は神龍のそれで、瞬発的な爆発力は鍛え上げられたものだった。


 メインストリートの坂を駆け上ると、中央広場に出る。

 この街で一番大きな噴水に突き当たった。

 ここが街で一番の高台になる。

 この広場の地下にある貯水池に、給水塔に汲み上げられた水が一気にパイプを通って供給されていた。

 その水は網のように張り巡らされた水道管を通って各水場に提供される。


 中央広場には、ソレイユたちのユルトがある。ソレイユが何故かテントの外へ出て来ていた。


 少女を見送り、それを追い駆けるサイファに暢気そうに手を振る。


「あはは。頑張れ~」


 気の入っていない声援が飛んできた。


「他人事だと思って、あいつ」


 中央広場を出ると道は下り坂になる。

 そのまま下るのかと思ったら、方向を西に変えた。


 平民が暮らす、住宅街に入る。

 庶民の家々は密集し、白やグレー、薄黄色の家々がお伽の国のようだった。


 少女は手近な低い屋根に飛び乗る。

 そこを足場にして、高い屋根の家へと飛び移った。

 飴色の屋根のへりを蹴り、次々に屋根を飛び移っていく。

 肩上で切り揃えられた髪が、風にあおられ、首筋が見えた。

 眼鏡にはヒビが入っている。

 赤土色の瞳は遠くの一点を見ていた。

 その先に助けたい人がいるのだろう。


 住宅街を抜けると飛び移る事のできる屋根が途切れる。

 少女は道に飛び降りた。

 そこは水路が地下に潜り、大きな建物が地下水路の上に、不自然に建設されている場所だった。

 流れる水で建物の地下を冷却し、冷蔵庫としている食肉倉庫である。

 そのレンガ造りの壁を掴み屋上によじ登り、一気に運河まで飛び降りた。


 運河は船が通るため川底が深い。

 ザブンと音を立て少女の体が沈んだ。

 潜水で泳いだのか少し先で顔を出す。

 そのまま運河を泳ぎ出した。

 幅広い水路が支線に分岐し、たくさんの水車が回る職人街に入り込む。

 小さな船が行き来する、人工の川の端には工場こうばが立ち並んでいた。

 少女はつま先で川の端の石を蹴り跳躍する。

 次々と足場を蹴り、どんどん先に進んだ。サイファもそれを追い駆ける。


 軒をならべる鍛冶屋、製粉所、金細工工房きんざいくこうぼうなどの工場こうばの風景が次々と目まぐるしく、飛ぶように視界から消えていった。


 少女の必死さは、その速度からでも推測できる。


 街外れまで来ると、アーチが連なる水道橋に出た。

 緩やかに昇る欄干を少女は駆け上り、ひた走る。

 この高さから給水塔方面を見ると、その向こうに王宮が見えた。

 広い敷地に白亜の城と緑豊かなシンメトリーの庭園。その周りには大きな貴族の屋敷が集まっている。


 少女は尖塔せんとうを背にして街を囲む隔壁に向かって走った。

 隔壁にたどり着くと足を止める。


 上から郊外を見ると、とても遠くに米粒くらいにみえる荷馬車が走っていた。

 サイファが龍の瞳で見ると、その荷台に、馬より少し大きいくらいの二匹の暗黒竜が翼を鎖で縛られ、首を繋がれ乗せられていた。

 無理な状態で縛られた翼は痛々しいほど歪んで見える。


「父さん、……母さん、」


 続く

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