トロム国の白き魔女④

 宵闇がせまり段々と暗くなってくる。プラムは鳥籠を見つけ出し、大事に抱えて王城に向かって走っていた。木々が途切れると星の瞬きが見える。遠くの星空に大きな影を見付けた。のっそりと動いている。


「あれは、黒毒竜ぅ。たっくさんいるぅ。大変です」


 びくっとなって、飛び上がりはしたが、気を取り直して王宮に走る。今できることは、女王に精霊を渡して黒毒竜を追い払ってもらう事だけだった。










 アルベールと黒騎士はこれからの相談をするために居酒屋で酒を酌み交わしていた。


「カイ。俺は悲しい。恋して恋してやっと婚約して結婚したのに、不貞を疑われて部屋も別、寝室も別だ。食事をする時も一緒の部屋ではあるが、四席も離れた向こうに座っている。結婚してからグレースの1メートル以内に入れるときは、抱っこした娘を返すときだけだ。悲しい。でも、諦められない」


 突っ伏して、テーブルを叩いて泣いている。これが王様とは、自国民にはバレないようにしなくてはと、カイは思ったが、口には出さなかった。


「そういわれてもな。お前が神に殺されてやるのがグレースにとって一番平和かもな」

「幸せから一気に不幸に叩き落された」

「俺もだ」


 軽く口の先で笑って、カイは思いを馳せる。


「どこの世界も厄介だな。神ってやつは」






 居酒屋内は無風なのに、まるで風に乗るように六弦琴ろくげんぎんの音色が聞こえてきた。哀愁の漂う歌声が店内に響き、誰もが聞き入るように口を閉じる。


 印象的な甘いバリトン。切ない愛の歌が聞こえてきた。

 カイもアルベールもそちらに耳を傾ける。


「……信仰までなげうって、

 おまえへの愛を貫くと決めたのに

 おまえはわたしを置いて去っていく。

 おまえに天罰が与えられますように。

 もしも神が、おまえを天国に連れて行ったら

 わたしもそこに行って、おまえを探すだろう

 そして神に願うだろう。

 このままここにいさせてほしと……」※カンテより


 心に響くように振動するように、六弦が鳴り響く。


 類を見ない歌い手と踊り子。


 女の靴が激しく床を叩く。

 幻想的な別世界に来たように、女が打ち鳴らす二枚貝のような打楽器の音が鳴り響いた。


 一段高くなっていた舞台から、踊りながら女が近付いてくる。

 歓声を贈る人々。

 スカートの裾を持ち上げ、激しくステップを踏む。

 耳に余韻を残す声。

 頭の中に霧が立ち込め、どこか遠くから聞こえる音。

 音が遠ざかる……


 アルベールはどこか、ぼうっとした顔をしていた。

 カイは異常を感じ、注意深く辺りを見渡す。腰にいだ剣に手を当てた。


 タルフィが太もものナイフを抜き、アルベールに振り下ろす。向かいの席のカイが素早く割り込み、ナイフを持つ手を掴んだ。


「ちっ、ここで死ねば苦しまずに済んだのに」

「誰だ!」

「まったくもう、どこに行ってるのか、夫婦して。探すの大変だったじゃない!」


 タルフィは体を翻してカイの手を振りほどく。身のこなしからしても普通の人間ではなかった。


 そのやり取りで、辺りの人々は騒然となる。宿の用心棒や荒くれ者も集まりだした。


 奏者の男は、いつの間に手にしていたのか、風のように薄い刃をした諸刃の剣を振り上げる。カイは刃の厚い大振りの直刀で弾き返した。


 鋭い太刀筋と一振りの重さは、風のように軽いイグアスの剣技には分が悪い。イグアスがやや押され気味になる。


「それは、オアシスの剣。白龍神殿か。お探ししていた。イシュタルを返してくれ」


 イグアスは一瞬で顔が歪む。まるで、ごみ溜めでも見るような顔だった。


「汚らわしい黒騎士め。お前なんかは知らない。アルベールを殺す」


 イグアスが身を翻そうとしたところを体を盾にして制し、オアシスの剣を己の剣でガチリと音を立てながら抑えた。


「アルベールは関係ないはずだ。説明しただろう。都合の悪いことは忘れるのか?」


 イグアスは、ハッとしたように後ろに飛びのいた。

 様子がおかしい。

 何かを思い出すように頭を抱えるが、それを打ち消すように剣を構えた。カイを無視して、アルベールを睨む。


「アルベール。この国もお前の家族もズタズタにしてやる。さっきの女が給水塔の貯水槽に黒毒竜の毒を入れる。そして、先に白魔法師と子供を始末する。お前のせいで、罪のない人々が死ぬのを見るがいい」


 髪を抑えていたターバンが解け、赤い髪が白く変わる。月の光の反射で底光りしているように見えた。


 神とはなぜ造形が美しいのだろうか。


「アルベール、王宮に急ぐぞ!」

「おお!」


 続く

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