トロム国の白き魔女②

 テーブルの上にカードが置かれる。

 もつれてしまった過去の事象を紐解くには、どこから手を付けたら良いのか? カードの配置を決めるスプレッドは、占者ソレイユに委ねられる。


 イグアスの誤解、トロム王の真実。


 流れに任せてカードをシャッフルしてほしいとソレイユはグレースに言う。グレースは何も知らないのだ。だけど、一番の被害者。


 グレースは心を無にして、ソレイユの手を追い駆けた。


 カードは交差する。過去と未来を。

 奏でるようにビロードの上を舞う。

 そして、万里を見渡し、事象を捕らえた。

 シャッフルの終わりは自然にわかる、澄んだ光を感じるから。


 二人は同時にカードから手を離した。ソレイユはカードを真ん中に集め、横向きに揃える。


「さぁ、女王グレース様。カードの上下を自分の手で決めてください」


 グレースはカードの上下を決めかねて、何度か回転をさせたのち、縦方向で手を止めた。彼女にしてみれば、この問題は身を切るより辛いのだろう。


 夫を守りたい。守るのにも限界がある。まして、相手は白龍神だ。

 自分だけが罪を背負いさばかれるために、子供の成長を待った。

 まだ二歳の娘だ。

 だが、精霊たちは子供を主とすることを承諾してくれた。


 グレースの表情は強張っていた。そしてそっと呟く。


「私が居なくても大丈夫。オアシスの魔術師のほうが何倍も強いのだから」


 ソレイユは爪弾くようにカードを左手の山から右手に移す。一枚、また、一枚と。


 事象の片鱗を選んでテーブルに伏せた。

 円を描くように十二枚のカードがスプレットの定位置に収まる。

 これまで生きた時間の欠片を、分割して『ホロスコープ』のハウスを創る。


 上弦の六枚は自分からの側面、下弦の六枚は周りからの側面。

 それぞれ、示すキーは、現状、結婚、知識、理想、愛、潜在意識。


 ソレイユは残ったカードの山をアコーディオンのように広げた。


「テーマカードを選んでください。真実を知るカギとなります」


 グレースは震える指先で真実を選び取った。

 選んだカードは『太陽』。


 ソレイユは眼を見開いた。太陽神が降臨する。

 やはりグレースは純粋な人なのだ。太陽神が力を貸すくらいに。


『太陽』をその手に掴む人はいつも奇蹟を起こした。

 そして、この真実はアマルへと続いている。


 ピンと弦が張ったように、神聖な空気が辺りを支配した。


 そして、カードの上に神が降り立つ。


 光のようなプラチナブロンドと空色の瞳。

 実態が無いそれは、確かにアマルだった。


「―――アマル」


 サイファは立ち上がり腕を伸ばす。

 掴んでも何の感触も無かった。

 空を切る指先から、魔法が漏れ出し氷の粒が舞う。


 アマルは微笑んで、手を伸ばし氷を手のひらに乗せた。

 光と氷が絡み合う。

 アマルとサイファの瞳は交わらなかった。空を見つめる瞳には何も映ってはいない。

 だが、サイファの存在を感じたように微笑んだ。


 時空の違う世界に居る。


 カードを通してのみ繋がる空間。どこでもない場所。


 カードは輝く、そして絵柄を変えた。

 グレースの手の中の『太陽』は、真っ白になり、ゆっくり『恋人』の絵柄が浮かび上がってきた。


 他のカードは、一瞬で全てが搔き消され、次の瞬間にテーブルに並んだ。すでにカードは表面になり、展開されている。


 アマルが去り静けさ訪れた。

 残ったのは太陽神が遣わした十三枚のカード。奇跡は終わり、ソレイユはカードを読み解く。


 上弦のカードは、青龍の5、青龍の10、死神、青龍の8、青龍のクイーン、青龍の7。


 下弦のカードは、白龍のキングの逆位置、白龍のクイーンの逆位置、白龍のナイト逆位置、白龍の10、白龍の7、白の法王の逆位置。


 そして、キーカードは『恋人』。


 ソレイユはグレースに問いかける。


「女王様、真実は王が知っているようですが、話し合ったことはあるのですか?」


 グレースは首を横に振る。二人の中では禁忌に近い話。思いがあっても越えられない壁ができてしまった。話し合ったことなどない。


 夫を心から愛していた。子供の父親としても良くやってくれている。

 だけど、裏切りの傷は深く、政略結婚でもしたように、否、それ以上に他人行儀な間柄だった。


 白龍のカードが出揃た下弦は当然イグアスのことになる。ソレイユは感じたままに口にした。


「女王様も白龍神も騙されています。

 女王様はただ話し合えばいいのです。恋人、つまり旦那様が全てを知っています。

 白龍神は歪んでいる。もう間に合わないかもしれません。救えるのは恋人、つまり白龍神が愛した人だけ。真実の敵は、舞台にまだ上がっていない」


 ソレイユは、全てのカードを集めシャッフルする。テーブルの上に散らばるカード。それを指さし告げる。


「サイファ、あなたがワンオラクルカードを選びなさい」


 サイファは立ち上がり敵を探す。イグアスだけではない、黒幕がいる。


 選んだカードは『邪神』だった。姿の見えない冥府の王。


 最初からわかっていた。ルフレをしいして、黒毒竜の活動域を広げたのも、イグアスを使って罠に嵌めたのも、その存在で間違いは無い。


 サイファは、背中が冷たくなるのを感じていた。














 ロマスクブール西の森。

 精霊たちはイグアスの存在を確認し、鳥籠の中で必死に身を隠していた。


 大好きな主人とその大切な人を守るため。イグアスだけは国内に入れてはいけない。結界を解いてはならない。

 だが、ついにイグアスを結界内に入れてしまった。


 なぜなら、綺麗で優しそうな流浪ろまの民が手招きをするから、つい姿を現わしたら、想像以上に強くて、一人残らず捕まってしまったからだ。


 精霊たちは悲しみに暮れる。

 これから大好きな人達が、きっと傷付けられてしまう。



「ねぇ、イグアス。あんたさぁ、マジでこの小っこいのに、邪魔されてトロムに入れなかったの?」


 タルフィは、拘束魔法の付与された鳥籠を顔の高さに持ち上げた。

 人間の魔法師にしては精霊の種類が多い。風、水、土、火、光、闇、六種類の精霊はお互いに肩を寄せ合って震えていた。


「あんたたち、告げ口でもしたらタダじゃおかないわよ。しかし、ねぇ? この火の精霊なんて、わたしの言う事を聞いたっていいと思うのだけどな」


 厚い化粧、柘榴ような唇。

 炎のような赤い髪。

 タルフィは紅の織火のように鮮烈に美しい女だった。


 イグアスは無表情で答える。不快を感じれば、感じるほど無表情になるのがこの男の性質だ。


「それらは、トロムの初代王妃の頃からこの王室に仕えている。イシュタルが友と呼んでいたから生かしておいた。悪いのは飼い主だからな」


 イグアスは、流浪ロマの民の衣装を着て、ターバンで髪を束ね、背中に六弦琴ろくげんきんを担いでいた。


 イグアスは弦楽器ならどのようなものも弾きこなす。

 アスダルの命令で、タルフィの踊りの伴奏者として同行していた。


 但し、真の目的はサイファを泳がせ、アマルを捕らえることだ。


 そしてここは、イグアスの最愛の姉を追い詰め、自害を選ばせた憎き恋敵が治める国。

 せっかく入国できたのだから、国ごと潰してやってもいい、そう思っていた。


「いい宿、取ってくれた? あんたもさぁ、たまには可愛い女の子でも買って、息抜きすればいいじゃない。私も可愛い男を探さなきゃ」


 イグアスは顔をしかめる。


「不真面目な。夫の居る身でしょう。慎みなさい」


「あーははははは」


 タルフィは下品に大声で笑った。何がそんなに可笑しいのか、身をよじって腹を抱えていた。


「ヒィ、ヒィ、はあ、可笑しい。わたしは娼婦だよ。お客を取らなきゃ、生きていけないじゃないか。アスダルは夫じゃなくて、客だよ。客」


 イグアスは、さらに不快な顔をする。


「生活の面倒を見て、貴方を買い占めてると仰っていました。見張りも頼まれています。不貞は許しません」


 タルフィはまた大声で笑う。


「わたしは、バカで学がないからわからないよ。娼婦に惚れるのが悪いと思わないかい? これだから白龍は、クソ真面目すぎ」


 タルフィは、鳥籠を森の奥の木の枝に吊り下げる。けらけら笑いながら精霊たちに話しかける。


「殺すとバレるからね。ここで大人しくしていなさい」


 この紅龍は、奔放すぎて目を離すと危ない。役割が果たせるのか甚だ不安である。

 イグアスはタルフィに諭すように言い聞かせた。


「いいですか。遊びではないのですよ。アスダル様は何を考えているのか、貴方のような方を信用なさるとは、役目は果たしてくださいよ」

「わかってるよ~、私はあのに逢いに来ただけだし、それさえ済めば、イグアスの復讐を手伝ってやるよ。あはははは……、その前にね、白い髪は目立ち過ぎるわね」


 タルフィは、指先の魔法陣でイグアスの髪を赤く染めた。

 流浪ろまの民のできあがりである。


 続く

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