トロム国の白き魔女⑨

 月が北の空に浮かび、月明かりが映し出したのは大型の黒毒竜だった。


 後ろには小型の黒毒竜が3匹、前には大型が一匹。


 プラムは追い詰められた。


 ガタガタを震え、歯も嚙み合わない。

 寒さを感じるのに全身から汗が噴き出ている。すでにプラムは頭が真っ白の状態で身動きすらできないでいた。


 黒毒竜の爪がプラムを襲う。

 もう駄目だと思い腰が砕けた瞬間、プラムの眼の前に女が立ちはだかった。


 赤い髪に露出の多い服。

 向けられた女性らしい美しい背中は、プラムを救う救世主としては頼りなく見えた。


 タルフィは鋭利な刃の付いた扇を使い、黒毒竜の前足を鋭く斬る。


 痛みに驚き黒毒竜は足を引く。その動きを上手く交わしたが、黒毒竜が暴れたため、足の爪がタルフィの肩に深くめり込んだ。真っ赤な血飛沫が飛ぶ。


「タルフィさん? どうして」

「プラム。あんた馬鹿だね。猛獣に背中を向けてはダメだよ」

「ごめんなさい。わたしのせいで、ごめんなさい」


 プラムは泣きながら布で傷を抑えようとしたが、タルフィはそれを制止する。


「ぐっ」


 タルフィは数歩後ろに飛びのくと同時に、巨大な魔法陣が空中に浮かんだ。

 空の彼方から炎を呼び、魔法陣に吸い込まれる。すると、真っ赤な雷となって黒毒竜四匹に降りかかった。


 黒毒竜は一瞬で燃え上がり、消し炭となって崩れる。


 タルフィは両手で胸の前に魔法陣を創る。その中から金属性の歯車が付いている不思議な形の弓を出現させた。


「これ、使いな。今の騒ぎで黒毒竜がここに集まってくるよ。いいかい、魔法を込めれば矢が燃え盛り、正確に敵を射抜けるから」


 タルフィは肩から流れる血液で、血染めになっている手を使い、プラムに使い方を教える。

 大型の黒毒竜がこちらにのっそりと向かってきたのが見えた。


 ポタポタと血液が流れるタルフィの左手。

 タルフィはプラムを後ろから抱え込むようにして弓を構えさせた。


「魔力を送るようなイメージで、弓矢を魔力で一杯にする」

「はい」

「うん、上手」


 タルフィはプラムの指に手を添えて弓矢の引き金を引く。


 大型の暗黒竜の眉間に矢が刺さった。爆ぜるように火が黒毒竜の全身を包む。


「今の感じを忘れちゃだめだよ。次はひとりで討つのよ」


 森の向こうから比較的俊敏な黒毒竜が走ってきた。涎が流れ、目が血走っている。

 仲間の肉が焦げる匂いで興奮していたのだ。


「ほら、眉間を狙って、引き金を引いて!」

「はい」


 引き金を引くと、ボウっという燃え盛る炎の音が鳴り、矢が高速で放たれる。


 まっすぐ空気を切り裂き、黒毒竜の眉間を射抜いた。そこから炎が発生し黒毒竜が燃え上がる。


「ほら、『矢を出せ』と命令すれば矢がセットされるから、ぼうっとしてないで撃つのよ。


 プラムは教えられたように、次々と現れる黒毒竜に矢を放った。


「プラム。一か所に居ては駄目。逃げながら、退路を塞ぐものから優先的に始末するの。わたしは大丈夫だから、早く逃げなさい」

「でも、血が……」


 大丈夫、タルフィは笑顔をつくって見せた。


「わたしは強いのよ。早く逃げなさい。それと、青龍にはここで会ったことを言っては駄目だよ。その弓はあげるけど、できたら、青龍と関わらずに普通に暮らしなさい」


 タルフィはウィンクをすると空に向けて巨大な魔法陣を創る。


「ほら、早く行きなさい」


 魔法陣は炎を纏い燃え盛っている。周囲の黒毒竜に岩でできた炎の塊がマグマのように降った。


 黒毒竜は次々と炎の岩に潰され消し炭になっていく。プラムは頭を下げてから、精霊と別れた場所まで走った。


 タルフィは巨大な魔法陣を解かずに、プラムに近付く黒毒竜の足止めを続けた。しかし、タルフィの背中の傷は深く、出血は止まらない。


「まいったな」


 黒毒竜は今夜はいくらでも湧き出してくる計画だった。タルフィがいくら紅龍だとしても、黒毒竜の顎で嚙み砕かれれば、生き残ることはできない。

 しかし、プラムを救うほうが比べようも無く大切だった。


 血を失いすぎて霞む目を見開き、崩れそうになる体を叱咤し、意識を失いそうになっても、タルフィは攻撃を止めなかった。


「退路を塞ぐ恐竜を優先的に排除する」


 プラムはそう唱えながら必死に逃げた。進む先の黒毒竜に狙いを定めて、魔法を込めて引き金を引く。


 一刻も早く精霊を鳥籠から解放する。今はそれが何よりも大切だった。


「急がなきゃ、タルフィさんもそれで助かるはず」



 ***



 怒れる神と化したイグアスは、白い神気を纏いながら、弾丸のようにカイとアルベールを襲う。


 その攻撃は高速で、カイもアルベールも防ぐことだけで精一杯だった。


 追いつめられた二人は背中をぴったりと付けてイグアスの攻撃を弾き返す。その連携が敗れるときが来た。


 イグアスが、グレースの障壁に剣を振り下ろし障壁ごと破壊しようとした。


「グレース!!」


 アルベールは咄嗟に飛び込み、背で庇った。イグアスに向かって剣を突き上げる。突き上げた腕は、聖剣を握ったまま空を飛ぶ。


「アルベールーーー」


 カイは走り、イグアスの顔目掛けて太刀を振った。血飛沫が吹き上がる。太刀はイグアスの左目を切り裂く。


 イグアスは、信じられないとばかりに床に佇み、わなわなと震えていた。


「私に、神に傷を付けたな。よくも、よくも、よくもーーーーーーーー」


 イグアスは狂人のように脇目も降らず、カイに襲い掛かってきた。

 滴る血液。怒りで血走る片目。


「お前ごときが、神を冒涜し、キズを付けたーーーーー、許せない、ゆるせないぃーーーーーーーぃぃーーー」


 見苦しい狂った怒り。


 醜く爪を立て、歯ぎしりし、地獄への深淵のような虚ろな片目が、ガラス玉のようにほっかりと空洞だった。そんな怪物がカイに向かって不合理に襲い掛かってくる。


 急所を守るのが精一杯だった。高速で繰り出される剣技が、つぶてのように全身を切り裂く。


 血液が目に入り、世界が赤く染まった。


 もうだめだとカイは瞳を見開いた。

 最後まで、この化け物を直視していたい。

 目を閉じるのだけは、どうしてもしたくはなかった。


 続く

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