第二章 アマルに似た少女、占い師ソレイユとの出会い -水の街はトロム王国 首都ロマスクブール-
水の街とオアシスの魔術師①
イグアスは暗い部屋の扉を開いた。
一筋の光が暗い床に映る。
煙水晶の中の人影が薄灰に発光していた。
そこには、かつてイグアスの姉だったものが封印されている。
暗毒竜の血液による汚染を受け、鱗模様が頬や胸の皮膚に浮かび上がっていた。それを封ずる、美しく細い指に似つかわしくない指輪が、禍々しく存在を主張しているようだった。
イグアスは、知らぬ男に嵌められた指輪に侮蔑の眼差しを送る。
今すぐ破壊してしまいたいが、その指輪が呪いを抑える唯一の方法だった。
くすんだ煙の中にあっても清らかな双子の姉は、イグアスにとっては、家族以上に愛した存在だった。
溢れる優しさや玲瓏な声が懐かしく脳裏に蘇る。そんな、次々と浮かぶ思考はどれも汚れを知らぬ美しい記憶。
もう、自身は汚れている。龍も人もたくさん葬った。
イグアスはそれでもいいと思っている。姉が一人が汚れを受けるのよりは、ずっといい。
いつかイシュタルが目覚める時、白い皮膚が毒で汚れていても、独りではない、自分も同じだと言ってやれる。
そんな思考の移ろいを真後ろからの声が邪魔をした。
かけがえのない姉との時間を遮る者に憤りを感じたが、声の主を考えるとそう言ってもいられなかった。
「時を止めるしか、救う方法が無いとは、―――何とも残酷なことですね」
ここの女主人が扉を開けて佇んでいる。
イグアスは向き直り、礼を尽くし叩頭した。
智慧の神でもあるハルワタートは、思慮深いが決して冷たい女ではなかった。
その通り名のように、暗い夜に道しるべとなるような女だった。
「燈火の聖女様。神龍族の裏切り者である私に、保護を与えてくださり感謝しています」
「オアシスの乙女は、わたくしとは旧知の仲でした。まして貴方は、わたくしの夫が連れていらした方。力が及ぶ限りお守りいたします」
背後より彼女の夫である豪華な金色の髪をした男も姿をみせる。
柔らかい物腰、緑の瞳。颯爽とした紳士の仕草で、彼女の
「ハルワタート、宰相が急ぎの用件で探していたよ。気の毒だから行っておあげなさい」
「アスダル。あなたは、わたくしのことよりも他者をいつも優先して。少しのお休みも取れやしないわ」
「急ぎの件だけすませてくれれば、後でいくらでも、城の者から隠してあげるよ。あまりにも気の毒だったからね。イグアスと少し話をしてから、すぐに向かうよ」
「わかったわ」
温かみのある
その姿を穏やかに見送ったアスダルは、イグアスに視線を移した。
その顔は影が濃く、冷気を感じるほどの冷酷な眼差しだった。
「いい加減教えてくれないか? あの忌々しい小僧をどこに隠した? 貴殿に安っぽい忠誠心が残っていたなんて実に意外だったよ」
イグアスは苦々しい後悔を感じる。
三年前のあの日、攫ってきた太陽神が逃げたのは、只の失態であり、忠誠心などでは無かった。
だが、それを証明する手段など存在しない。
「アスダル様。その件に関しては誤解でございます。決して、貴方を裏切るようなことは致しておりません」
イグアスは君主にするように頭を下げ敬礼した。柔らかな見た目に反して、この得体のしれない男は、強大な力を秘めている。
ハルワタートは預かり知らぬことだが、残忍さは群を抜いていた。
恐らく位の高い竜の一人だろう。
「あなたの姉を救ったのは私だということを忘れてしまっては困る。本当に逃がしたのではないのなら、早く見つけて私に差し出すことだ」
「わかっております」
イグアスは踵を返す。
太陽神は死んでいない。
その証拠に忌々しい光の加護が世界を覆っている。その光がある限り、暗黒竜の類は真の力を発揮できない。
イグアスも本当は神龍の力を捨て去り、暗黒竜に下りたかった。
だが、この力を捨てると次期の白龍が立ち、アレナを拠点に西の地域を制圧するだろう。
イシュタルが目覚めた時になんの障害もない世界で迎えてやりたい。ようやく、勢力を広げ始めたのだ。その
しかしなぜ、太陽神は逃げ出すことができたのであろう。三年前のあの日、イグアスはアマルを完全に昏倒させ、鎖につなぎアスダルを待った。
煩い白龍軍を排除しているうちにアマルの姿が見えなくなっていたのだ。
忽然と姿を消した太陽神は、今も生き延びている。そして、気配すら残していない。
無事ならばとっくに
手薄な天界を攻め滅ぼしてしまおうと、イグアスは暗黒竜の武隊と戦闘を仕掛けようとしたが、翠龍のフィオナが何重にも結界を張っていて踏み込むことができなかった。
現在では
結界術に関してフィオナの右に出るものは居ない。
そのフィオナさえも、新たに生まれたオアシスの双子の白龍を連れ
その国の神官たちは結束が強く、隙がないため中の様子を知ることができなかった。
忌々しい、イグアスは顔を歪める。
唯一、痕跡を探せると思われる、青龍の子供も動きが無い。闇雲に探し回っても何の手掛かりを得られることは無かった。
続く
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