決別 −Ketsubetsu−

 正式な謁見を申し込み、サイファは再びルークスを訪れていた。

 ハルワタートのパティオは、相変わらず光が降り注ぎ荘厳に美しい。


「この間の話の続きかしら?」


「ご助言通りに暗黒竜の封印を解きました」


 サイファはハルワタートの腹を探るような眼差しを送る。ハルワタートはいつものような暖かい眼差しをしていた。


「ほほほ、そんな怖い顔をしてどうしたのですか?」


「わかりません。こうして逢いに来ても、不思議でならない。なぜ、トロムの国民を殺そうとしたのですか? 彼らは何の罪もないはずだ」


 なんのことかしら、とハルワタートはティーカップにお茶を注ぐ。

 風が柘榴の実の香りを運ぶ。甘くてせつない香りがした。

 こうして対面で話しても、ハルワタートとタルフィは同じ人物に見えない。だがサイファは確信していた。

 ハルワタートに暗黒竜の呪いの痕跡は無い。鼻の良いプラムは、毒ではないが薬の痕跡はあると言っていた。


「女神ルフレは、貴女の禊場みぞぎばから帰宅した後に暗黒竜の呪いが発現した。死に至らしめたのは貴女か?」


 ハルワタートは真っ直ぐに前を見つめる。当時の事を思い出しているようだった。


「違うわ。わたくしは彼女の苦悩を和らげたかっただけだもの。ルフレは、サイファと違って適用できなかったのよ。わたくしと夫は、生命の樹カウサイ・サチャをルフレに始末してほしかったの。要らないわ、あの女」


 ハルワタートは、生命の樹カウサイ・サチャを女と呼んだ。子を実らせるのだから女性的ではあるが、はっきりと女と言うのは初めて聞いた。


生命の樹カウサイ・サチャは女なのか?」


「そう、霊獣を暗黒に染めて地下に追いやった女。神龍族と組んで、ことわりを都合のいいように捻じ曲げた」


 生命の樹カウサイ・サチャが、ことわりに反するものを、サイファに討てと武具を授けてこの世に生み出した。


「俺は知らない。付き合いきれない。勝手な事を押し付けられても、従いたくない。それに、お前たちも嫌いだ。燈火の聖女よ。お前はタルフィだ」


 ハルワタートの目線がぼやけたように感じた。瞬きをすると強い眼差しの女に人格が交代していた。


「なぜ、そう思った」


「あんな大袈裟な攻撃魔法が放てるのは、紅龍軍の将軍だけだ。俺を誰だと思っている。ハルワタート」


 また、ハルワタートは瞬きをする。今度は暖かな眼差しに戻っている。サイファは目の前で起きた変化に違和感を覚えた。イグアスも怒ると別人のようになる。ハルワタートも、今の一瞬は別人のようだった。


「その名を無闇に呼んではいけない。闇に染まった青龍よ。彼女はわたしくしの、もう一つの姿。夫、アスダルの異能が創り出した。サイファ、貴方の内にもいるでしょう? こちらに付いたほうがいいわ。もう、わたくしたちと同じでしょう?」


 サイファが怒りで歪んだ笑みを見せる。怒気は頂点に達していた。


 生命の樹カウサイ・サチャは、結界内では力を発するが、全知全能では無い。この世の中心にいるくらいなら、こんな神龍は自身で倒せばいい。

 太陽神も一定の条件下で全知になるが、全能ではない。まんまと毒を盛られていた。


「双方、自身が正しいと言うなら、それでいい。俺には関係無い」


 サイファはアマルを探す。ソレイユがアマルを探さなくてはならないになら、サイファは力になると決めた。暗黒竜の真実を知りたいとプラムが言う。友達だから力になるとサイファが決めた。

 だが、生命の樹カウサイ・サチャとアスダルの思惑に乗るつもりはない。


「何が正しいかは自分で決める。それが悪だと言うならそれでいい」


 サイファは後ろに飛び退き、氷月夜刀槍を構える。武具は長槍に変化していた。


「アスダル、イグアス。隠れているのだろう? 回廊の柱の影。菩提樹の枝の上だ」


 サイファは臨戦態勢を取り、槍を構えながら後退する。今は昼間だ。アスダルは脅威ではない。


 ハルワタートもアスダルも、まだ殺さないとプラムに約束した。イグアスは深手を負っている。


 飛翔塔は近い、そこまで後退した。


 サイファは駆け出し、入口のエンブレムに触れる。そのまま最上階より、トロムに跳んだ。


「逃げられてしまいましたね、ハルワタート」

「まぁ、わたくしにも、イグアスにも、待てをしていたくせに」


 アスダルは怪しく笑う。


「私達の娘と知って行動を共にするなんて、甘すぎるだろう。私だったら絶対にしない。仲間なんてあやふやなものを信じることができるなんて不思議だ」


 ハルワタートは悲しい顔をする。愛する娘が切り札。戦いの最中には、肉親でさえも戦略の一つとしなくてはならない。


 続く

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