段々と

 グレースの元にカイとアルベールが駆けつけてきた。アルベールはグレースを労わるように手を取る。


「久しぶりの戦闘で疲れたのでは?」

「いいえ、陛下こそ、腕は大丈夫でしょうか?」

「ああ、ソレイユちゃんの魔法で完治したみたいだ。ありがとう。イシュタルが帰って来たのかと思ったよ」

「それは、イシュタルのカードか?」


 カイは黙り込んでドラコカードを見詰めていた。

 その顔には苦渋と懐かしさが同居している。婚約者のカイはイシュタルを求めて止まないのだ。


「あたし、イシュタルを探さなくてはならないの」

「ほう」

「ついて来てくれない?」


 カイは破顔する。ようやくイシュタルを探す手掛かりを得たのだ。しかも、イシュタルのカードを持っているという事は、人間では使用できない神がかり的な魔法を使用できる。最も強い味方だった。


「ああ、いいぞ。俺も探しているからな」


 ソレイユは周りを見渡した。サイファとプラムも慌てて駆けてきた。プラムがソレイユに抱き付く。


「怖かったよぉ。そーちゃん、ありがとう」

「プラムちゃん、無事で良かった。サイファも大丈夫?」


 サイファはソレイユの顔を見た途端、安堵する自分に気が付いた。冥府の王らしき人物にも対峙した。サイファは知らず知らずのうちに、追い詰められたような気持ちになっていたのだ。


 生命の樹カウサイ・サチャの事も疑問が消えない。だが、ここに居るソレイユとプラムだけは、サイファにとって護るべき確かなものだった。


「うん、無事だ。金色の光はソレイユの力か?」


 そうよと、ソレイユは答えた。イシュタルの願いが実を結んでみんな巡り合ったのだ。


「サイファ。あたしは、旅に出なくてはならないみたい。イシュタルから伝言があったの。まずは、次期白龍神を尋ねて、次に、イシュタルを探すの」


 サイファは少し複雑な表情をした。ソレイユは普通の人間の体力しか持っていない。白龍の双子は翠龍フィオナの国に居る。フィオナの国は北の大地の外れにあり、サイファは入国を拒まれている。


 フィオナはサイファを疎んじているのだ。理由はわからない。氷月夜刀槍だけが問題ではないのかもしれない。飛翔塔からの入国はできないのだ。


「過酷な旅になりそうだな」


「でも、サイファ。イシュタルに逢えれば、封印されたアマルを目覚めさせられるの。あたしと一緒に旅してくれる?」


「もちろんだ」


「プラムちゃんは? どうする? 多分、一緒に旅するために巡り合ったのだと思うけど」


「そーちゃん、一緒に連れて行って。わたしも行かなくてはならないの」


「うん」


 プラムの実の両親はサイファの敵である。タルフィは戦いに関わらないように生きてほしいとプラムに願っていた。


 だけど、プラムだけ安全圏にいたら、友達を失うか実の親を失うかどちらかだ。そして、プラムだけ何も知らずに、かけがえのない人を両方とも失うかもしれない。


 それだけは嫌だった。


 それに、プラムは両親を止めたいと思っていた。

 どのような問題で両親が暗躍しているかわからなかったが、どんな理由でも改心して一緒に暮らしてくれるように説得したかった。


 いつか、暗黒竜が人間の脅威ではなく、人とも神龍族とも共存するのがプラムの夢である。今は敵対していても、いつかは和解し、暗黒竜と神龍族が共に暮らせる世の中をつくりたいのだ。


「それはそうと、カイさん。私に剣の使い方を教えてください」


 ソレイユは真剣にカイを見た。旅立つ前に強くならなくてはならない。タルフィに襲われたときに咄嗟に剣を抜いた。あの感触が忘れられない。


「そうだな。旅をするにしても少し鍛えなくてはな。そのレイピアはお前のか?」


「あたしのというか、カードを引くと装備されるみたい」


「へぇ、イシュタルの軍装とは違うな。属性が違うからか。その感じからすると光の属性か」


「はい」


「なら、俺よりアルベールがいいだろう。俺は、腕力にまかせて剣を振るが、アルベールのは基本に忠実な剣技だ。バランスが良いので女の子にもむいている。なぁ、アルベール」


「ああ。いくらでも務めさせて貰うよ。本当は僕も旅についていきたいけどね。僕は国を離れられない。グレースに任せると慈悲ばかりで国が破産するからね」


「まぁ、あたくしでもやればできるのですよ」


和やかに談笑をしていたが、サイファが割って入った。とても不満げな顔をしている。


「ちょっと待て!」


アルベールとソレイユの間に入る。


「剣なら俺が教えてやるよ」


「サイファは駄目よ。動きが独特すぎるし、あたしは神龍族じゃないのよ」


「それはそうだが、」


「ついていけるはずないでしょう? サイファの動きについていけるのはプラムちゃんだけよ。プラムちゃんをお願い」


「師匠、お願いします」


 プラムがいつもの明るさでサイファに敬礼してみせる。おどけながら揉み手までしている。プラムのいつもの冗談だ。一同が笑いに包まれる。サイファも声を上げて笑った。


「そうか、そうだな。プラムに接近戦を叩き込まなきゃ、直ぐに死んでしまう」


「逃げ足なら任せて」


 クスクス、グレースが笑っていた。その笑顔はとても美しい。

 グレースの笑顔を見るのは、ソレイユもサイファも初めてだった。


 束の間の平和と安らぎ、そして少しの緊張が辺りを包んだ。

 空を見上げれば満点の星。

 今この時も、西大陸は黒毒竜が勢力を伸ばしている。

 力が必要だった。ここを出て生き抜くための。


 続く

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