聖騎士アルベールと首都のバザール②
それは、革製の小さなポーチの付いたウエストチェーンだった。ちょうど、ドラコカードを入れるのに適したサイズのポーチである。
チェーンも花をあしらったデザインで、たいへんに可愛らしい。
「ソレイユ、ちょっと待ってて」
サイファは目当ての露店に走った。
その露店は主に武器などの護身具を取り扱う店だが、片隅にいくつか女性用の装身具が置いてある。そのどれも、丁寧な作りだった。
「ここの商品は手作りか?」
「うちは小物を創る鍛冶屋でね。工房が奥まったところにあるから、こうして時々バザールで露店を出している」
「そうか、そっちの女性用のベルトは?」
「ああ、これかい。うちの母ちゃんが器用でな、言うとおりに金属を加工してやると、色々なものを作りやがる。自信作だって言うんで、露店に並べてみたのさ」
露店の主人はにっこり笑う。その笑顔からは妻を大切に思っていることが伺えた。この品物なら安心して贈り物にできると思った。
いくら気に入っても盗品やいわくつきの物は縁起が悪い。
「それをくれ。いくらだ? 世話になった人に贈りたい」
妻の初めての客だと言われ、格安に譲ってもらった。ソレイユが気に入ってくれたら、また何かプレゼントしようと、工房の場所を聞いてから、ソレイユの元に戻った。
「これ、占いのお礼に。ただで占ってもらったから」
「こんな高いもの。駄目だよ。戻して来て。あたしはいいから、サイファが好きなものを買いなよ」
「俺は、欲しいものなんてないんだ。このチェーンには宝石も付いてないし、これじゃ嫌かな?」
「違う、違うよ。かわいいデザインだし、嬉しいよ。宝石が無くても、陽の光が反射して、すごくきれい。丈夫そうだし、実用的だね」
サイファはソレイユのウエストに手を回してチェーンを付ける。思った通り、飾り気の無かった衣装が華やかになった。
ソレイユは感嘆の声をあげた。
「サイファ。ありがとう」
ソレイユはドラコカードをポーチに入れようとポケットから出した。一枚のカードが、ひらりと手から零れて道に落ちる。
すると、ソレイユがサイファを見ながらため息をつく。
「このカードの元の持ち主はね。とってもお節介な人だったみたいよ。こうやって、街を歩いていると、結構高い確率でトラブルと遭遇するの」
道に落ちたカードを拾いながらサイファに見せる。それは『力』のカードだった。
薄いローブを着た軽装の女性が、王者のような豪胆な獅子と対峙している。乙女の顔は微笑んでいた。
「サイファって強いよね? 完全に力技での解決を狙っているようなんだけど」
雑踏の音に紛れてはいるが、曲がり角の奥から女性の悲鳴が聞こえる。複数の男の怒鳴り声も聞こえた。
「そのカードの元の持ち主って、絶対トラブルメーカーだと思う」
「絶対にそうだよね。深呼吸でもして、準備が整ったらその角を曲がって」
しかたがないとサイファは深呼吸をする。ソレイユを道の隅の目の付かないところに移動させ、荷物を渡してから角を曲がった。
先日見た顔がある。また、ブクカーナ家の案件だ。
サイファは怒りに任せて道端の小石を蹴る。頭を剃った男の後頭部に当たった。
うぁ、と叫ぶ悲鳴。女性一人に七人の男。一斉にサイファを見る。
「なんなんだ、こいつらは、」
氷りそうな怒りの冷気が辺りを包んだ。
「サイファ―、殺しちゃだめだよー」
ソレイユが心配して後ろから叫んでいる。そうだ、大事なソレイユに、恐ろしい思いをさせてはならない、サイファはあらためて深呼吸をした。
血液が出ないように加減して、男を連続で蹴り倒す。女性を助けた。真っ白な髪をしている。アレナの難民だった。
アレナとトロムのに接している隣国のラコスに避難していたが、最近になって黒毒竜の被害が増え、治安が悪くなっている。
そのため、人攫いも増えた結果、ここに連れてこられたという事だった。
もう許せない。
前回は、プラムに何か事情がありそうだったから、憲兵に通報しなかった。
痛くも無い腹を探られて、プラムの両親の秘密が明らかになるのを恐れたからだ。
それが悪かった。あの手の
一度、懲らしめておかなければならないとサイファは決意する。
「せっかくこれからソレイユとバザールをまわって、もっとたくさん、占いのお礼のプレゼントをしようと思っていたのに。お礼に、好物なども食べさせたかったのに! もう我慢ができない」
ソレイユと助けた女性を中央広場のユルトに送ってから、捕まえた男を二人連れてブクカーナ家の正門に着く。
大きめの門を蹴飛ばし壊して中に進む。当然、憲兵に通報された。
証拠はあるし、証言も取ってあるのでむしろ好都合だ。
いつかのブクカーナ家の当主がキーキーと怒鳴り散らして配下の人間を集めている。サイファは、短剣を抜き去り、刃の無い棒術用の細い棒に変化させた。
紐で縛られた男二人を放り出し、向かってくるものを一撃で倒していく。鮮やかな棒術で、突き、払い、薙ぐ。棒はサイファの手の内で踊るように回転し、宙を舞っていた。
自室に隠れていた当主を壁際に追いつめた時、一個中隊の憲兵が到着した。当主は、サイファを賊のように言い放ち、憲兵に助けを乞う。
「助けてください! 強盗です。殺されるぅ」
当主はわんわん泣きながら、司令官らしき男に縋りついていた。
続く
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