トロム国の白き魔女③

 プラムはソレイユ元を訪ねる途中で、中央広場を通り抜けようとしていた。


 午後三時の噴水前広場は、休憩をしている人でいつも賑わっているが、今日は少し違った。

 噴水前に人だかりができている。


 何事かとは思ったが、ソレイユに早く会いたくて足早に通り抜けようとした。


 その時、六弦琴ろくげんぎんの弾むような伴奏が聞こえてくる。続けて、心地よいバリトンが風に乗るようにプラムの耳に届いた。


 独特な節回しの、聞いたことの無い不思議な曲。

 飾り気の無い歌詞が印象的だった。


 奏者の男は派手な動きをする訳ではない。それなのに曲は感情に訴えるように響く。


 どこか切なく、郷愁をそそり、悲しみを秘めてはいるが、跳ねるような陽気さがあった。


「……野山で夜明けを迎える

 海で夜明けを迎える

 夜明けはこんなにも美しい

 夜明けとは愛することだ……」注:プレリア(訳)


 六弦の音が掻き鳴らされ、木製の小型の打楽器が拍子を合わせる。


 風に誘われるように振り返ると、赤い髪の踊り子が躍動し、足を踏み鳴らし、踊っているのが見えた。


 貝合わせのような楽器を片手で打ち鳴らし、スカートのすそを持ち、力強くステップを踏む。

 情熱的で官能的で生命力を感じた。

 血液が流れ、心臓が跳ね、筋肉が波打つ。

 プラムは生きているって美しいと思った。


 踊り子の流し目がプラムを捉える。すると、彼女は明るいお日様のように笑った。

 そして、陽気に笑いながらプラムに手招きをする。


「ここ、オジサンばっかりだから! 若いお姉さんも見ていきな〜。おいでよ〜」


 悪びれる様子もなく、ただただ明るい。

「オジサンは無いだろう!」

 観覧者から野次が飛ぶ。それを女は笑いながら受け流し、プラムに手を振った。


「こっち、こっち。一緒に踊ろうよ。このタルフィ様が教えてやるよ」


 楽しそうな雰囲気に、プラムは両手を頬に当て大声て叫んだ。


「それじゃぁー、お言葉に甘えてぇぇ」


 六弦琴ろくげんぎんを掻き鳴らす男は、陽気な曲を選んで歌う。

 風に乗る澄んだバリトンは、調子を変え同じ歌詞を何度も繰り返す。

 それがこの民謡の特徴だった。


 プラムは、栗の形をした二枚重ねの打楽器を渡され、見様見真似で女と同じ動きをする。

 大人の女になったようで楽しかった。

 女も終始笑顔で、プラムにポーズを教える。


 音楽の力は偉大だ。

 究極に興奮して一体感が生まれる。女とは初めてあったと思えないくらい、楽しくはしゃぎ回った。


 休憩をしてたくさん話しをした。踊り子のタルフィは無邪気で冗談が通じて、話していて愉快な相手だった。


「あー、楽しかった。プラム、また逢えるといいね」

「はい、逢いに行きます。どちらに住んでいますか?」

「ふふふ、流浪ロマの民は定住しないから、流浪ロマなんだよ」

「残念です。また、お会いしたかったな」

「いつか、逢えるよ。絶対。……それじゃ、私達はもう行かなきゃ。バイバイ、プラム。またね」


 最後まで陽気に手を振っている。

 楽しい時間は過ぎ去れば幻のようだった。

 プラムは、ソレイユのテントに歩き出す。入口ではソレイユが待っていた。


「踊り子さんと仲良しで、割って入れなかったよ」

「待たせてごめん」

「いいよ。お茶にしよう」


 そこにサイファが慌てて割り込んできた。

 サイファは国王に会いに行ったはずだ。


 イシュタルたちの過去の話は聞けたのだろうか?

 サイファが珍しく取り乱している。この慌てようは尋常ではない。


「大変だ。王が消えた」


 やっと掴んだ手掛かりが目の前で掠め取られてしまった。
















 王アルベールは下級の騎士の出で立ちで、繁華街のとある宿屋に向っていた。


 聖剣は目立たないように、地味な木の鞘に納めている。遊びに行くときは必ずこの服装だ。


 昔は良くこの辺で仲間と飲み歩いたものだ。


 水車の音が耳に心地よい。

 職人街を抜けると繁華街に出た。まだ人通りの少ない時間らしく、通りは閑散としていた。


 アルベールは頭を抱えため息を付く。

 自分はこの国の王に相応しくない。

 グレースを支えるために結婚したのに、支えるどころか逆に守られて負担を掛けていた。

 どうしてこうなってしまったのか、元凶となっている問題を解決したいと切望している。


 そのために知人に会いに来た。

 宿の居酒屋の扉を開けるとドアベルがカランカランと小気味の良い音を立てる。カウンターで迎えてくれる女将さんが笑って親指で知人を指した。


 相変わらず風来坊のような出で立ちをしている。以前と全く変わらないその姿に若造に戻ったような気がした。


「よう、アルベール。久しぶり(王様の)仕事は板についたか?」

「はは、全然だめだな。情けないよ。グラシェスには帰らないのか?」


 その男は暢気そうに伸びをした。

 分厚い胸板で体も大きく恵まれた体型をしている。

 だが、大きすぎるという訳でもない。黒尽くめの服装で、髪も瞳も漆黒だ。


「帰れるわけ無いだろう? 訳ありだからな」

「トロムを脱出して、白龍神を探したい。協力してくれないか?」

「俺も探している。だがな。見つからない。どうしたものかな? 俺は、そいつに預けたものを返して貰わなければならないのだがな」


 神に向かって軽口をたたき、安穏としている。アルベールはそんな十年来の友に会ってやっと自然に笑えた気がした。









 サイファはソレイユとプラムと一緒に、王宮を尋ねていた。女王は二歳の姫を腕に抱きながら、不安を隠しきれずにいる。


「精霊たちが呼びかけに答えないの。 何かあったのか心配だわ。多分、良からぬことが起きている」


 夫が心配だと、グレースは幼子を胸に抱きしめた。

 小さな子は茶色の髪と紅水晶の瞳をしている。全体的に柔らかな印象の子だった。

 王も柔らかな印象の人だろうと想像できる。


 ソレイユはサイファと頷き合い、テーブルにカードを広げる。ソレイユはカードをシャッフルして三枚選び思考した。


「侵入者がいる。精霊は無事だけど助けに行かなくてはならないわ。王は無事。ナイトが付いているわ」


「それなら、精霊が先だ。しかし、どこから探せばいいのか」

「精霊たちの位置ならあたくしが分かります」


 プラムが元気よく手を挙げる。


「はーい、わたしが行きます。女王様はここ居てください。足の速さは自身がありますぅ!」


 緊張感が無いのが少し心配だが、女王から精霊の位置を聞いたプラムは窓から飛び降り、あっという間に森の方向に消えていった。


 続く








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