第二章  暗黒竜のプラム④

「父さん、母さん、」

少女は思わず呟いた。足を止めた彼女の肩をサイファが掴む。

「あの暗黒竜を助ければいいのか。それなら俺に任せてはくれないか? 奴隷の売買は違法だが、家畜に分類されるものの取引は違法ではない。だから、無理やり連れ戻しても、国の治安部隊に追われるだけだ」

「父さん達は家畜なんかじゃない!」

「わかっている。だから、手助けをしている」

ここから飛べば神体になれる。すぐに追い付けるだろう。

サイファは大空に飛び出し大きな龍となった。

荷馬車に乗っていた者たちは背後の気配に目を見開き驚き、腰でも抜かしたような間抜けな顔をしている。

地面に近付くとサイファは人の姿になった。ふわりと風に乗り,体重を感じさせないくらい軽く、御者の横に降り立つ。余所見をしていた御者は車輪を石に取られ、荷馬車は横転しそうなほど傾いていた。サイファは手綱を奪い馬車を停める。

「すまないな。どうしても荷台のものがほしい。タダとは言わない。買わせてくれ」

実入りのいい仕事に、ブクカーナ家当主が直々に荷馬車に乗り込んでいた。

「礼儀知らずに、売るものは無い」

龍相手に虚勢を張っているが、足がガタガタ震えている。

サイファは荒々しい神の顔となった。

悪人の一人や二人を手に掛けることなど、神にとっては造作も無いことである。

一族全員を抹殺し、子孫代々呪うことだってできる。

凍てつくような冷気が辺りを支配した。

温度を無くしたサイファの表情は、整っているからこそ、冷酷で禍々しい。

「売らないというなら、富の意味自体を無くしてやってもいい。貴様は俺の知り合いに手を掛けた。その命で償うか、素直に料金を受け取り、荷台のものを売るか、選べ」

サイファは当主の顔を握る潰すように掴み力を込めた。

当主はミシリと骨が軋む音を耳の奥で聞いた。

「命ばかりはお助けを」

当主は泣きながら懇願を始めた。両手を擦り合わせ小さくなっている。

情けない悪役そのものの台詞にサイファは心底呆れ果てた。殺す価値もない。


「次ぎは、命は無いと思え」


震えあがる男二人を尻目に蒼玉を当主の膝に放り、荷台に乗り移った。そして、竜の翼を縛る鎖を外す。


「あなたたちの娘さんの代わりに来ました。ほら、隔壁の上。見えますか? 帰りましょう」


サイファが差す方向に娘の姿を発見した竜達は小声でひそりと話し始めた。

「青龍様、娘が世話になり、ありがとうございます。私達は、北大陸の辺境の地、テルミノスに隠れ住む、黒秘竜の一族でございます。北の大地では竜であることは隠して、人の姿で暮らしています。私達は、五千年前に『ドス・オホスの穴』を通って、地下の国より這い出した時から、中立の立場を保っております。どうか一族をお助けください」

その声は柔らかく落ち着いていて好感が持てるものだった。

「暗黒竜全てが、悪では無いと言うことですね。私は世界を回って勉強中の身です。その姿では目立ちます。人の姿に戻っていただけますか? あの者たちはすぐに追い払いますので」

「かたじけない」




遥か昔、世界を創設した初代の太陽神は、闇に属する者達全てを地上から切り離し、地下に閉じ込めてしまった。それだけ清冽な魂の持ち主だった。

だから、地下に閉じ込められた者たちは、地上とは交わることは無いはずだった。

神は地上を一掃した後、生命の樹カウサイ・サチャを誕生させる。世界の均衡を保つ龍神を東西南北に配置し、自らは、生命の樹カウサイ・サチャの枝に支えられた、天空の国ハナク・ユスで世界を見下ろし平和を祈った。

ただ一つの問題は、愛情深い西の白龍神が黄龍である太陽神に恋着していたことだった。

彼女の執着は天変地異を呼び、ついに北の大地に最悪の悪神の住処ドリュージョ・デマーンまで貫かれた大穴を開けてしまった。それが、『ドス・オホスの穴』である。

白龍の女神は責任を取り、自分の力を全て太陽神に捧げた。

その力は、空気中に存在する守護の光となり、世界中に散らばった。

開けられた大穴は、もう閉じることはできないが、その守護があるかぎり、暗黒竜は地上に長くとどまれない。大穴を遠く離れることができず、著しく行動が制限された。

過去に大災害が起こって以来、知性のある黒竜族達の間では、神龍族の弱点は西の白龍であると認識されている。それは間違っておらず、今も白龍の乱心により、西地域の一部が黒毒竜に汚染されていた。


黒秘竜は、暗黒竜の中でも小型で『知識と秘密を守る存在』とされていた。知能や知性は高く、争いを好まない。

研究肌の者たちばかりで、生涯を一つの研究に捧げる者が殆どだった。


サイファ達が人の姿の黒秘竜とトロム王国内に戻った時、エマとソレイユが少女と一緒に待っていた。

「広場で見た時、プラムちゃんが下着姿だったから、着るものを届けに来たのよ。サイファ、気が利かない。普通、上着とか着せてあげない?」

「申し訳ない」

いつの間に仲良くなったのか、女子三人は互いに名前を呼び合い和気あいあいとしている。

プラムの両親は人に変化すると、身長80センチくらいの小人族だった。

人間の世界では黒秘族と呼ばれていて、この部族は学問に優れていて学術研究の論文や書籍で注目を集めている。

今回は、トロム国の動力研究の職員として、国立水力研究所に招かれていたのだ。

黒秘族は一族以外に口外できない秘密を守る番人でもある。

それは、ドリュージョ・デマーンの財宝や資源にまつわる事だった。

学者を多く輩出している彼らは、それ以外にも様々な知識を持っていた。

そして、プラムは医術師の卵である。


トロム国は豊かな経済により、国立大学が設立されている。北大陸からの留学生も数多く受け入れていた。

プラムは大学院で学ぶため、養父母と一緒に西大陸へ竜態で飛んでいたところを、運悪くブクカーナ家の船に見つかってしまったのだ。


「黒秘族が竜態のまま人間に見つかった場合は、絶対に秘密を守り人の姿にならないのが掟でした。助けて頂かなければ、私達は一生家畜として暮らさねばならなかった。なんとお礼を申し上げたらいいのか。私達でお役に立てる事なら、なんでも言ってください」

 人の良さそうな小人の夫婦は、青龍であるサイファに膝を着こうとしていた。サイファはそれを止める。

「それなら一つ聞きたいのだが、宝石に人間の肉体を持たせる魔法は存在するのだろうか?」


プラムの両親は顔を合わせ考えこんていた。


「そのような魔法は聞いたことはありません。ただ、生命体を石にする魔法なら存在します」

件の白龍の女神は太陽神に力を与えた後、石像となったという。

それならソレイユは元が生命体であり、何らかの理由で石となったと考えれば説明が付く。全ての事実はアマルとイシュタルが握っている。

秘密が明かされた時、ソレイユが幸せな選択ができればいいとサイファは願っていた。


続く

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