聖騎士アルベールと首都のバザール③
司令官らしき男は、サイファのほうを見る。そして、にやりと悪い大人の顔で笑った。
「これ全部君がやったの? すごい腕前だね。憲兵相手に覚悟はできているのかな?」
サイファはキッと睨んだ。
「お前らの目が節穴だから、こんな事になるのだろう? そいつは奴隷商をしている。証拠もある!」
「へぇ、証拠なんて捏造という事もあるだろう? こっちが正しくないとも限らない」
「くっ、」
憲兵の司令官とサイファが睨み合う。この男は今までのごろつきと違い、腕に覚えがあるようだった。さすがに棒だけだと、相手にするのが難しい。
しかし、纏う剣気は清らかなものだった。恐らく聖騎士だろう。
「君は人間ではないね。神龍族だろう? 子供の龍がなぜこの国へ?」
「人探しだ!」
一触即発の睨み合いは続いていた。サイファは棒を構え、聖騎士は剣の柄に右手を添えている。
「ふうん、なるほど。――――ごめん、ごめん、証拠を挙げてくれてありがとう。本当はブクカーナ家を差し押さえに来たのさ。中央広場のユルトには部下が向かっているよ。被害者を保護してくれてありがとうね」
急に両手を上げてにっこりと笑う。冗談が過ぎたね、と。
「僕はアルベールという。この国の憲兵の責任者だ。君は?」
「青龍のサイファです。友達がアレナの占い師で、ちょうど通りかかったら女性に乱暴を振るっていたから、以前も俺の友達を誘拐して奴隷として売り飛ばそうとしてたらから、頭に来てやっちゃいました」
アルベールがにこやかに笑いながら答えた。
少年のような柔軟さと悪い大人が同居しているような雰囲気がある。
しかし、物腰は柔らかで隣の家のお兄さんのようだった。
「えっと、プラムちゃんだっけ? その両親が証言してくれた。それと、憲兵に通報してくれたのは、その占い師の子だよ。ソレイユちゃんて言ってたかな? ブクカーナ家は大物だろう? だから僕が来たわけだ。以前から悪者を手引きしている奴がいてね。なかなか、しっぽを掴ませなかったんだ。まさか、慈善家で有名なブクカーナ家だったとはね。やっと捕まえられた。感謝するね」
そして、ブクカーナ家の当主とその配下の者が次々と鎖に繋がれ憲兵に連行される。悪者が捕まり、サイファも解放された。
サイファが中央広場のユルトに戻ると、ニュルンベルクソーセージがたくさん入ったスープをソレイユが手作りしていた。
「はい、サイファ。このソーセージはボイルしてスープが一番よ。野菜もいっぱい入っているから食べて」
ソレイユは料理が上手なのだ。
サイファは美味しい料理に頬が緩みそうになりながら、ユルトの裏側の共同の給仕場で料理を手渡された。
雨の降っていない日は皆ここで食事をする。
地面に木製のテーブルが並べられているが、もちろん、星空の下である。
暖かそうな色のランプが各テーブルに一つ灯り、ソレイユのお土産でこしらえたスープを笑顔で食べていた。
「ソレイユちゃん、これ美味しいね。お代わりある?」
なぜか、聖騎士アルベールがサイファにくっついて来て、ちゃっかりお相伴に預かっている。しかも、サイファより先に食べていた。
「なんで、あんたがここに居るんだよ?」
「ちょっと、ドラコカードを見せてほしくてね」
あぁ、これ? とソレイユがサイファの買ったポーチに手を当てる。中からカードを取り出した。
良く似合っているし、使いやすそうで良かったと、サイファは満足げに頷く。
「サイファ? なに? その顔? 具合悪いの?」
ソレイユに指摘され、サイファは一つ咳払いをした。仕切り直しとばかりに口を出す。
「おじさん。占いなら予約しないと駄目だよ。今日予約すれば三日後だよ」
「はは、おじさん。たしかに子持ちだからおじさんだけどね。初めて呼ばれたよ。占いでは無くて、ドラコカードを見せて貰いたいんだ。知り合いを探していてね。ヒントにならないかなと思って」
ソレイユはドラコカードを手渡した。アルベールはそれを一枚一枚確かめていた。
「知り合いのカードと同じだな。このカードは良くあるタイプなの?」
ソレイユはエマを呼んできた。アレナの事はソレイユにはわからないことが多い。
エマの話では、ドラコカードはアレナ水殿の神官職の者なら全員持っていると答えていた。そして、神殿で管理されているので、他の種類は無いということだ。
アレナの難民は方々に散り散りになっているが、神官職の者はすべて砂にされてしまった。それを聞いたアルベールは、落胆しながらも何かを懐かしく思っているような顔をした。
「その人は、僕によく恋占いをしてくれた。懐かしいな」
ソレイユは目を輝かせてアルベールに聞いた。恋は叶ったの? と。
「半分叶って、半分叶わなかった。でも、まだ、諦めていない」
アルベールは意味深な事を言ってから、ソレイユの頭とサイファの頭を大きな手で撫でた。とても優しくて暖かい。
それじゃぁ、またね、とウインクして宵闇に紛れるようにして帰宅した。とても憎めない、面白い人だった。
続く
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