遂に黒幕アスダルの異能が明らかに
統合 -Tougou- タルフィ
アスダルは暗黒竜に獣化したまま、トロムの結界を抜けルークスまで飛ぶ。ルークスは火山の国だ。高山を越えると屋敷が見えてくる。ここまでくれば安心できた。
獣化を解いて人の姿に戻り、パティオに降り立った。
暗闇に鍾乳石の白い回廊が幻想的に浮かび上がっている。彫刻はすべてアラベスク模様、柱が重なり合い見事な調和を見せていた。
ハルワタートの居城はどこに居ても柘榴の実の甘い香りがする。気を失っている妻を夫婦の寝室まで運び、ベッドにそっと下ろした。
「アスダル? わたくし、どうしたのかしら? 力が入らないわ」
「少し、血を失いすぎたね。傷は塞いだよ。汗もかいたし、私が湯あみを手伝おう」
ハルワタートは起き上がる。普段は着ない煽情的な踊り子の衣装を着ていた。この服はもう着ることはできない。赤い衣装を凌駕する量の血液が、こびりついていた。
ハルワタートは怪我の原因を思い出そうとする。だが、刺さるような視線が気になり顔を上げた。
アスダルが苛立っている。彼がハルワタートに険しい瞳を向けるのは、今日が初めてのことだった。
ハルワタートは少し申し訳ないような情けない気分になる。何が彼を怒らせたのだろう。
「馬鹿な女の振りをしたい君の気持もわからなくはないが、よりによって娼婦を選ぶことはないだろう?」
「え?」
「自由に選ばせたのだから、君の意見を尊重しようとは思ったが、私は君を他の者に触れさせる気はさらさら無いのだよ」
「アスダル? 何を言っているの?」
アスダルはふっと笑ってから、ハルワタートを抱き上げ湯殿に向かった。
火山の国ルークスは、そこかしこから湯が湧き出している。ここの湯殿も温水を掛け流しにしているため、いつでも風呂に入れた。
アスダルは、ハルワタートのドレスを肩から抜き、脱がせてから浴槽の中にそっと入れる。
自分が濡れるのも厭わず、汚れを落とすようにハルワタートの肌に湯を馴染ませる。
よくよく見るとアスダルの服は焦げたように破れ、ボロボロになっていた。
「怪我をしているの? あなた?」
「大したことは無い。それより、ハルワタート」
ハルワタートは湯気を纏いながらしっとりと濡れる金髪と緑の瞳を見つめた。頭の片隅で覚えている。アスダルはハルワタートを救出に来た。その際に、青龍サイファと対峙したのだ。
「サイファの剣では、傷付けられていない?」
「へぇ、いつもは知らない振りするのに、珍しいね」
「あれで傷を負わされると、治すのが難しいから」
ハルワタートは、アスダルの腕にある火傷を手でなぞる。綺麗に傷が癒え、怪我の痕跡が消えた。
「ハルワタート。
「魔術師?」
「そう、鎌を持った死神のような魔術師はどうかな? もう一人の自分の趣味にも合うだろう?」
「わたしは、――――魔術師。灼熱の魔術師タルフィ」
「灼熱の魔術師タルフィか、ありふれてて、面白みが無いけど、まぁ、いいだろう。娼婦よりはましだ。君の魔法はたしかに灼熱だからね」
「ふふ、わたしは灼熱の魔導士。
「いいね。それが私の悲願だ。タルフィと呼んだら目覚めるのだよ。今は寝ていなさい」
「うん、わかった」
タルフィは強い眼差しの瞳を閉じ、ハルワタートに心の中心を譲る。
再度、瞳を開けた時には温かみのある色に変わっていた。
瞳を見ればどちらの人格が表層にでているのか、すぐにわかるのだ。
「ハルワタート。湯は心地よいかな?」
「ええ、あなた。あなたもお入りになれば?」
「そうしよう」
ハルワタートは与えられる優しい手に瞳を閉じる。アスダルが愛しているのはもう一人の自分だった。
不思議な感覚。タルフィになっているときは、卵の殻の中から外を眺めているように感じる。
「あなたにとって、わたくしは何者なのかしら?」
「君は私にとって燈火だよ。そしてもう一人は
考える必要はない。ハルワタートはそう思った。
天窓から見える柘榴の実は甘く熟している。柘榴の赤い実のように甘く男を酔わせる女になってみたかった。
ハルワタートは生まれた時から智慧の神である。賢く美しくあることを求められた。それが誇りでもあり、
アスダルの薬は願望を具現化する力を持っている。ゆるやかに接種すれば、影のように存在していた人格がもう一つ生まれるのだ。
『影を具現化する』
それが、アスダルの闇の力だった。
「ねぇ、ハルワタート。闇に呑まれた青龍の子供は、どんな存在に生まれ変わるだろうか? 今から、楽しみだ」
アスダルの血液を一度に大量に接種すれば、息の根が止まるか、影の人格に支配されるかどちらかになる。前太陽神のルフレは適応できずに崩御した。
アスダルは、彼女も手に入れたかったのだ。だが、光属性のものは適応できない事が多い。
イシュタルも毒を中和する指輪が嵌められなければ、適応できずに死んだだろう。しかし、イシュタルは生きている。ゆっくりと別のモノになろうとしていた。
サイファは闇の力を操る。影の力が強くなれば、一気に別のものに生まれ変わるだろう。
ハルワタートを後ろから抱きながら、アスダルはその右手を取り指先に口付けた。
優しさゆえに、他者を傷付ける事を躊躇う子供だった。
子供のころのサイファはこれが軍神なのかと疑うくらい、かわいい容姿をしていた。
青龍軍においても遠慮をして能力を開花しきれない姿は、ハルワタートには歯痒く、手を差し伸べたいくらい愛しく可愛いい存在だった。
アマルが攫われてからは、一心不乱に己を鍛え上げていた。人が変わったように。
「ねぇ、アスダル。あの子は子供よ。プラムの友達だし、巻き込まないわけにはいかないのかしら?」
ハルワタートはアスダルを見上げる。雫をまとったその瞳は、ゾッとするほど冷たく光っていた。
「それは無理な相談だ。あの子供は
「そう、仕方のない事なのね」
これは、過去の龍神の罪。それより以前の消された神々の罪。
過去の清算をするのは未来の子供たち。
それではあまりにかわいそうなこどだ。
ハルワタートは、胸の痛みにそっと涙した。
続く
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