トロム国の白き魔女⑧
カイの
その名を『
そして、この手の刀は、使いこなすのに相当な力量が必要であった。
まず、直刀は、通常の刀のように反りがないため、対象物を引き斬るのが難しい。
但し、突く、振り上げて叩き落すことに関しては、
カイは、恵まれた体躯と腕力で、突く、叩き落とすに加えて、引き斬ることも難なくこなしていた。
『
カイはイグアスの剣を剛腕で叩き落とす。通常の剣なら木っ端微塵になるところだが、オアシスの剣も神の金属でできているため、双方の力は拮抗し相殺し合う。
神の金属は二種類あり、聖剣やオアシスの剣の刀身は、『
なぜなら、『
よって、『
現在、確認できている
一般には知られていないが、この刀剣は断罪用であり、別名『龍殺し』の武具なのだ。
ゆえに、誰にも伝えてはいけない秘密だが、カイの攻撃がイグアスに当たれば、わずながらに勝機はある。
一太刀で黒毒竜の胴体を真っ二つにできるカイの剣技は、オアシスの騎士にも遅れをとらないが、相手は百戦錬磨の戦士で体は龍の硬い鱗に覆われている。
ちょっとやそっとでは傷さえも付けられない。
おまけに、カイやアルベールの限界がある体力に比べ、神の体力は無尽蔵である。
アルベールはバランスの取れた剣技でイグアスを揺さぶる。カイは、直線的な攻撃でイグアスの注意を惹きつけた。
だが、それも、時間の経過とともにイグアスが冷静さを取り戻してくると、一筋縄でいかなくなってくる。
回復呪文を使ってはいるが、カイたちは追い込まれ不利な状況に陥っていた。
息が粗くなり、発汗し体が重くなる。
「くっ、さすがにキツイ。アルベール、大丈夫か?」
「なにか、いい方法はないかな? そろそろ厳しい」
イグアスは高く飛び、壁を蹴って疾風のようにカイに迫り斬り付けた。
カイは、ぎりぎりに避けてイグアスに斬りかかる。双方弾き飛ばされ後ろに引く。間髪入れずに走り込み、お互い切り込み、剣がガチリと交わり、力が拮抗した。
「そろそろとどめを刺してやろう」
「まぁ、そうなるよな。なぁ、教えてくれないか? イシュタルが暗黒竜の毒を飲んだから、毒を中和する効果のある俺の指輪を嵌めた。だが、毒は体内に留まり、イシュタルが変質をし始めた。あれは、黒毒竜の体液ではない。いったい、どんな竜の毒なんだ?」
尚も力を込めるが、イグアスの剣もカイの太刀もガッチリと噛み合い、押す事も退く事もできない。
「お前の指輪だったのか。汚らわしい。あれは、偉大な竜の血液だ。少量飲むだけで強くなる。但し、一度に大量に飲めば、神龍族といえど本質そのものが変わる。姉は時期がくれば生まれ変わる。人間など手の届かない存在になる」
イグアスは一瞬陶酔したような表情となる。
イグアスは、
きっと、子供の頃にはもうイグアスは神龍族を捨てていたのだろう。
本来、双子の白龍はお互いを慈しむ。独りで居られない彼らは、最初から二人で生れてくるのだ。
イシュタルはイグアスに無意識に違和感を感じ、イグアスを拒絶したのだ。
この悲劇は仕組まれたものである。
「なるほど、帝黒竜の血液か。あの男は
イグアスは一瞬真顔になる。
何も知らされていないのだ。
外見や能力に影響が出ないように、少しづつ変質させられている事に気付いてないのだ。
「ていこくりゅう? 何を知っている? お前は何者だ?」
「俺の一族の血は、暗黒竜に属する。ただし、遥か昔に、その能力を指輪に封じ、人間となった一族だ。イシュタルを返せ。俺はイシュタルが暗黒竜でも気にしない。汚らわしいとほざいたのはお前だろう!」
イグアスが足でカイを蹴り突き飛ばす。
カイとイグアスが睨み合っている間に、アルベールは魔法の詠唱をしていた。光の網がイグアスを捕らえる。
「ぐ、」
光のが更に絡まり細かい網目となってイグアスを絞り上げる。イグアスはうめき声を上げ、怒りの形相でアルベールを睨んだ。
「こ、こっわーー」
「アルベール。相変わらず良い仕事だな!」
「あぁ、カイが隙を作ったからだ。だが、あれも神相手では長くは持たない。さて、これからどうするかだ」
「グレース。精霊たちはどうした?」
「捕らえられているの。今、青龍さんの仲間の女の子が助けに行っているのだけど、まだ開放されていないわ」
「女の子? 大丈夫なのか?」
「すごい足が早かったわ。多分普通の人間ではないと思うのだけど」
「身体能力が異常に高いのなら、龍神のほうだと思う。太陽神の守護の光の中で力が発揮できるのは、神龍族だけだ」
イグアスの神気が疾風のように、ゴーっと音を立て部屋を駆け抜けた。
神気は怒気となり辺りの空気を振動させる。
ビュウビュウと風が吹き付けた。
イグアスの瞳は蒼く光の尾を引き、白龍の姿をした怒気が、イグアスの後方に視えるようだった。
光の網が引き千切られる。
「これまでかもな」
「縁起でもない。しかし、怒っているね。怒りたいのはこっちだつーの」
「神龍のお嬢さんが精霊を開放するのを祈るか。さて、いくぞ」
「いきますか」
アルベールは聖剣を中段に構え、カイは
影は静かに背後に迫る。
黒毒竜は、猛獣にしては頭が良く、群れで狩りをする。
足の早い小さめな小竜が獲物を追い詰め、体の大きな竜が罠で待つ。
そんな罠を仕掛けられているなんてプラムは全く気付いていなかった。
プラムは暗黒竜の群れに背を向け、鳥籠に魔法陣を向けていた。
「なんて、複雑な魔法なの。熟練されていて隙が無い。サイファ君にかけられた呪いに少し似ている。この世の理に食い込み変化させる。そんな魔法」
精霊たちはそれぞれの能力の色で闇夜に浮かび上がっている。
そして、守護対象者に危険が迫っていることを肌で感じていた。
鳥籠の中で精霊たちは必死に祈っている。
プラムはそんな姿を見て、どうしても助けたいと思った。魔法の分解にさらに集中する。
もう少しで分解できる。だが、後方に危険が近づいてきた。
集中しているプラムは全く気づかない。
それもそのはず。プラムは育ての両親に大切に育てられた。
危険が迫ることもなかったし、常に周りを警戒するなんて考えたこともない。
「ギュアオーーーーー」背後から威嚇する恐竜の声が、不意打ちのようにプラムに襲いかかる。
「ひぃ、」
プラムは腰が抜けたように後ろに手をついてしゃがみこんだ。
そして、精霊たちを背にかばう。プラムは後ろ手に精霊のかごを岩の陰に隠す。
三方向から小さめな恐竜がプラムに狙いを定めていた。空いている方向に無意識に体が逃げる。精霊たちは捕食の対象ではないため無視された。
ジリジリと追い詰められるように恐竜たちはプラムを囲む。罠に嵌めるために、姑息にも逃げ道は残されているのだ。
プラムは腰が抜けたように手を使って這って逃げた。
小型の恐竜と言ってもプラムに比べるとかなり大きい。顔は岩のようだし、三メートルも上から見下ろされている。意を決して走って逃げた。三頭とも追ってくる。
足が震える。汗に背中が噴き出る。
「だ、誰か、誰か、助けて。助けてぇーーーーーーーーー」
緊張で眼の前が真っ赤に染まっているような気がする。注意力も散漫していて何も目に入らない。足が縺れた。何度転んでも黒毒竜は一定の距離を取っている。
恐怖が胃からせり上がり、吐き気の襲われ、今にも吐きそうだった。
スカートの裾が枝に引っかかっても、破れても一心不乱に走る。
それでも、精霊の入っている鳥籠に掛かっている炎の障壁のイメージは頭から消えなかった。
解きたい、化学式のような記号を無効にしたい。
プラムは危機に瀕しても、その知識欲だけは捨てられなかった。
続く
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