「太陽の金」と「夜の青」⑤

 サイファが縋るように抱き付くとレヴィは微笑む。慈しみ、育てた子供だ。強く、優しく育ってくれた。太陽神を守る使命も負ってくれるだろう。


 裏の世界ウク・プチャウの守護者がそんなことではだめだ、とレヴィが語る。


「これは、死では無い。この世での役目を終えたから、次の役目が与えられるまで休息するだけだ。サイファが安らぎの場所を守ってくれるのだろう?」


「俺には無理だ。アマルも助けられなかった」


「大丈夫だ。できる。生命の樹カウサイ・サチャもノックス・オパールもお前を選んだ。お前の君主、太陽神を取り戻すのだ。サイファ、お前を育てられて、幸せだった。使命は重いが、サイファもアマル様も幸せになってほしい。生命の樹カウサイ・サチャよ。どうか二人を導き給え」


 レヴィは眠るように体の死を迎えた。サイファは涙を流し、レヴィに必ずアマルを取り戻すと誓った。

 太陽が西に沈み、星空が辺りを包んでも、アマルの守護の光は消えることなくサイファを包んでいた。




 ◇◇◇




 さらりとした砂漠の砂は、どんなに掘り進んでも乾いているだろう。


 サイファは膝を付き、砂を手に取る。

 乾燥しきった砂が手からこぼれて、サラサラと風にさらわれた。

 砂時計のようで、無意味な時の流れを感じる。

 あれから三年の月日が流れていた。


 白龍神が治めていたこの土地は今は砂漠と化しているが、アマルが攫われる前までは、緑豊かなオアシスの国だった。

 灼熱のこの土地にあって、唯一冷たくて透明な湧き水。

 まさに、厳しい砂漠の中の慈愛のような土地だった。


 だが、今はその面影もなく、空っぽの砂だけの景色けしきになり果てている。

 水殿に続く参道でさえ、家屋も浅葱色あさぎいろの窓枠も、全て朽ちて風化していた。


「はやすぎる」


 守護神を無くした土地は、これほどまで荒廃が早く進むのだろうか。

 まるで何千年も昔に滅びた、古い遺跡のようだった。


 イグアスは、太陽神アマルを連れ去り、神龍族を離反した。

 その足で自国に帰りすべてを消し去ったのだ。

 アマルもその直後に気配が消え、イグアスも白龍族とその痕跡さえも抹消したうえで、行方を眩ましている。

 イシュタルだけでも探し出せれば、アレナを救済することができるが、フィオナがいくら捜索してもその行方は掴めなかった。


 サイファは情けなさに歯噛みをする。

 全てが遅すぎた。


 アマルの守護の光は、まだ大気中に存在している。

 どんな形であれ、アマルが生きていることは確かだ。

 それだけを支えにここまで来たのだ。


 本当は、アマルを連れ去られたあの日、すぐにでも後を追いかけたかった。

 しかし、体の中の暗黒の血液は、事あるごとに暴走しようとする。

 それを制御し強くなるには時間が必要だった。


 師匠のレヴィンが裏の世界ウク・プチャウに去った後、誰に教えを乞うこともできず、生命の樹カウサイ・サチャの根元の洞窟に入り、試練を願った。

 生命の樹カウサイ・サチャに与えられた試練は厳しく、新たな力を得たが、その力は邪悪が具現化したような、まさしく闇の力だった。


 サイファは参道をさらに進む。

 かつては沙羅の白い花が咲き乱れた森林の奥、水辺に浮かぶように建っていた水殿が見え始める。

 今は、立ち枯れの樹に囲まれ、建物の土台が無残に風に晒されていた。

 オアシスの乙女イシュタルが好んだという、青や紫のネモフィラの花壇も水殿の前庭から消えている。


 しかし、不思議なことにそこに鎮座する女神像だけは、生命をもっているように生き生きとしている。

 右手に太陽を掲げ、愛しそうにそれを見つめる美しい横顔。下に伸ばした左手に水瓶を持っていた。

 その水瓶はこの世界ができた昔からオアシスの水源だった。

 溢れ出す清らかな水は、今はもうない。


 女神の像が残した微かな残留思念が昔の幻影をサイファの脳裏に映す。

 在りし日の清涼な空気を一瞬感じた。

 その刹那、瞳を開けると、そこは砂と風だけの景色。


 続く

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