「太陽の金」と「夜の青」④

 この聖なる龍しか入ることができない島国メンシスに邪悪な毒が放たれている。

 しかも、慈愛と技芸の神と云われている白龍が、無慈悲にもとどめを刺そうとサイファに向かって剣を振りかぶる。


 レヴィは力を振り絞り、サイファを背に庇った。


 イグアスの剣の切っ先はレヴィの肩から心臓を切り裂く。

 血飛沫が二人の子供に降り注いだ。


 それは生暖かくベトリとしていた。


 イグアスは、放心しているアマルの髪の毛をむしり取るように引っ張り引きずる。


 サイファの呪いは、アマルと引き離されたことによって進行し始め、恐ろしいほどの苦しみと痛みが襲った。


 サイファに手を伸ばし逃げようとするアマルの首をイグアスは残忍に締め上げる。


 アマルの目は霞み、意識が飛びそうになってもその仕打ちに必死に藻掻き抗う。


 そんなアマルをイグアスは窒息寸前まで締め上げた。だらりと手が下がり、アマルは意識を失った。


「アマル!」


 サイファはアマルに手を伸ばす。イグアスはその手を無残にも踏みつけた。悔しさが全身を突き抜け、涙となり頬を濡らした。


「元々、死人の神だ。暗黒竜でも同じだろう」

「ぐ、うう、ア、アマルを返せ。それは、俺の王だ。太陽神を手に掛けるつもりか? この世から光が消えるぞ」


 アマルの喪失は、世界の光の守護の喪失である。


 だが、生命の樹カウサイ・サチャは、未来がわかるのだろうか? アマルの代わりは生み出さない。


「誰よりも清らかな存在が見捨てられる世など必要ない。お前も安心して闇に落ちろ。すぐに生命の樹カウサイ・サチャは代わりを寄越す。所詮は使い捨てだ」


「お前の狙いは双子の白龍だろう。やめろ! アマルを返せ」


「太陽神でも、死ねば新しいものが創られる。だったら、姉の穢れを浄化させればいい。この世界にとって駒でしかない」


 イグアスはアマルを抱きかかえ、雲根の岳より空中に飛び込むと、たちまち神体化する。鋭い爪の間にはアマルが握られていた。


 サイファは苦しみに動かない体に鞭を打ち立ち上がる。頭の中が真っ黒になって、憎しみに支配されていた。


 全てを破壊しつくせば、この怒りは静まるのだろうか?


「違う。俺は暗黒竜じゃない。――憎しみの何が悪い、破壊してやる。……俺は何を考えている? 違う、俺は、俺は、」


 光が差すことのない、真っ黒な闇に飲み込まれそうだった。この闇に身を委ねれば楽になる。だが、しかし。


「嫌だ。嫌だ。――嫌だ」


 自分が変わるのが嫌だった。

 僅かな光の気配を感じ、その方向に手を伸ばす。

 手に馴染む感触がした。

 それは氷月夜刀槍だった。手に取るとアマルの守護の光を感じる。


 光が体の中の呪いを浄化しようとするのが分かった。呪いと浄化がせめぎ合い、刺すような痛みが押し寄せる。


「くそっ、なんだよ、これ。くっ」


 苦しみ藻掻いていると後ろから大きな腕に抱きしめられた。


「サイファ、これがお前を選んだ」


 レヴィがサイファの腕を取ると、煌めく夜空に星雲を散らしたように輝く宝石がレヴィの腕から浮き上がり、白銀の金属を巻き込んで姿を変える。


 サイファの左手に金属が巻き付き絡まり、五本の指と腕を守る武具、ガントレットとなる。


 最後にノックス・オパールが腕に収まった。

 それと同時に皮膚から黒い鱗の模様が消える。


 呪いは、アマルの守護とノックス・オパールによって抑えられたのだ。

 消えたわけではない。

 サイファの髪は黒いままだった。神体を取れば、漆黒の龍となるだろう。


 レヴィの傷も浅くはなかった。命の灯火はもう消えようとしている。


「レヴィ、レヴィ、死ぬな! ノックス・オパールを返すよ。だから死なないでくれ。」


 続く

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