第四章 サイファとソレイユがお買い物デート?

聖騎士アルベールと首都のバザール①

「嫁に貰ったお守りを探してくれ」


 そこは、水車の回る石造りの鍛冶屋。ソレイユは出張での依頼を受けて職人街まで来ていた。


 カタカタと小気味良い音を立てて回る水車。

 ロマスクブールでは、水車を動力源とした手工業が主流であり、職人街は小さな工房が何軒も軒を連ねていた。


 この鍛冶屋でも、厚地の帆布で作られた筒上のポンプが、水車の動力で膨らんだり萎んだりしながら、溶解炉に風を送っていた。


「暑いわね!」


 ソレイユが人懐っこい笑みを浮かべる。


「涼しければ仕事にならないからな!」


 人の良さそうな職人は、冷たい水の入ったコップをソレイユとサイファに手渡した。

 水に浮かぶレモンとミントは、見ているだけで涼しげで、喉がごくりとなった。コップを傾けるとカラリと氷の音がする。


 鍛冶屋はめったなことでは、溶鉱炉の火を絶やすことができない。

 外出できない代わりに、高い出張費を払ってソレイユを呼んだのだ。どうしても探したいものらしい。


 ソレイユもまた、失せもの探しは得意中の得意だった。

 その的中率は首都で噂になっており、評判が評判を呼んで依頼が殺到しているのだ。


 出張での占いが多くなり、最近は、貴族の屋敷などにも呼ばれるようになった。

 だが、ソレイユは平民であり、難民である。

 身分の低い者は、それだけで軽んじられる。命の危険は付き物だ。団長にも、くれぐれも危険な目に合わせないようにと、サイファは仰せつかっている。


 ソレイユは少し考えるしぐさをして、立ったままカードを何枚か抜き出した。

 抜き出したカードを見ては、元のカードの山に戻す動作を繰り返している。


「お守りは、緑? 違うな。オリーブ色? そうそう、オリーブくらいの大きさの水晶? どう? 当たっている?」


 ソレイユは、オリーブの実が一つ書かれた翠龍のエースのカードを差し出し、職人に見せる。

 青龍のカードが続けて出てきて、最終的にこのカードが出てきたことによって、頭に浮かぶのだという。


 仕組みが全くわからない。

 サイファは首を捻り、うっかり声に出しそうになった。

 そこは護衛の身。口を慎まなくてはならない。


「ああ、その通り。火傷の護符であるオリーブ色の水晶だ。嫁が産地に行って探してきてくれた。見えなくなって1週間ほど経つ。事故が起こる前触れではないかと、嫁も心配するし、気持ちの籠ったものだから見付け出したい」


「うん」


 小さなテーブルを用意してもらって、テーブルに布を掛け、着席してシャッフルする。

 ソレイユは集中するために瞳を閉じた。彼女には人を助けたいという根本的な優しさがある。サイファはその横顔を見ながら、占いの成功をそっと祈った。


 ソレイユは、サイファにも占ってくれた事のある、失せもの探しのスプレッドを展開する。この占いは、失せもののある方向を導き出すものだ。

 しかし、ジョーカーが中央の位置に来てしまう。

 失せもの探しスプレッドは、ジョーカーが中央に来ると占いは失敗であった。

 再度、シャッフルをやり直し、カードを並べる。


 ソレイユが一般の人に占いをする時、澄んだ泉のような魔力は感じるが、アマルの魔力は感じない。

 このカード自体は、アレナ水殿の神官用のものだ。

 通常、白龍以外は使用しない。


 失せもの探しスプレッドを展開し終えると、またジョーカーが中央に来た。

 ソレイユは首を捻る。二度も続けて中央に来ることは非常に稀である。


「ちょっと、これ脱いで」


 ソレイユは立ち上がり、煤で汚れた耐熱エプロンを職人から奪い取った。真剣な表情でポケットを探る。


「そこは何度も見たから無いよ。お嬢ちゃん」


 ソレイユは諦めずに、エプロンを裏返した。

 耐熱性のエプロンは、体に熱が伝わらないように幾重にも布が重ねられている。

 ソレイユはポケットから工具を全て取り出し検分していた。

 小さな螺子ねじ用のポケットの糸のほつれを見付けて、そこを辿っていく。


「サイファ、そのナイフでここに切れ込みを入れて!」


 工具用のポケットの角、布が厚くなっている部分に小さな塊が触れる。そこをナイフで少し切ると、つるりとした丸いオリーブ色の石が転がりだした。


 布が厚くなっていて少し触っただけでは気付けない場所だった。


「あぁ、ありがとう。これだよ!」


 ソレイユは、ニッコリ笑い言った。


「姿が見えなかっただけで、ずっとおじさんを護ってたよ」


 職人はたいそう喜んでチップを弾んでくれた。ソレイユはホクホクである。帰りにバザールに寄りたいという。


 トロム国の首都ロマスクブールは豊かな街だ。だが、それゆえに陰では盗賊などの悪人が蔓延していた。表通りは賑やかで治安部隊の目も行き届いているが、裏通りに入ると市民は強盗の格好の餌食になっている。


「俺が守ってやるから、羽目を外すと良い」

「すっごい自信だよね」


 べぇーっと、舌を出すが、ソレイユは内心嬉しかった。

 バザールは危険を伴うため、行くことを禁止されていたのだ。

 エマは二言目には言う。


禰宜ねぎ様からお預かりした大切な子です。危ないことはいけません」


 わかっている。わかってはいるが、ユルトの舞踊団は大人ばかりで子供は少ない。プライベートの無い環境で子供を育てることはできないのだ。

 その中でソレイユは、遊び相手もなく、来る日も来る日も占いをしていた。

 占いで人の役に立てるのはとても嬉しかったが、たまには、子供らしく遊びたいと思っていた。


 ソレイユは、キラキラした笑顔で店を覗き込む。

 サイファもまた子供時代を孤独に過ごしていた。次期指導者に定められたサイファを、偏見なく遊んでくれる子供は居なかったのだ。

 来る日も来る日も勉学と武術の稽古の中、いつか君主アマルに逢える日を夢見ていた。


 そんなサイファの瞳には、ソレイユが眩しく映っていた。

 女の子が好きそうな装身具の店を覗き込み、気に入ったものを探し出しては嬉しそうにしている。何を選ぶのだろうと思っていると、何も買わずに次の店に移動した。

 その次の店でも、その次でも、ソレイユは何も選ばなかった。


 ソレイユはいくつか店を回った後、名産のニュルンベルクソーセージを大量に購入した。

 比較的価格も安く、ハーブの練り込まれたソーセージは、ボイルして食べると肉汁がじわりと染み出て大変美味である。


「今日の夕飯にして、みんなで食べるの」


 せっかく弾んでもらったチップをすべてソーセージにつぎ込んでしまった。

 改めてソレイユをみると装身具は髪を束ねるヘアーカフスと飾り気の無いかんざしだけだった。


 鞄も持たず、商売道具のドラコカードでさえ布に包んでポケットに入れている。占い師の蜂蜜色の衣装に銀の飾りでも付ければ映えるだろうにと思う。


 そんなことを考えながら歩いていたら、露店の隅にある物がサイファの目に飛び込んできた。


 続く










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