最終章 旅立ちの前に、修行の成果を見せるために奇襲をかける女の子達
延々と続く道のまえで
ここはロマスクブールの西の森。
プラムは腰を低くして周りを見渡した。敵は一人。気配が全くしない。
「俺は、素手で戦うから、プラムは殺すつもりで挑んで来い」
白兵戦の演習に入る前に、サイファに言われた。
プラムは、近距離戦闘用のタガーを装備し、臨戦態勢に入る。全く、勝てるイメージがわかない。
「殺すつもりって言われても、サイファ君は強すぎだよぉ」
森は木が密集している。木漏れ日は明るいが、樹木の陰の色は濃い。
ピンと張った緊張の中、プラムは向かってくる気配を感じた。サイファだってプラムのレベルは心得ている。これは演習なのだ。
動くスピードが速すぎて防御に余裕が持てない。プラムは向かってくるモノに一突きした。
体が反応しタガーが刺した一撃は、間違いなく急所のみぞうちに向けたものだった。止められないくらいの鋭い突き。だが、タガーは空を切る。プラムは手首を掴まれ空中に放り投げられた。
「ひぃぃぃ」
そういえば、この修行中になんど放り投げられただろう。
何も考えずに体は反応し、足の裏が地を掴む。落下の反動を足のばねに蓄えて地面を蹴り上げた。
標的を目が捕らえ、タガーを裏向きにして顔目掛けて下から上へ切り上げる。その腕をサイファが叩き落す。
絶対に武器を落としてはいけない。痺れる手に反対側の手を添えてタガーをキープした。
そら、もう一回、とばかりに、サイファに放り投げられる。
(く、悔しい……)
手がまだ痺れている。握力が戻るまで時間をかせがなければならない。
(別にタガーで戦わなくても良くない? こっちが手加減できるような相手じゃないんだし)
瞬時に頭を切り替えてタガーを腰の鞘に納める。左手で魔法陣を展開しながら地を蹴り後ろに下がった。
タルフィより貰った魔法仕掛けのクロスボウを構え、サイファに向けて撃つ。炎の魔法を込めずに打てたので、「わたし、ちょっと余裕あるじゃん」と思って顔がにやける。
自動で敵に狙いを定めるので絶対に避けられない。仕方が無いので、サイファは短剣で矢を薙ぎ払った。矢は粉々に砕かれる。
「プラム、合格だ。隙ができたら距離を取り弓を使う。正解」
「ふふん、サイファ君は武器を抜いたから約束違反よ。わたしの勝ちでしょう。やった、一勝」
「ち、やられた。プラムは真面目だから、弓を撃つと思わなかった。油断だな」
「サイファ君みたいに石頭じゃないもの~」
少し前に、同じようなことを言われた。サイファはその時のことを懐かしく思う。何も知らないで、ルークスのパティオを尋ねた。
だが、そこに行ったからこそ、運命が動き出し、全てが始まったのだ。
イシュタルがソレイユにカードを託し、ドラコカードがアマルまでの道を示す。偶然ではない必然。
これから、気色悪い謎が解けようとしていた。
「サイファ君? 黙り込んでどうしたの?」
プラムがコテンと首を傾げる。暖かい眼差し。瞳の色は違っても、優しかった人の面影が見えた。
「なんでもないよ。プラム。これからどうする? もう少し訓練するか?」
「ううん、今日は診療所を午後から手伝うって言ってあるから帰るね」
「ああ。あ、そうだ!」
サイファは、ポケットから包みを出す。いつかの鍛冶屋に頼んだら、女性らしいアラベスク模様のなめし皮と金属で手甲をつくってくれた。女将さんの作品らしい。
「これ、合格祝いに。クロスボウもタガーも手を防御しなくてはな」
プラムは女の子の顔をして、嬉しそうにしていた。サイファはたまに覗くプラムの素顔が少しばかり眩しく映る。
「ありがとう。大切にするね」
「まぁ、プラムの手のが大事だから、二の次でいいけどな」
プラムは手に装着する。サイズがあっているようでサイファは安心した。金属の輪で中指に固定をするタイプなので、手が動かしやすそうだ。プラムは手を握ったり開いたりして感触を確かめる。
「これなら、普段も着けていられそう。色も今の服装に合わせてくれたの?」
「ああ、服の形と色を鍛冶屋に伝えたよ。俺にはわからないけど、プラムが気に入ったら良かった」
プラムはサイファと訓練するようになってから、女性用の軍服のような服を着ている。足が動かしやすく広がるスカートで、スカートの中は短いズボンのようなペチコートを履いていた。赤紫と黒を基調としたデザインのため、手甲も同じ色を使っている。その服はグレースからの贈り物である。
ソレイユも服を贈られたが占い師用の服だった。瞳の色に合わせて空色で良く似合っている。ソレイユは軍装があるので、そちらのがいいだろうという配慮だった。
プラムと別れサイファは給水塔に向かう。ロマスクブールの街が一望できるその場所は、サイファが考え事をする際によく使っていた。
飛翔塔に登るための、レリーフに手を触れた。すると、一瞬で塔の最上階まで移動する。
サイファはカタリと小さな音を拾った。誰か居る。緊張して短剣の柄に手を添えた。
その瞬間、鋭い突きがサイファを襲った。サイファは避けながら短剣を引き抜く。
氷月夜刀槍を変化させることのできない速度の突き。サイファは躱しながら相手をたしかめる。
相手はソレイユだった。女神ルフレの軍装に身を包み、畳み込むようにレイピアを振るう。
アルベールはソレイユにとって、かなり相性の良い師匠のようで、短期間でメキメキと力をつけていた。
「だが、まだまだだ。隙がある」
サイファはレイピアの突きを躱す。後ろに飛び退き短剣を鞘に収める。激しい攻めを避けながら懐に入ると、ソレイユの右腕を両手で掴んだ。片手を滑らせ肘を曲げる。
ソレイユはバランスを崩して前のめりに倒れた。関節技は通常は逆に捻るのだが、怪我をさせるわけにもいかないので、無理なく曲がるほうに折り曲げた。それだけで体勢がくずれる。
膝から崩れ落ちる瞬間にサイファとソレイユが目が合った。ソレイユは悔しそうな顔をしていた。
「また勝てなかった~」
「ソレイユには、まだ負けないよ。それに、攻撃の前に気配を消し切れていない」
「そっかぁ」
ふふっと笑ってルフレの軍装を解いた。カードの使い方も上達している。
「サイファ、お茶にする? サンドイッチ作ってきたよ。お昼まだでしょう?」
「うん、ありがとう」
「食事を提供するのも、雇用主の役目だからね」
豊かな水の街ロマスクブールを一望する。西には王城、東は街が拡がっていた。
一陣の風がソレイユの豊かな髪を揺らす。ソレイユは眩しそうに瞳を細めた。
「ねぇ、サイファ。明日、ここを後にして国を出るよ。ドラコカードがそう示したの」
ソレイユは『創める者』のカードをサイファに差し出した。
準備は終わった。機が熟したのだ。
「黒騎士カイには伝えた?」
「なんなの! あの人! 昼間っから変な所にばっかり入り浸っているのよ。剣の稽古もアルベールに任せっきりで、全然見に来ないの!」
「まぁまぁ。アルベールはあれでも真面目になったって言ってたぞ。イシュタル一筋で、女遊びは卒業したそうだ」
「イシュタルを探し当てたら、ぜったい告げ口してやる」
「まぁ、自業自得だからいいんじゃないかな」
いつの間にか水の精霊のアクアが、見晴らしの良い一角に座っている。こちらをクスクス笑いながら見ていた。
(……グレースが旅に一緒に行けって……)
「えっ、いいの? トロムの結界は?」
(……一人くらい抜けても大丈夫なの……、よっぼどのことがあったら呼び戻される……カイには伝えたよ、ついでにお仕置きもしておいた……)
カイはどんなお仕置きをされたのだろう? 合流したら話を聞こう、とサイファは思わず笑いが込み上げた。
誰にも言っていないが、実はカイのことを気に入っている。それをソレイユに伝えるのは、後の楽しみにすることにした。
「プラムちゃんは?」
(……いつでもオッケーって言ってた……)
「そっか。じゃぁ、旅立ちますか」
「そうだな」
これからの事は未知数だ。北の大地は翠龍のテリトリー。
ソレイユは別れを惜しむように、水の街を心に焼き付けた。
第一部 完結
最後まで読んでくださってありがとうございます。
サイファとソレイユの奮闘は、まだまだ続きます。
インティ・ゴールド-夜の神は魔術師に導かれ金色の龍を探す- 麻生燈利 @to_ri-aso0928
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